優しい細胞
ミス・パメラには特殊な記憶がある、彼女は生まれつき病弱で、体のうちそのほとんどが人工培養された特殊な細胞からできている。中には完全に機械に置き換えられている部位もある。そういう部位に対し、ミスパメラは国立病院の主治医に不満を訴えなかった。だが、先月になって彼女はある告白をした。ミスパメラは、西洋の島国のさらに辺境の離島に住んでいる。彼女ほど体の部位を再生医療にたよって健常者とほぼ同じ生活をしている人はいない。だから世界中から彼女に関心が集まっていて、彼女自身よく人の役に立ちたいといっている。彼女は離島の村の出身であり、そこには変わった信仰があった。もともと土着の信仰は何もなく、ただ外から、本国や、海外からつたわってくるすべての宗教を包括的に集めた“独自の信仰”を持っていた。村人の性質は温厚であり、村には資源が豊富にあり、土地もよく肥えていて農作物はよく育つ、そんな環境が手伝ってか、争いやもめごとには無縁な島だった。しかし、ミス・パメラの一件はよく思わないものもいた。
「自然の摂理に反する」
といって、地元の呪術師の中には、そういうきついことをいう人間もいた。
だがパメラが最近したある告白は、その地元の新聞や、本国の新聞にも大々的に報じられ、彼女の中の“信仰”が明らかになった。それはあるインタビューだった。
「初めに手術を受けたのは?その直後に何か感じた?」
「11歳の頃です。うまれつき心臓がよわく、というか……私のほとんどの体の部位はうまれつき悪いのですが」
うなずくインタビュアー。
「続けて」
「直後、というより、いつも感じていることですが……」
彼女は島の民族衣装、レインボー柄の綺麗な織物にみをつつみ、小さな木の実の種の首飾りをいじりつつ、みつあみの髪の毛を頭をゆらして位置をもどし、はにかみながらも、恐る恐る、といった眼つきで、大きな目をひらいてインタビュアをみつめた。
「主治医の先生によるとよくあることらしいのですが……ドナーの方……といえばいいのか、細胞の……感情や記憶を感じるのです」
「え!!?」
再生医療はこのごろに盛んに取りざたされて、様々な病への応用が期待されている。彼女がこれほど生きながらえたのも、その活発な議論と研究の結果だろう。
「細胞にも、性格があるのです、ですが初めに与えられた心臓は、優しい、優しいイメージがわきました」
「やさしい……何かに例えられる?」
彼女はあごにてをあてて、数秒考えこんだ。
「たとえば、母の胎内の中にいたころのような……明確な記憶ではありませんが、ただ広く大きなものに包まれている、そんな感覚でした、そして最近
その記憶を思い出したのです、その……心当たりに」
「心当たり!?細胞にも人格のようなものがあって、記憶をしているのか……信じられない」
とまどいながらも、笑い、ミス・パメラは前をみていいはなった。正面にも、動画撮影用カメラが設置されていた。
「それは、多くの研究者が、ラボの中で、互いに励ましあい、喜び合い、私の……私に与えられた臓器の誕生を、歓迎していた、その記憶でした」
彼女によると、その経験、“やさしさ”を感じたことが、彼女がその後の多くの手術を乗り越えられた理由なのだという、そして今も彼女は、地元の呪術師の言葉をきにするわけではないが、自然に反するのではないか、と宗教上の理由で考える事もある、ただ、そういうときいつも考えるのだという。
“この記憶も、想いも、自分の中にある限り本物なのだ”という事を。
優しい細胞