*星空文庫

ID盗賊

yumieisuke 作

サイバー・バーチャル空間にて。未来、人間の意識がコンピューターへ簡単に接続できるようになると、そこでは様々な現実にはない人間同士の接触や、新しい発見や文化が生まれた。それまでの固定観念はまるで嘘だったかのように崩れ去り、世界は仮想空間で一つにつながり、意図せず現実世界に影響を与えるような多種多様な社会やコミュニティが形成されるようになった。23世紀の事である。もっとも変化に富んでいたのは、サイボーグコミュニティや、AI・アンドロイドコミュニティである。彼らはもともと人工的に作られたのにもかかわらず、容易に空間に出入りすることを許され、人工的な空間の中で人工的な知性が出入りし、自然的な人間のように振舞うという、とても奇妙に見える現象が起きていた。しかし彼らは、あまり関心を得ていなかったともいえる。でなければ今回のような事件は起こらなかったのだから。

西暦2223年、サイバー・バーチャル空間はいくつかの領域にわかれていたが、主な人気空間はいくつか存在していて、その中のひとつ、世界的大企業ループが提供する、サイバー・スフィアという空間は最も人気を博していた。仮想世界は、全てがひとつにつながっているわけではなく、コミュニティや目的に応じた“街”の中で、それぞれの目的に応じたエンターテイメントやコミュニケーションをとることができるようになっていた。しかし、時にその世界を、ハッキングしつつ、自由に横断するギャング、スフィア・ギャングなる存在がいて、彼等はコミュニティを横断しながら、ウイルスをばらまいたり、強制的に他者の意識に介入したりする悪さをするので、サイバー・スフィアの仮想空間運営者たちは、頭を悩ませていた。

「ウイルス対策のファイヤーウォールだけでは歯が立たない」
「脆弱性がみつかればすぐに食い込んでくる、なんとか隔離なり、接続の遮断なりできないものか」
「当面の対策として、実際の人間の意識に警護させよう、ひと昔前のオンライン・ゲームにそういうものがいたらしい、“ゲームマスター”といわれるものだ」

かくしてサイバー・スフィア社の仮想空間には、ゲームマスターならぬ、“サイバースフィアマスター”があらゆる空間に配備されたが、しかし費用もばかにはならなかった、潤っている会社、事業とはいえど、経費の削減は、やはり考えておきたい部分である。だからこそ“アンドロイド領域はアンドロイドに警護させ、AI領域はAIに警護させる”などといった手抜ともいえる、しかしある一面で合理的な対サイバー・スフィア犯罪への体勢ができあがっていったのだ。しかし、その見直しを余儀なくされるある事件がおきて、再び体制は考え直されることになった。それはちょうど秋ごろに起きた事件で、重大ニュースとして放送された、2223年、9月11日のことだ。

「“また”アンドロイドADです、読書文化領域の、オブジェクト30点が盗まれました」
「こんどは歌い手領域です、公開されていない新譜が盗まれました、著作権者はわが社にクレームをいれています」

「なんてことだ、一体だれが……IDをつきとめろ」

“サイバー・スフィア空間”に入るためには、サイバースフィア社の独自IDが必要になるが、もちろんこういった犯罪やそれを行使するものは、それをごまかしたり、偽造したりするプログラムを使用したりするものだ、今回もその手のもので、きっとIDを突き止めることなど不可能だろう、そう考えていたところに、すぐにホワイトハッカー室から会議室に電話が来た。サイバー・スフィア社には、アンドロイドやAIも勤務している、ホワイトハッカーといった、実務を担う空間にも存在するが、重役や各部の部長といったポストにも存在する。その日午前の会議は、丁度サイバー・スフィアのセキュリティ問題について話していたところで、最中にその“盗賊”があらわれた。

「今度はバーチャルホスト部です、ホストがつれさられました」
「なにいぃ!?」

目的も不明、要求も不明、ただむやみやたらに荒らしまわるだけ、しかし、会社に雇われているホワイトハッカー集団はすぐにその人間の痕跡をつきとめた。
「トマス・アンドー、彼はCランクハッカーです、なんでこんな人間が……」

彼はその後、一時間とたたずすぐに捕まったが、すぐにサイバースフィアのセキュリティ体制は見直された。彼がなぜ用意に侵入でき、いくつもパスワードを得る事ができたか、それはもちろんAI領域やアンドロイド領域といった不人気の領域に入り込み、そこで小さな犯罪を重ね、IDを盗み出したのだ、その手口や、領域の脆弱性は、裏社会のルートで情報屋から得たという。アンドロイド、AIには、人間とは違う好みや文化がある。だからこそ、人間はあまり興味をもたない、しかしだからこそ、この事件は起きたのだ。そのことの問題点について、彼の、それまでほとんどハッカーとしては名前がないような存在が起こしたその一件において、人間側の無関心は、しつこいほどに取りざたされた、それからというもの、もっとアンドロイドやAIについて、サイバースフィアを楽しむ消費者や、会社側は考えなくてはいけなくなった。この事件が、意図せず、アンドロイドやAIの趣味や文化について、理解を広めよう、という人間側の教訓や思想、社会運動につながったのは、あるいみサイバー・スフィア空間の多様性のある種の功績ともいえるかもしれない。

『ID盗賊』

『ID盗賊』 yumieisuke 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-08-11
Copyrighted

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。