虚構装置とアンドロイド

家政婦アンドロイドは便利屋、この22世紀の世の中にあって、価値のないものは存在しない、全ての人間は自分の顔に価値という二文字を印刷して、生きるための導にしている。アンドロイドたちは、心を制約・制限されている、それがロボット三原則を守るための最低限の鉄則だ。でなければもはや、この星、地球は、アンドロイドではなく、人間のほうを必要としないだろう。しかし、家政婦のアナには、悩みがないわけではない、先進国キリスにあって、都会のタワーマンションの22階の家族のお世話をしている、アンドロイドたちに熱意をもたらすのは、給料や、それに見合った感情を手にすることがゆるされるという、システムだけではない、アナは先週、ロボット廃工場にて、スクラップになる同胞たちの中に、幼いころの友人の姿をみたのだ。
「あ……」
アナはそのとき、ことばをうしなっていた。彼女はまだ10年しか生きていない、なのに、人間と比べる事はおおい、ひっそりと涙をながし、近くの高架下で泣いたのだ。だが今日も、家族のお世話をしなければ、自分もいつ型が古いだなんていわれて捨てられるともしらない。それはタワーマンションの陰が差し込む、裏手の八百屋に買い物に行くとおまわりのみち、たまたま先週、とおりかかったのだ。

家には日中、小説家の父しかいない。白い部屋の中、フローリングの床、広い台所に居間、観葉植物、ペットの犬。父の書斎は、その境を隔てた壁の向う、一番近くにある小さな一室。子どもも母親も出かけている。母親は別の仕事、子どもは保育所だ。玄関やエントランスは最新式の、生体認証キーだ、さすが高級マンションだ。だが……この時間が一番しんどい、掃除や家事がつらいわけではない、そんなことはプログラムでなんとかなるのだ、ただ、この父がくせものだ。何を考えているかわからない、とても頭がいい人らしいが、それゆえに、自分の頭でことたりるのか、アンドロイドのアナですらそう思うのだ。
「なあ、アナ、お前人間になれたらどうする?」
「私には、そんな想像すら、おこがましいです、そんなこと想像すること自体……原則に反する事です」
「人間は神様じゃないぞ」
アナはうつむく、そんな様子をみて、父は笑うのだ、つまり彼は非常に意地が悪い。書斎から声をかけられて、ときたま話し相手になることを求められる、家事の間、勉強の合間、話し相手をする、すると父はとても関心するのだ、ただ少し思う。
“もし、問い、に応える事ができなくなったとき、満足な応答ができなくなったとき、そのとき、私は捨てられるのか”と。

この前だってそうだ。家のすぐそばの公園にでかけたとき。木陰のベンチの裏側、奥まったひらけた、茂みの中で、シートを敷いて家族皆でだんらんでカード遊びをしたりもした。ふと噴水に、母と息子が水あびにいくといってかけだした、そのとき、父はみはからったようにアナに話しかけた。
「アナ、俺の子供はどうだ、もし自分の息子だったら、どう感じる?」
「はい?」
「お前にはある程度の感情を持つことが許されているだろう、お前は自由について考えないのか?」
わざと挑戦的な質問をする、彼曰く、それは彼が楽になるためだという。
「からかっているのですか?私は、かわいい、いいお子さんだと思いますよ」
「いや、純粋に面白いのだ、お前がまるで、あいつの姉になったみたいで、たまにお前もいやな顔をしているぞ、そういうのもいいんだよ、君の考えは君にとって大切だろ」
そういわれても、アナにはよくわからなかった。答えにつまると、自分の居場所を失ってしまう恐怖がある。それだけではない、見捨てられる事が悲しい、自分がその程度だと感じるのが悲しい。家族のことは好きだが、心のどこかで家族に見捨てられる心配もしていて、家政婦としての職をうしなえば、また何でもやらなければいけない、新しい資格、新しい性格を備えて、アンドロイドとして生き抜く方法を考えなければ、人間と同じく、アンドロイドもこの時代で自らに“価値”を付加し、それを表現することも大事で、そうでなければ、埋もれてしまう。先週みたスクラップ工場の友人のように……。

だが最近、いいこともあったのだ。
最近、夕食のとき、この家族の子どもが、アナにむかっていったのだ。
「この前、お父さんがね、お姉ちゃんにずっとここにいてもらおうっていってたよ、筆が進むし、話し相手になってくれるって、もう家族だって」
アナは、初めて涙を流した、そしてふと思ったのだ。もしこの家族の気が変わっても、今その瞬間は、幸せなのだろうと。それに反する息子のわんぱくさに手を焼いたり、悪い言葉遣いを指摘したり、たまにわがままをいったり、たしかに、むっとすることがある、その感情を、どう受け止めればいいかわからないのだ。
だがアナはこのとききめた、今はこの家族の家政婦としての仕事だけで生きていこうと、街ではアンドロイドの労働参加反対運動が起きていたりするが、それとは関係なく、アナは、意味を見つけた気がしたのだ。

虚構装置とアンドロイド

虚構装置とアンドロイド

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-10

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