あなたの笑顔に魅せられて(7)

第七章 ある日の土曜日

「ひー、ひー、ふー、はい、力んで。はい、ひー、ひー、ふー」
 助産師の力強い掛け声が、分娩室に響く。それに合わせて、母体の方も、ひー、ひー、ふー。ひー、ひー、ふーの声が、狭い分娩室の中で木霊する、新たな、生命の誕生の瞬間だ。空の精霊、海の精霊、山の精霊が、一緒になって、声援してくれる。
俺も、負けじと、母体に合わせて、みー、みー、よー、と小さく声を合わせる。どこまでも、どこにいても、俺は、俺の性格を貫く。いつー、むー、やー、こー、ひとつ戻って、ややよ、生まれいでよ。もうこの部屋に入って何時間がたつのだろうかと思った瞬間。

「ふぎゃー、んぎゃー、ふぎゃー、んぎゃー」
と歓喜の声がする。
 生まれた、やっと生まれた。念願だった、俺の血を引く、子ども。透明人間から、普通の実体化された人間へと生まれ変わった俺が、こうして、普通の生活をしているとは、驚きだ。
「お父さん、感激しているのはいいですが、あなたのお子さんを抱いてみますか」
 看護師の声に促されて、脳は、現実との会話を優先した。
「もちろん、私の可愛い子どもです」
 張り切って、大声を上げた後、引き続いて、驚きの声を上げた。
 看護師に抱きかかれたはずの、我が子の姿が、俺には見えない。
「どうしたんですか、お父さん?ほら、あなたに抱かれたいと、泣いていますよ」
 泣きたくなるのは、こちらのほうだ。早く、普通の人間に戻りたいと叫んで、元にもどっつたはずなのに、生まれてきた子どもが透明人間だなんて。看護師たちは、俺をかばって、何も言わないだけなのか。呆然とただ、立ち尽くすのみの俺に、妻こと、クミちゃんから声がかかる。
「あなた、私とあなたの子どもよ。赤ちゃん可愛い?」
「ああ、可愛いとも、目にもいれても痛くないよ。もちろん、コンタクトレンズの代わりじゃないけど」
 俺は、実体しないが、少し体温が高い赤ちゃんを抱きながら、こう呟いた。
 俺そっくりの、は、だ、か、の、お、う、さ、ま、よ。人は、誰でも、裸で生まれきて、成長するにつれて、透明の心に、七色の変化自由な服を身に着けるものなのさ。まだ、名もなき、我が子に、幸あれ。そして、は、だ、かで、力強く生きろ。

あなたの笑顔に魅せられて(7)

あなたの笑顔に魅せられて(7)

透明人間として生まれた主人公が、透明の特性を生かし、私立探偵として客の依頼を解決するに従い、透明だった体を取り戻す話。第七章 ある日の土曜日(最終章)

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-24

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