ポトフの亡霊
メリケン国T州のとある島の港町海岸沿いにある、小さなレストランヨーロー。一面ガラス張り。店の看板には、舌を出した男の子が、大盛のチキンライスをたべようと皿からスプーンに救い上げるイラストが描かれている。国道に面した場所にあり、そこそこ人気の店だ、チェーン店ではない。地元の店だ。店長はファイ、店員のショートカットのボーイッシュな顔つきのミル、エラン、エランは忠誠的な顔立ちで病弱で休みが多い、けれど今日はなぜか張り切っている、欠勤が多く張り切る日がたまにあるのだ。
店はレンガ造りの外装で、内部は全部木でできている。木の温かみをかんじられて、バリアフリーの設計でもある。店員のエプロンは黒っぽくて、店のロゴが白く映えてコントラストがかっこいい。まるでヒーローの衣裳のようだ。そんな店へ今日も、奇妙な客が一人やってきた、それはその店の、ここだけの話……。
「もぐもぐもぐ」
静かな咀嚼音、丁度真ん中、カウンターから見て正面右の入口からみて、奥皮、つまり左奥の座席に座っているワンピースの小ぎれいな女性、姿勢ただしくフォークをもって、ポトフを食べている、涙ぐんだその顔にはきっと何かしらの思いでがあることがうかがえた、
「思い出の品なんです」
横をとおりがかる間際、突如としてそういわれたミルは、すぐにその客が常連さんか何かだと理解した。彼女は昔、小さなころボッチだった経験から、なるべく人にやさしくしようとして生活している、だからどんなお客のどんなお話だろうと、一度耳を傾けるのだ。
「お水はいかがですか?」
尋ねると女性客はコクリとうなずいた、ぱっつんの髪の毛が似合うとてもきれいな、透明感のあるひとみと、肌、動物にたとえるとリスのようだ、そんな変な事をおもった、花柄のワンピースだから、シマリスだろうか。失礼だな、とひとりで汗をかき、そそくさと厨房へ急いだ。
「なあ、姉ちゃん、気安くはなしかけるなよ、それに妙な事いうなよ?ここのうわさはみんな知ってるぜ、店長のことも、奇人だろ」
向いに坐っているのは、女性の弟さんらしき人物だ、地獄耳のミルには二人の話は聞こえていたが、少しいらっとしながらもお水の準備やほかのお客の注文を取る用意へ急いだ。それからもミルは、せかせかと働いていた、その途中雨が降ってきた、予定通り、午後からは雨、憂鬱な火曜日である。
30分後、さきほどの女性客は、店長を所望した、何か問題を起こしたか、と尋ねるとこういった。
「私に何か、ついていませんか?」
にこり、としながらも一瞬かたまった。ミルは怖い話が好きだ、だからといって怖い事に耐性があるわけではない、実際自分の近くにあると怖い、だけど三度の飯より奇妙な話が好きなのだ、そんなわけで、頼みの綱の店長をよびにいった。
「おい!ねーちゃんいい加減にしろ、来るだけの約束だろ」
まあまあ、となだめながら、店長のもとに急ぐ、こんなことは日常茶飯事で、これはいわゆる※裏メニューという奴なのだ。
全ての準備が整うと、その姉弟は奥の座敷へ案内した。霊媒師的な事をやっているのは、店長ファイである。店長は奥で漫画を描いていたが、ごくたまにくるこういう客のために別メニューで霊媒師のようなことをやっている。彼は小さなころから幽霊がみえて、そのせいでさんざんな青春時代をおくったらしい、だからこそ同じ境遇を持つ人のそういう話を聞いてやろう、ともう一つの肩書をもったのだという。もみあげがあり、短髪。ダンディな見た目をしているが非情に要領が悪い。マネージャーであり妻のサチさんがいなければきっとこのみせもつぶれていることだろう。店長は珍しく二人を自分から案内して、ニコニコしていた、漫画が描きあがっただとか、デジタル販売しているとか、二人が反応に困る感じの話をしつつ、そのせいかご機嫌だった。
「あの私、ここで彼氏との思いでがあったんです、今日はちょうど記念日で、今日注文したメニューは、彼氏との思いでの品なんです」
「なあ、店長さん、料金平均いくらなんだ、ぶっきらぼうですまねえが、俺は信用してないんだ、代金だけ教えてくれ」
「は……はあ……はい……ええ」
店長が案内すると、二人は座敷のテーブルをはさんで、店長の目の前に並んで座っていた。その直後にそんな話だったので、ミルは、右前の座敷に顔を合わせて座る店長の顔がみるみると蒼ざめていくのを感じていた、ニコニコ顔だが、口の中でぎりぎりと歯ぎしりの音がする、姉はそれに気が付いたようだった。
「いきなりすまなかった、姉はちょっと……こういうところがおっちょこちょいで心配なんだ」
「私、ニナといいます、これは弟のデン、料金はいったじゃない、一律で500円、オムライスよりやすいのよ、私学生時代からこの店にきていて……えっと、もう!!本当に、この人は、評判の霊媒師さんなんだから、」
そういうと弟のおでこのしわと店長の眉間のしわは同時にゆるんだ感じがした、二人は一応の休戦協定を結んだような感じだった。
「なあ、でも約束してくれよ、姉ちゃんは男に騙されやすいんだ、嘘はつくんじゃねえぞ」
店長はいぶかりながらにらむ彼をにらみ返しながらこくりとうなずいた。しばしの沈黙のあと、姉が口を開いた。
「そのことなんです、私、何度も悪い人に引っかかってきた過去があって……それでも一人だけ、婚約までいった素敵なひとがいて、その人がいい人だったか、悪い人だったか……」
たんたんと語る姉、反比例するように暗い顔になる弟、店長はその様子をさっして、ミルに別室で、事務室で弟の話を聞いてメモをとるように命じた。
ホールにはマネージャーのサチさんとエランがでていた、今日は雨降りで来客は少なくてたすかっている。
事務室の入口は曇りガラス、少しはなれた場所にあり、会話すら聞こえない、しいていえばホールと同じ音楽が小さな音量でかかっているくらいだ。パイプ椅子二客とパソコンをそなえた長椅子が、奥に壁にそうようにおかれている、ミルはパイプ椅子で向き合って、メモをとりつつ話をきいた。
「ねーちゃん、最後に付き合った彼、二人めの彼氏なんだけどそいつが、どうしてもいい奴なんだって思い込みたいんだ、奴は二年前に交通事故で死んだ、ねーちゃんが大学院生のころさ」
ミルは、素直に話す弟の話を夢中で聞いていた。そして彼がこの話をしおわったあと、自分にも聞いてみたいことができた。どうやら、二人はその“二人目の彼氏”について店長に、そして思いでのこの店に、救いをもとめてやってきたらしかった。
「姉ちゃんは悪い男にひっかりやすいんだ、俺のこと昔から甘やかしてたせいか、すぐに異性にあまくしてしまう」
そういう弟の顔は、悔しそうだった、その顔つきに、ミルは少し同情を覚えた。
一方、店長は姉の背後をちらちらとみながら、姉の話をきいていた。
「弟は、いつまでも気にしているんです、両親が事件でしんでから親戚のうちに預けられ、そこがひどい場所で、私たちは二人で我慢しながらそだった、資金面での援助は多くしていただいて、だけど私すぐその家をでたくて、いっぱいお金をかせいだんです、そのせいで、私弟から不幸な青春を過ごしたとおもっていて、姉が悪い男にひっかかるのは自分のせいだって、皆にいいふらして……」
そこに店長はくいついた。
「私にもあるんですよ、不幸な過去が。私の初めての友達は、おばけでしたから」
店長はたんたんと語りだした。
「あれはもう18年も前になりますかね、いま29ですから、教室のすみでいつも一人でいるような僕にはじめて話しかけてくれたんです、その子転校生らしくて、そもそも僕は、学校をやすみがちなので彼の言い分は常にただしいとおもってたんですが」
「ですが?……」
店長の顔がくもってうつむきがちになったので、恐る恐る姉のニナが尋ねた。
「そいつ、悪霊だったんですよ、友達のいない俺をからかっていて、自分の正体をかたったあと、2か月くらい命をつけねらわれましたよ」
ニナは、顔を青くしてしまった。
「あはははは、すみませんすみません、まあ霊は悪いものばかりじゃないので」
店長には、背後ではっきりと、申し訳ないと謝り続ける“彼”の姿が見えていた、だがやんわりと彼女には。
「どうやら成仏したみたいです」
と話つついくつかの思い出話を“彼”から引き出していた。彼は……背後の彼に対する言葉をうしなっていた、いい人か、悪い人かそんな基準はどこにあるだろうか、だが正しいことは一つ、弟にだけ真実を伝える事、そのために彼は、彼女を少し置き去りにして、ミルと弟のいる部屋へ急いだ。
「なあ、話しがあるんだ」
弟たちはそれまでにミルに重大な事だと言って話していた。入口のほかには、右側に窓がついているだけの、トイレの空間のような小さな事務室、クーラーはあるので、彼の話をききながら、ミルは空調を調整した。
「なあ、相談があるんだ、姉はたまに、彼の姿を見るなんておかしなことをいいだす、だからこそここに、あいつとの記念日につれてきた。
だけどこれは本来正しい方法じゃないかもしれない、幽霊に姉の世話をさせるなんて、俺はどうしたらいいかわからなくなった、肯定しても、否定しても姉は、あいつに依存していしまう」
弟は随分疲れた様子で、ミルを信用しているようだった。
「幽霊、姉の見る幽霊に違和感をもっているんだ。その正体が、嘘か本当かはどうでもいい。あいつは、彼はそんなにいい人間ではなかった、あんたの上司が、幽霊がみえていてもみえていなくても、どっちでもいいんだ」
ひと呼吸おいて、自分に言い聞かせるように、弟はいった。
「ここに来たことがいいことかわからない」
「単刀直入に話す」
事務室の扉が乱暴にひらき、静かに音をたててしまった、入ってきたのは店長のファイ。ぶっきらぼうに、ひととおり話を終えた二人の前にあらわれ、腕組みをして、たったまま率直に話をはじめた。
「ひどい男だ、浮気をしていた」
「えっ」
声をあげたミルとは対照的に弟は驚かなかった。
「やっぱりな」
弟の話によると、弟は彼の、二人目の彼氏、の事は前々から疑っていて、生前探偵をやとって調査をしていたらしかった、もちろん姉には浮気のこともその事自体も話してはいない。
「姉を信用してなかったのか」
「そうじゃねえ、俺が迷惑をかけてきたから、姉ちゃんは、男には甘くするのが正しいとおもってる、だから俺は、今度こそたちなおって、いい男を、紹介してやりてえんだ、俺の友人たちみたいな」
そういって彼はこぶしをにぎる、その背中は小さくみえた。
やがて二人から代金をもらい、また何かあったら来店するように、裏メニューも特別に、また利用してもいいと話をしてミルと店長は裏口から二人を見送った。
「これでよかったんですかね、弟君、お姉さんを支えられますかね」
「さあね、でも弟にも話してない事があるぜ」
「え?」
薄暗い駐車場、店長はこまったように頭をかいた。
「今では、生前の事を後悔している“第二の彼氏の幽霊”が、彼女を守っている、なんてな」
ミルは白い息をはいた、肌寒い季節、もう冬が始まろうとしている。
「……なるほど、じゃあ“ポトフ”の幽霊ですね」
なぜだかミルはうれしそうにわらった、店長は困惑していた。
ポトフの亡霊