8月9日
お前は夏の子だよ、エス。
折り紙で百合の花を折ろうと思ってた。牛乳瓶に挿して、プレゼントしたかった。過去形なのは、プレゼントする相手がそもそもいなかったから、っていうのと、あんまり 折り紙する気分じゃなかったから、っていうのと、材料不足。牛乳を瓶に入れて売ってるような、ファンタジー(?)な お店、まだ あんの?
海 (本当は大きい川) の近くにある小さい売店に、瓶詰め のコーラがあるってウワサで聞いたけど、たぶん ぼったくるんだろう。(それに おれ、炭酸は苦手)
外がパッと光って、あれ、今、光った?って思った瞬間、大きい雷が落ちた。猫が、脱兎のごとく(猫だけど) どこかへ逃げて行って、おれ は と言えば、震えて怒るエスに、顔を強く、窓の方に押さえつけられていた。
(エスは ぼくに 顔を背けていてほしい みたいだった)
ガラスが冷たくて、それは部屋のクーラーのせいなのか、外が、実はもう夏が密かに終わっていて、寒いからなのか、わからなかった。エス。お前は夏の子だよ。って呟いて、おれ は無理やりエスを抱きしめた。エスは雷が苦手だった。
おれ は起きている間、ずっと見ている夢がある。その夢の中で、お前は 自分よりずっと背の高い 大きな向日葵に 囲まれていて、おれ が今しがた こさえて あげた、名前のわからない 薄紅色の花を手に持って、ぶかぶか の 麦わら帽子をかぶっている。おれ は、使い慣れない、安物のカメラを構えて、一瞬のきらめきを、永遠にしたくて、躍起になっている。そしたら ふいに風が起こって、 麦わら帽を 空に飛ばしていく。お前は それを追いもしないで、まるで最初から 飛んでいくのがわかっていたような 落ち着いた利口な顔つきで、空をぼんやり見上げる。
その時、ようやく おれのいじっていた カメラが言うことを聞くようになって、気まぐれにカシャッとシャッターが切られる音がして、だけど おれはカメラの曇ったレンズ越しじゃなくて、おれ自身の 両目で、しっかりお前を見つめていた。
雷が止まなくても、そんな夢を、おれ は いつも見てる。
8月9日