フレンド・リクエスト

フレンド・リクエスト

SNSにアカウントを登録するとき、大抵、職業などを入力します。
もう長らくひきこもっている僕には、適当なものがなかったので入力せずに放っておくと、SNSサービスは「職業を入力してプロフィールを完成させてみましょう!」なんていかにも親切そうに促してきます。ログインのたびにこんなメッセージが表示されてはかなわんと思い、あるとき「ひきこもり」と入力したところ、メッセージはもう表れなくなり、気が清々しました。

それからしばらく経ったある朝のこと。
PCを起動して、SNSサイトにログインすると、メッセンジャーアイコンが赤く光っている。
ひきこもっていると、メッセージが来ることなんて滅多にありません。
一体、誰からだろうと不思議に思い、アイコンをクリックすると、顔も名前も全く知らない方から、こんなメッセージが届いていました。
「てつろうさん、はじめまして。私はHと申します。てつろうさんはひきこもりなさっているんですよね?私もひきこもりです。友達申請させていただきますので、よかったら承認よろしくお願いします。」
一瞬、凍りつきました。
これはひょっとして偽装アカウントなのか?それとも個人情報詐取目的か?

僕はSNSとはいえ、基本的に面識のある方としかつながらないことにしています。ときどき共通の友達を介して、全く知らない方から友達申請を受けることもありますが、そんな場合でも、メッセージ内容とその方の公開情報をかなり吟味させていただいた上で承認します。承認しないこともあります。

このとき僕は一応、Hさんのタイムラインを確認することにしました。
Hさんとは共通の友達はいない。公開されている投稿は、スポーツ記事をそのままシェアしたものばかりで、これだけでは人格を判断することが難しい。

普段なら、このような友達申請は偽装アカウントであろうとなかろうと無視するのですが、「ひきこもり」と書いてあっては同じひきこもりとして、そう無下にもできない。

だけど、これって、最近、流行りのAI技術を使った、新手の偽装アカウントか?
いろいろ疑念が湧いてきます。

だけど、プロフィール写真に写っているのは、きれいなお姉さんの顔やセクシーな体でもなく、ただ自室で自撮りしたすっぴん顔だし、メッセージだって何か誘惑するようなものでもない。

もし自分が詐欺的目的で申請をするなら、もっと魅惑的なアカウントにするだろうから、ひょっとしたら本当にひきこもりで何か助けを必要としているのかもしれない。

そこで、さんざん悩んだ挙句、友達申請を承認することにしました。

そして、こんなメッセージを返しました。
「申請ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」

以下、そのあとに続いたメッセージのやりとり履歴です。

20XX年J月0日

てつろう(以下、“て”):
申請ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

H:承認ありがとうございます。
改めて、てつろうさん、はじめまして。Hと申します。

て:Hさん、はじめまして。どうかされましたか?

H:私はうつ病で自宅療養をしているのですが、外に出たくても怖くて出られません。暇で寂しいです。いつでも気軽に話し相手になってくださる方を探しています。SNSの無料通話サービスを使って話し相手になってくださる方をご存知でしたら、ご紹介して頂きたくよろしくお願いします。

て:そうですか、大変ですね。 僕はSNSの無料通話サービスを使っていないので、そのような方を知る由もありません。残念ですが、そのことについて僕はお力になれないようです。

H:そうですか。わかりました。てつろうさんは今もひきこもりなさっているんですか?

て:はい、そうです。

H:そうですか。私もです。
なかなかきっかけがなくて、勇気を出して外に怖くて踏み出すことができません。
良かったらお時間空いているときに、話し相手になって頂けましたら嬉しいです。

て:そうですか。外に出るのが怖いんですね。外には出たいのですか?

H:出られるんであればもちろん出たいです(笑)
でも、なかなか上手くいかないですね。

て:もちろん、うまくいく必要はありませんよ。

H:そう言っていただけると、慰められます。

て:出たいときに出ることができるのは、それはそれで結構ですが、出ることができないのなら、それもそれで結構、出る必要はないと思いますよ。

H:やさしい言葉、ありがとうございます。
何か家の中でできる趣味でもあればいいんですが、何もないので暇で寂しくなるんですよね。

て:暇なら暇で、寂しいなら寂しいで、無理に時間を埋めようとしたり、人と触れようとしなくても、それでいいんだと思いますよ。

H:そうですね。
ただ最近、暇で寂しい気持ちがこみ上げて来て仕方がないんです。

て:だいじょうぶ、だいじょうぶ。

H:ありがとうございます。

て:それでいいんです。

H:ありがとうございます。
てつろうさんはいつも何されて過ごされているんですか?
私はSNSを見て気を紛らわせています。

て:ボーっとしています。

H:そうですか。暇ではないですか?
私は暇で寂しくて話し相手が欲しいと思ってしまうんです。

て:ボーっとすることは楽しいですよ。

H:そうですか。私はいろいろ考えてしまうんですよね。

て:うん、うん、考えが堂々巡りのときもあります。

H:まさに今、考えが堂々巡りの真っ最中なんです。
てつろうさん、お時間空いているときにSNSの無料通話を使って話し相手になって頂けないでしょうか?

て:残念ですが、僕は電話が苦手で嫌いなのです。

H:そうですか。わかりました。メッセージでよろしくお願いします。

て:はい。

H:ありがとうございます。

て:ところで、僕の作品をお読みになられたことはありますか?

H:いえ、まだないです。読んでみたいですが、無料で読むことはできるのですか?

て:どなたでもネットでお読みいただけます。もし気が向いたら、そのときにでもご笑覧ください。
星空文庫 哲郎
https://slib.net/a/9877/

H:そうですか、ありがとうございます。

20XX年J月1日 夜

H:てつろうさん、こんにちは。

て:こんばんは。

H:てつろうさんの作品、読みました。てつろうさんは自分のことを全てさらけ出していて、本当に強い方ですね。感心しました。

て:隠すことをやめたら、楽ですよ~。

H:確かにそうだと思いますが、私は世間体が気になってしまいます。てつろうさんみたいに、ありのままをさらけ出せるようになれたらいいですね。

て:うんうん、僕もここまで来るのに時間がかかりましたけど、きっとHさんにもいつかその日が来ますよ。

H:そうですか。どのくらいの時間がかかりましたか?

て:そうですね~、その時間は人それぞれなので、あまり参考にならないと思います。HさんにはHさんなりの時間がかかるだけですよ。

H:そうですね。
何かきっかけがあればいいんですが、なかなかなくて。
今は暇つぶしにSNSを見るしかやることがなくて。

て:もしいま、時間が苦と感じるとしたら、時間と仲直りをするためにひきこもりの日があるのかもしれませんね。暇をつぶすことを諦めて、時間に身を任せることができたらいいですね。

H:そうですね。
そう思います。

て:時間に身を任せてみると、ひきこもりの時間もとても豊かな、充実した時間だって感じるようになると思いますよ。

H:そう思えるようになりたいですね。

て:だいじょうぶ、今、感じていなくても、いずれ振り返れば、そう思えるようになりますから。

H:そうですか。神さまが与えてくれた時間だと思いたいですね。

て:そうですね。そうだと思いますよ。
ところで、僕は、そろそろ寝るので、このへんで失礼しますね。

H:わかりました。今日もどうもありがとうございました。
またよろしくお願いします。
素敵な夢を。おやすみなさい。

て:Hさんも素敵な夢を。おやすみなさ~い。

20XX年J月2日 朝

H:てつろうさん、おはようございます。
寒いですね。お身体を暖かくしてお過ごしください。

て:おはようございます。
Hさんも素敵な一日を。

H:ありがとうございます。

20XX年J月2日 昼

H:てつろうさん、こんにちは。

H:てつろうさん、ひとりの時間をどう過ごしたらいいんですか?

て:
Hさん、こんにちは。

「人と話がしたいけど外には出られないから話し相手になってほしい」という要望に対して、僕は「電話が苦手で嫌いなので、代わりにチャットならOKと言いました」が、チャットだとずっとPCに張り付いていないとリアルタイムにレスポンスできないし、PCを使っているときでも細切れに時間が取られるのが、どうも僕には合わないということがやってみてわかりました。

なので、すみませんが、チャットではなく文通形式でやらせてください。といっても、いきなりだと何から話すか難しいでしょうから、僕の方から書きたいことを書いてみます。

先日、Hさんの事情について少し伺いましたが、少し僕の話もしたいと思います。

僕は、激務の末、うつ病になり、最終的には仕事を辞めることになりました。東北の震災直前のことです。 家での休養が始まると、ただ何もせず無気力に陥るのが情けなくて、今、自分のためにやれることはやろうと、瞑想やヨーガ、合気道、太極拳など自分に日課を課して修行に専念していた時期があります。
その時期、10~30日程度の瞑想コースやヨーガのトレーニングコースに参加したことがたびたびありました。

ちょっと、ひきこもりから話題がずれますが、少し瞑想コースに関する僕の滑稽な話をさせてください。
たとえば、誰かがこう言ったとします:「10日間、誰とも会話せず、ひたすら沈黙を守って、自分を見つめる瞑想コースがある。それも参加費は無料。お勧めしますよ」
こんなことを言われて、「貴重な時間を使ってわざわざそんなことに使うなんて信じられない」とか、「そんなに長い期間、人と話さないなんて私には耐えられない」と言って拒否反応を示す人がいます。
一方で、恐れと不安を抱きつつも、思いつめた人の中には藁をもつかむ思いで参加を決意する人もいます。
あるいは、「あぁ、素敵だね」と言って肯定的な反応をする人もいます。
同じ瞑想コースに対しても、反応は人それぞれです。
さらに加えると、同じ人間でも時間の経過とともに反応が変わってきます。
僕自身、先に上げた3つの反応を自分で経験しました。

仕事をしていたころは「10日間なんて無理だ」と思っていたのにも関わらず、僕はやがて思いつめて10日間コースに参加しました。コースの始めは恐れと不安で一杯でも、コースが終わるときには晴れ晴れした気持ちで「参加してよかった!」なんて思うのです。
そして、20日間、30日間、さらに長い期間のコースがあることを知ります。ただし、そのような長期コースに参加するには、ある一定期間以上、まじめに瞑想修行を続けなければなりません。
そのとき、参加してみたいけど今の自分はまだまだだと思うと、そのような長期コースに参加する人たちに敬意を持つようになります。そして、いつか自分も参加してみたいなぁと憧れさえ持つようになります。
これが、最初、10日間コースに参加することさえ拒否反応を示していた同じ人なのですから、この時点ですでに滑稽ですよね。

ところで、世界のいろいろな宗教で、長期の瞑想コースと本質的には似たようなものがあります。
たとえば、中国武術の中でも有名な少林拳で知られた少林寺では、「百日大閉関」といって、洞窟の中に入って入り口を堅く閉ざし、100日間、独り閉じ籠る修行があります。インドのヨーガでも、似たように洞窟に閉じこもる修行があると聞いたことがあります。いずれにしても、このような荒行をする機会が与えられるのは、修行を十分に積んだマスターたちだけで、並みの修行者はまずさせてもらえません。
僕は、そのような話を聞くたびに、そのような荒行を達成したマスターたちやそれに挑戦する修行者たちに敬意を抱き、自分も熱心に修行していつかそのような機会に与りたいと憧れたものです。

と、ここで話をひきこもりについて戻します。
荒行の修行者に対して敬意と憧れを抱いていた、修行熱心な僕でしたが、一方、ひきこもりに対してはどうだったでしょう。
打ち明けるのは本当に恥ずかしいのですが、今だから、正直に話すと、こんな風に思っていました: 「自分の心と体を自分の意志でコントロールできない、弱くて哀れな人」。一応、頭では倫理感から同情を示すものの、心のどこかでは「自分が同じ立場になるのはまっぴらごめん!」と感じていました。

ヨーガや瞑想の修行では、自分の心と体をコントロールするテクニックを訓練することがあります。そのテクニックを用いれば、自分の意志で心を導きたいように導くことができます。たとえば気分が暗く沈んだとき、明るいことを考えることで明るい気持ちに自分を導いたりする、いわゆる「ポジティブシンキング」もそんな手法のひとつです。あるいは堂々巡りで頭がグルグルしたとき、自分の呼吸を感じることで心を落ち着かせるといったテクニックもあります。

僕は、誰かがひきこもりと聞けば、「自分は修行してきたおかげで、これらのテクニックを身に着けたから、ひきこもらずに済んでいる。かわいそうにこれらの人々はそんなテクニックを知らないのだ。」と無意識のうちに優越感に浸り、自尊心を増大させていました。

一方で、ひきこもりの存在について、今から思えば恐れも抱いていました。自分ではコントロールできない、何か説明できない、正体不明の闇で、触れてはいけない存在、そんなアンタッチャブルな存在で、無意識のうちに無視し、存在を否定しようとしていました。神のような存在を否定するのに躍起な科学主義者みたいに。

そんな僕がやがて自分自身ひきこもりになってわかったことは、衝撃的なことばかりでした。そして、ひきこもりについて今まで自分が大きな誤解をしていたことに愕然とします。ここで一つ話を挙げるとすれば、僕がそれまで憧れていた、長期の瞑想コースや洞窟籠りの荒行と、ひきこもりが本質的には変わらないということ。

もちろん、違いもあります。たとえば、周囲の環境や修行者の経験が違いますし、そのために、達成する成果やスピード、達成にかかる期間は異なるでしょう。だけど、自分を社会的環境から身を閉ざし、自分の奥底にあるものと向き合う時間を過ごすというのに、どちらも変わりないのです。

そういう視点でひきこもりを観たとき、部屋から一歩出れば誰かに出会う、現代の日本の都市にいながら、精神的に洞窟を作り出せるのは、ある意味、天賦の才能とも言えませんか?わざわざ遠い山奥に行かなくてもいいんですから(笑)。

ひきこもりも荒行修行者と同じ尊い修行者だと気づいたとき、荒行修行者を尊敬する一方、何年もひきこもっている人を見れば相手を見下してきた自分をとても恥ずかしく思ったものです。「僕の目は節穴でした、ごめんなさい!!」この文章も懺悔のつもりで書いています。伝統的な修行法を実践しているか、伝統的な団体に所属しているかなど、見た目ばかりを気にして、本当のところを全然わかっていなかったんですよね。

一方で、ひきこもりに同情することもあります: 修行者は長年厳しい修行を積んで、荒行に臨みます。が、ひきこもりはそのような準備もなく、その状況に追い込まれる。僕はたまたま修行をしてきたから、ひきこもりの状況に至っても大丈夫だけど、そのような修行をすることもなく、そういった状況に陥った人はさぞ大変だろう、と。・・・、あれ、これまた上から目線ですね(笑)。
本当のところは、ひきこもりの人は、それまでの人生、それぞれ準備があって、ひきこもりの状態に至った、「導かれた」のだと思います。そうでないと、ひきこもることさえできないはずです。

と、ここまで、ひきこもることから必死に逃げるために熱心に修行していた僕自身が、実際、ひきこもってみて、ひきこもりについてどう感じているかをシェアしました。長々と書きましたが、ご自分の置かれた状況において、一つの見方としてご参考になれば幸いです。

ところで、「ひとりの時間をどう過ごしたらいいのですか」というHさんの質問ですが、ある日、書き留めていた独り言を送ります。

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「ひきこもりへの誘い」
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今、できないことは、今はしなくていいこと。
今、できることをすればいい。

できることが多いほどいいと思っていたけど、
できることが多いと、かえって迷う。
できることが少ないと、迷う必要がないから楽だなぁ。

やりたいことをやればいい。
楽しいことを楽しめばいい。
だけど、したいことがないなら、何もしなけりゃいい。

時間を埋めようとやけになる必要もない。
時間は自然と充実したもので満たされるから。
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何をすべきか、何ができるか、何がしたいか、
自分の心と体が全て知っています。
自分の心と体とともにいてあげてください。

祈りをこめて
てつろう拝

20XX年J月2日 夜

H:てつろうさん、こんばんは。
ひきこもりという状況を、今、与えられた修行の場だと思えばいいんですね。ありのまま自然に任せて過ごせたらいいですね。
私はスピリチュアルなことが好きで、スピリチュアルな有名人たちにハマったことがありました。そして的確なアドバイスができる方を探して相談しては騙されたりしました。
てつろうさんはいろいろと経験なさってきたんですね、素晴らしいです。お話、とても参考になりました。ありがとうございます。
素敵な夜をお過ごしください。

て:なんだか僕の自慢話になってしまったようですね、お恥ずかしい。
僕にはHさんにアドバイスできることなんてないですが、一介のひきこもりとして陰ながら祈っています。
それでは素敵な夜を。おやすみなさい。

H:てつろうさん、いえいえ、相談にのって下さって本当にありがとうございます。ありがとうございます。素敵な夢を見てください。おやすみなさい。

20XX年J月4日 深夜

H:てつろうさん、こんばんは。
今はSNSで好きな写真や動画を見ています。
素敵な夜をお過ごしください。

20XX年J月5日 朝

て:Hさん、おはようございます。
好きなことが見つかったようですね。
お互い、ひきこもりの時間、楽しんでいきましょう!
それでは、今日も素敵な一日となりますように。
てつろう拝

H:てつろうさん、おはようございます。
そうですね。ひきこもりの時間を楽しんでいきましょう。
てつろうさんがハッピーでありますように。
素敵な一日をお過ごしください。

フレンド・リクエスト

それっきりHさんからメッセージは来ていません。
それからしばらくしてHさんはSNSもやめたようです。

「ひきこもりへの誘い」を含む『ひきこもりのつぶやき(抄)』(https://slib.net/84763)を星空文庫で公開することにしたのは、この後のことです。

全てのひきこもりに幸運を
てつろう拝

2018/08/16 v0.3公開
2018/08/10 v0.2公開
2018/08/09 v0.1公開

フレンド・リクエスト

ひきこもっていたある日、SNSで全く面識のない方から突然「私もひきこもりです」と友達申請を受けた。そのときのやりとり履歴。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-09

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND
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