蜜柑

 その子はよく笑う子で、頬に沿わせてきれいに切り揃えられた毛先が、笑い声に合わせて揺れるのをわたしはいつも見つめていた。ときどき、「そんなじっと見ないでよ」と言われてハッとしていた。ごめん、ぼーっとしてた、と言い訳をするので、その子はきっとわたしのことを、ぼんやりした子ね、なんて思っていた、と、思う。正確なことはわからない。彼女はいつもニコニコするばかりで本音を言わないタイプだったし、でもたまに鋭い毒みたいな言葉を使う子で、頭の中がまったくもって読めないひとだった。それに、彼女にはもう会えない。今さらあの頃の話を懐かしんだりして、実はあのときね……なんて話もできっこなくて、わたし自身の本音まで溶けてなくなってしまったようだ。過去の感情は雑多な思い出の温度に溶かされて、結局全部嘘みたいに思えてしまう。ごくたまに、今も元気にやっているかなどと気にするけれど、それが彼女を慕う気持ちからなのか否か。たまにわかりかけるのだ、雨上がりの庭を眺めているときに、虹がかかっているのを見つけたりなんかすると。彼女を思い出して、胸がきゅうっとなって、まだ好きなのかしらね、と苦笑いする。一晩寝たらすっかり忘れてしまうのだけれど。幼かったわたしの恋心は、ひどく尊いもののように思えるのだ。

蜜柑

蜜柑

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-07

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