川にうかぶ

事態は急展開を迎えた。

目の前で泣きじゃくり、私が悪いのだ、私が死ぬべきなのだ、一人ではいかせないのだと喚く母を、私は困惑の表情で見つめるしかない。

なんだというんだろう。

なぜ死ななければならないのだろう。

彼女は十分に幸せなはずだ。

公務員で毎日17時を少しまわったころに帰宅して浮気一つしない夫

都立高校から国立大学へ不安要素ひとつなくするりと進学した娘

週に2回パートに出かけ、そこで得た友人とそこで得た収入で遊ぶ

パートのない日は誰もいない家で韓国ドラマを片っ端から見て

美味いコーヒーをすする

ぷくぷくと太った犬もいる

実に理想的な人生に思える


それが、急にこうなった。

姉と違って不出来な方の娘が一人、綺麗に身支度をしていたことが原因で。

黒いドレスを着てドレッサーに向かい綺麗な赤い口紅をひく

緩やかに波打つ明るい茶色の髪を解いて

突然の侵入者にぱっちりと黒い瞳を向けた

それを見て母はさっと顔色を変えた

私の日記や私のアルバム、携帯電話を覗くのが日課の母は

私の考えていることなんてお見通し

私は、誰に迷惑もかけず、美しく、静かに、死のうとしただけなのに。

川にうかぶ

川にうかぶ

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-09-24

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