寄り添う人

一時間だけ君を攫う
この世の果てが見たいと嘘をついてまで
昼の煌びやかさでも
夜の静けさでも
心を掻き毟られる人間にとって此処は
生きるべき地とは到底思えなかった
壊れたシガーソケットでは音楽すら鳴らせない
ラジオじゃ眠くなる
どうしようもない夜を越えるには君が必要だった
冷たいハンドルを握り締めて
君を助手席に乗せて向かうのはふたりだけのランデヴー
目映い橙も帰路を辿る人達も
夜を目一杯楽しんでいるのに
僕は上手く笑えずに穏やかにアクセルを踏むだけだった
何処までも拙い君はきょとんと座っては
眠りにつかぬ街並みを掴もうとする
君のその無邪気さが甘い純粋さが
僕に明日を教えてくれる
君は僕の寂しい夜すら忘れて
何時か夜に怯える僕を馬鹿にするのかもしれない
ただ今だけは一時間だけ君の命が欲しかった
鉄橋を飛び越えない安全性で君を守りながら
心ばかりは何度も君に救われる
時速六十キロの心地好いテンポで
君が薄い目蓋を下垂させた時
君からもらった一時間が消費され
空へと鏤められていく
「ぼくもうねむくなっちゃった」
何処までも幼い君が生かしてくれるんでしょう
朝日が目蓋の裏に滑り込む時も
蒼天が憂鬱に項垂れている時も
本当は君は無制限に隣にいて
僕をずっと僕でいさせてくれる
たとえ此処が生きるべき地でなかったとしても

寄り添う人

寄り添う人

星の瞬きほどの屈託のなさが、私を生かしてくれる。きっとこの夜のことを、あなたは忘れてしまうけれど。確かに私はあなたに生かされた。これからも、ずっと。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-07

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