雨色ポスト
雨の日はいつだって憂鬱だ。薄汚れたビニール傘を広げて降り注ぐ雫を仰ぐ。灰色の空はビニールによって更に濁された。
憂鬱な梅雨のある日、俺は彼と出逢った。通りから一本路地に入るとある、もう潰れてしまった駄菓子屋の前にぽつんと立っている赤いポスト。その前にこの辺りでは見たことの無い青年が立っていた。
しっとりと濡れた黒髪は艶やか、心なしか潤んだ様に見える瞳はポストではなく灰色の空を見つめる。手に持つ白い封筒はみるみる雨を吸い込んでいく。
「傘、無いんですか?」
傘を差し出す俺をちらりと見て彼は微笑んだ。
「傘、無いんです。」
ひとことだけ呟いた彼は再び空を仰いだ。
「手紙出さないんですか?」
くしゃっと皺がついた手紙はまだ彼の手の中。
「届かない手紙を出すのって意味あると思いますか?」
彼の瞳は水溜りのようにゆらゆらと俺をゆらした。
「わかりません。」
「そうですよね、すみません。おかしな話をしてしまった。」
彼は手のひらに包まれていた封筒をふたつに破ってポストに入れた。雨なのか涙なのか、彼の頬を伝う雫は透き通る。なんて綺麗なのだろう。
「届かないものを望んではだめですね。僅かな希望を抱いているくらいなら、こうしてしまった方がずっといい。」
さよなら、と告げた彼は灰色の雨に消えていってしまった。
「届いてますよ。だってほら、こうしてまた逢えたのだから。」
彼の記憶の中の俺はどんな顔をしているのかな。
俺は薄汚れたビニール傘を畳んで彼とは反対の方向へ歩き出した。
消え去った自分と破られた手紙を重ねて意味の無い涙を流しながら。
雨色ポスト