命の選択を

伊吹マヤは1通の手紙を読んでいた。

《赤木リツコ博士江》

差出人は綾波レイ。零号機パイロットであり1番目の子供。
手紙を読みながら彼女はため息をついた。

「今日はついてないよな。予定してた食事会だったのに」

マヤが顔を上げると紙コップを持った青葉シゲルが立っていた。青葉はマヤに紙コップを差し出す。「ありがとう」と言いながら微笑んで受け取った。中身は熱いコーヒーだった。

「仕方ないですよ、仕事ですから」

今日はレイが主催する食事会の予定だった。この食事会に呼ばれていたのは赤木リツコ、葛城ミサト、碇ゲンドウ、そして碇シンジと式波・アスカ・ラングレーの5名。
しかし運悪く3号機の起動実験と日時が被ってしまった。リツコとミサト、パイロットに選ばれたアスカは今、松代でその実験を行っている最中である。
しかし、何故にリツコ宛ての手紙が今マヤの手元にあるかと言うと

「代わりに行ってもいいってこの手紙渡されましたけど、場違いですよね」
「そんな事はないと思うな」
「でも……」

レイとシンジ、そしてゲンドウと食事する風景を思い浮かべてマヤは再び思う。

「いえ、やっぱ場違いですよ」

マヤは苦笑いをしながらコーヒーを飲んだ。
司令部のドアが開き日向が入ってきた。青葉は日向に声をかけ松代の起動実験の状況を聞いた。起動実験は今のところ問題なく進んでいるとのことだった。

「赤木博士達が松代の実験に行ったのならやっぱり食事会は3人?」
「葛城さんがギリギリ帰ってくるって言ってました。実験の進み具合次第ですけど」
「間に合うといいですね」



マヤが口にした願い、それは二人の願いでもあった。
しかし、それは叶わぬ願いとなる。


◇ 命の選択を  



数十分後、ネルフ本部発令所は大慌てになった。
3号機起動実験の松代で事故が起きたのだ。
事故の原因は新たな使徒出現なのかもしれない……その推測を確かめるべく司令部は総員挙げて調査していた。アラームが鳴り響きモニターにいくつものランプが点灯していく。

「被害状況は?」
「不明です!仮説ケイジが爆心地の模様。地上管理施設の倒壊を確認!」
「救助、及び第3部隊を直ちに派遣。戦自が介入する前に全て処置しろ」
「了解!」
「事故現場南西に未確認移動物体を発見。パターンオレンジ、使徒とは確認できません」
「第一種戦闘配置」

碇司令の声が聞こえた。確か司令は外出中の筈――――冬月や青葉達の考えを裏切るように碇ゲンドウはその場に現れた。

「碇――」
「総員、第一種戦闘配置だ。修復中の零号機は待機。初号機はダミープラグに換装後、直ちに出撃させろ」

総司令の席にゲンドウは座った。いつもと変わらない姿勢で戦闘準備を指示する。その姿に司令部のみんなは気を引き締めた。ゲンドウの指示通り初号機にダミープラグが換装されていく。碇シンジが到着した連絡を受けた日向は直ぐに彼に搭乗命令を下す。
そんな中、宇宙衛星の画像が届いた。松代から箱根に向かって歩いている巨大物体。
最初に赤い空に高圧線が映し出された。直ぐに画像が切り替わり山間の民家沿いの道を行く戦車と装甲車が走る映像。再び映像が切り替わり、山並みに生える夕日の中にこちらに向かっている巨大物体の映像が写った。

「これ……」

伊吹マヤは驚きの声を上げた。巨大物体の形はあまりにもアレに似ていたから。

「監視対象物は佐久防衛線を突破。現在千曲川を沿り南下中」
「到着も時間の問題か……」

冬月は苦い顔で呟いた。


電源車が群集している背後に初号機がしゃがみこんで待機していた。初号機に搭乗しているシンジは全ての事態を把握できていなかった。
何故僕は初号機に乗っているのだろうか?僕は松代で事故が起きたと聞いてNERVに来たのに――。シンジは状況を確かめるべく司令部に恐る恐る無線を入れた。

「あの、すいません……ミサトさんやアスカたちは?」
「現在、全力を挙げて救出作業中だ。心配ない」
「でも、他のエヴァもミサトさんもいなくて、僕一人じゃどうしようもないですよ」

葛城三佐も赤木博士も3号機パイロットに選ばれたアスカ、みんな無事である報告は入っていない。青葉は根拠も確証もなく「大丈夫だ」と何度も声をかけ彼の心配を和らげようとした。
そんなやり取りに日向が割り込んだ。

「作戦系統に問題はない。今は碇指令が直接指揮を取っているよ」
「――父さんが」

意外な言葉にシンジは目をパチクリさせた。シンジからの質問はそれ以上なかった。
青葉は初号機に通じるマイクを一度切ると日向に「すまん」と礼を言った。日向もマイクを切ると「対したことじゃない」と答え2人は同時にマイクを入れた。

「遠見付近で映像を捉えました。主モニターに回します」

一人のオペレーターから回された映像。山陰が映し出されていた風景に何かが姿を現した。目標が映し出された時、司令部はどよめいた。
それは零号機や初号機に似た形をした巨人が歩いている姿だった。松代からやってきた巨人、妥当に考えれば起動実験中の3号機。

「やはりこれか……」
「活動停止信号を発信。エントリープラグを強制射出」

ゲンドウの指示に素早く答えるマヤ。キーボードを打ち活動停止信号を目標へと送った。
3号機の背中パーツが破壊されハッチが吹き飛んだ。しかし、そこからエントリープラグは射出されない。3号機は歩き続ける。

「だめです、停止信号及びプラグ排出コード認識しません!」
「エントリープラグ周辺にコアらしき侵食部位を確認」

破壊された背中パッチから見えるエントリープラグの先端を筆頭に次々出てくる画面、そうして最後に出てきた画面は青葉が一番見たくなかった通知でもあった。

「分析パターン出ました……青です」
「エヴァンゲリオン三号機は現時刻をもって破棄。監視対象物を第9使徒と識別する」

ゲンドウの言葉、それは悲劇が始まる告知だった。
オペレーター達は感情を抑えマニュアル通りアナウンスをする。

「目標接近」
「地対地迎撃戦、用意」
「阻止部隊、攻撃開始」

下を向いて考えていたシンジはオペレーター達の声で目線をあげた。
自分の足元で戦車隊が一斉に攻撃を開始する。シンジは攻撃している先を見た。

「――まさか、使徒!?これが使徒ですか!?」
「そうだ、目標だ」

シンジは驚愕した。だってこれは、どう見たって――――

「――目標ってこれはエヴァじゃないか!」

夕日をバックに歩く三号機、砲撃が命中するが全く効いていない。
もうすぐ、3号機と初号機が接触する。

「目標は接近中だ、お前が倒せ」
「でも、目標って言ったって」

田んぼの中をゆっくりと着実にこちらに向かって歩いていく3号機。

「……アスカが乗ってるんじゃないの?」

司令部にはアスカが救助された報告が入ってこない。起動実験の最中に起こった事故、エントリープラグは射出されないまま、あの中にアスカが乗っている可能性が極めて高い。シンジは自分の呟きに誰も否定をしてくれない事に動揺した。
司令部のオペレーター達もシンジの呟きの言葉に反応するかのように心に焦りと恐怖と悲痛と願いを抱いていた。

「……アスカが」

司令部のモニターに映し出されたのは高圧線越しに対峙する2体のエヴァの姿だった。夕日が綺麗で今からそれをバックに戦場が起きるとは信じられない、美しい光景だった。
初号機はパレットガンを構えたまま、ただただ立っていた。3号機は初号機の様子を伺うようにゆらりゆらりと動いている。
シンジはこの接近でトリガーを引くことを躊躇った。待った、アスカの安否の報告を。願わくばアスカは救助されあの3号機に乗っていない事を。

ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!

突然3号機が大きく吼えた。それが戦闘の合図になった。
吼えながら四つん這いに沈み込んで空高くジャンプした。体を大きく捻りながら初号機目掛け飛ぶ。
初号機はライフルを盾にした。三号機は落下しながら両脚スクリューキック、その攻撃は初号機が盾にしたライフルに当たった。ライフルは折れ曲がり初号機は山へ吹っ飛んだ。
3号機は体を捻り田んぼの中に四つん這いで着地した。その姿は獣そのもの。
初号機の頭が山に突き刺さった。衝撃でエントリープラグ内のモニターが揺らぐ。モニターが再び起動しシンジは衝撃でしかめていた目を開き、はっと気づいた。

「……エントリープラグ」

粘着状のモノに覆われた背中のプラグがはっきりと見えた。司令部のモニターにもはっきり写った。

(やっぱり乗っているんだ!)

シンジは怖くなった。レバーが引けない。恐怖に身体が支配された。
3号機は口を大きく開きながら右腕を振りまわした。そして、手前にギュンと伸ばす。3号機本来の起動にはない稼動能力。使徒の効果で生まれた新しい能力はぐんぐんと伸び初号機を捕らえ、首を絞めた。初号機はそれに対抗する為に起き上がろうとした。しかし、3号機は左腕も伸ばして両腕で初号機を絞めその行動を阻止する。
山の坂道に初号機の頭部が再び激突する。山腹に倒れこんでいる初号機に跨り首を絞め続ける3号機。初号機の首に針状の跡が生まれる。シンジの首にも手跡が浮かび、気泡が沸き立つ。
生命の危機にシンジは恐怖を跳ね除け一気にレバーを押し込んだ。渾身の力で3号機の腕を引き離す初号機。
そのまま首から手を引き離せっ!と思った矢先、3号機に異変が生まれた。
バキンッと拘束具が剥がれた。剥がれた所から生えてきたのは第2の両腕。第2の両腕は蠢きながら勢いをつけて初号機の首を押さえ込んだ。
初号機の両腕は元からある第1の両腕に押さえられ、生えた第2の腕に首を絞められる初号機。再び初号機の首に針状の跡が浮かび上がった。

「装甲部顎椎付近に侵食発生!」

絞められて首の跡部分が変化し赤い部分が増えていくシンジがモニターに写った。

「第6200層までの汚染を確認!」
「やはり侵食タイプか……やっかいだな」
「初号機A.T.フィールド不安定!」
「生命維持に支障発生!」

マヤのモニターに表示されていた初号機の神経接続が次々と途切れていく。全ての神経接続が途切れるのも時間の問題であった。

「これ以上はパイロットが危険です!!」
「いかん!神経接続を28%にカットだ!」
「待て」
「しかし碇!このままではお前の息子が死ぬぞ!」

ゲンドウは冬月の言葉に答えなかった。巨大スクリーンに映し出される自分の息子の苦しい表情をじっと見つめながら彼は問いかけた。

「――シンジ、何故戦わない」

シンジは父親の言葉に反応し、苦しさの中、自分の答えを述べた。

「だって……アスカが乗ってるんだよ、父さん!」
「構わん、そいつは使徒だ。我々の敵だ!」
「でも……出来ないよ!人殺しなんて出来ないよ!!」

シンジの首の跡はどんどん赤く染まっていく。初号機の首も針状の侵食部がどんどん広がって行く。今まで冷静だったゲンドウは初めて声を荒げた。

「お前が死ぬぞ!」
「いいよ!アスカを殺すよりは!!」

息子の覚悟に父は決意した。

「構わん。パイロットと初号機の――――」
「だめ」

否定の声が聞こえた。確かに声は小さかった、でもはっきりゲンドウの指示を否定する言葉。
何処から、誰が、声を?オペレーター達は辺りを見回した。

「死ぬのは駄目……」

冬月は驚いていた。この声に聞き覚えがある。そうこの声は――――

「死んじゃ駄目……」
「マヤちゃん、36番ゲートの外部マイクを初号機にっ!」
「え?」
「レイちゃんの声をシンジ君に、早くっ!!」

声の主とその場所をいち早く捕らえた青葉は指示する。発令所の下方にいるレイの声をシンジへ。レイの声がシンジを救う、そう思って。
伊吹は意を決しコンソールへ向き直るとキーボードを打ちレイの音声を初号機へ繋いだ。
それに合わせるかのようにレイは叫んだ。

「――――碇君、死んじゃ駄目っ!生きてっ!!」



「おはよう、アスカ」
『おはようじゃないわよ、もう昼間よ』
「ごめんね、仕事でちょっと遅くなったわ」
『どうせ、寝坊したんでしょ』
「バレバレ?」
『バレバレよ』

ガラス越しに挟まれた部屋でアスカとミサトが対話していた。
ミサトの姿は右手にギブスを嵌めて包帯で固定されている以外いつもと同じ格好だった。ミサトの右手は松代の事故で負傷したもので全治1ヶ月であった。
アスカは白いパジャマ姿でベットに座りながらガラスの向こうのミサトに話しかけていた。アスカの姿で一番痛々しかったのは左目、包帯に巻かれていた。

『私の左目って、治るのかしら』
「えぇ、今は一時的に視力低下してるけど治療受ければ」
『この施設からも?』
「もちろん」

使徒に侵食されたアスカは部屋に隔離されていた。侵食された影響を恐れての事だ。
リツコの話によれば侵食の影響は検査の結果0に等しいとの事だったが今まで侵食された人体の例がない為、アスカは一時的に隔離されている。あと何日か検査データを取り解析され害がないと分かれば普段の生活に戻れるだろう。
ミサトは部屋の片隅に置かれた机を見た。そこには綺麗なコスモスの花が花瓶に生けられていた。ミサトは直ぐに分かった。この花を持ってきたのが誰であるかを。

「シンジ君、来たみたいね」
『……泣きながら謝ってきて、それがウザくて、まったくガラス越しじゃなかったら一発蹴り入れてたわ』
「そっか」
『泣く必要なんてないのに』

何故ならあれは『戦い』だったのだから。

あの時、レイの声を聞いたシンジは死ぬ事を止めて生きる選択をした。
初号機の力を解放し3号機の攻撃を跳ね除け、右手を犠牲にし3号機からエントリープラグを引き抜いた。エントリープラグを守りながら3号機の攻撃を跳ね除け、戦自の一斉砲撃で体制が崩れた時、初号機はプログ・ナイフでコアを破壊、鎮圧した。
3号機に取り込まれていた時の事を外部から一部始終聞いた時、女の声でやる気を出したなんて全く情けない奴だとアスカは思った。だけど、その声がなければ今の私はいない。こうしてミサトと話している自分はいない。心の奥底ではアスカはシンジに感謝していた。

「アスカ、これ一緒に食べよっか」

ミサトは紙袋をアスカに見せた。その紙袋が何なのか直ぐに分からなかったが、ミサトは風呂敷に包まれたモノを取り出すとなんとなくそれが『お弁当』であることが分かった。

『病院食も飽きたし、いいわね』

アスカはミサトが持ってきた昼ご飯を食べる事にした。
ミサトはアスカの部屋に入る事ができなかったので弁当の中身の半分を別の容器に移し替えると専属の看護士に運んでもらった。ガラスを挟んで二人は食事を取る。
防護服を着た看護士が運んだ食事は歪なおにぎり2つと沢庵2切れ、それから紙コップに入った味噌汁だった。

『カッコ悪いおにぎりね』
「沢庵は美味しいわよ」
『それ、市販でしょ?』
「細かい事は気にしない」

細かい事ねぇ……と思いながらアスカは味噌汁をすすった。

『これ、しょっぱいっ』
「まぁ、初めての料理だし仕方ないわよ」
『…………これ、ミサトが作ったのじゃないの?』
「レイが持たせてくれたの。食べて欲しいって」

おにぎりを1つ食べ終えたミサトは親指に付いた米粒を丁寧に食しながら言葉を続けた。

「あの時流れたお食事会を今日やるんだけど、気にしてね」
『……知ってる』

今日見舞いに来たシンジは泣きながらあの時の事を謝った。そしてもう1つ謝った。

[父さんと予定が合うのが今日しかなくて……ごめん]

なんで謝るのよ、私はそもそも、そういう集まりは苦手だからいいの。謝られたら変な気持ちになるじゃない!とっとと食事会でもハイキングでもデートでも行きなさいっつうの!

そう言いながらアスカはシンジを部屋から追い出した。

『ミサトは行かないの?』
「私は仕事あるし、アスカ一人は寂しいでしょ」
『寂しくないわ』
「強がり言っちゃって、こういう時くらい甘えなさい」

ミサトはしょっぱい味噌汁をすすりながら笑顔で言った。

「ここから出られたら今度こそみんなで食事会開きましょ」

回復祝いになるかしら?とミサトは続けて言った。
その言葉にアスカは顔を背けて口を尖らしたが直ぐに表情を緩め小さく頷いたのだった。
しょっぱい味噌汁を一気にすすり食事を終えたアスカは考えた。

『……この味であの親子仲直りできるのかしら』
「できるわよ、レイがいるから。それにシンジ君なら『おいしい』って言いながら食べきると思うわよ。おいしすぎるっていっぱい食べてきて、苦しくて寝込んで。でも笑顔なんでしょうね」

シンジのその姿が直ぐに思い浮かぶ事ができたアスカは「そうね」と笑い、その笑い顔にミサトもつられて笑った。笑っているミサトを見つめ、アスカはミサトと目が合う。
2人はお互いの顔を見合わせて、また笑ったのだった。

命の選択を

命の選択を

■ ヱヴァンゲリオン新劇場版:破 「――――、死んじゃ駄目っ!生きてっ!!」

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-05

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work