花の名は

小さい頃、幼馴染の男の子に春に咲くこの花が好きだと言ったら「似合わないよ」と言われた苦い思い出がある。
昔から男勝りでよく男の子を相撲技で投げ飛ばしてたりと活発な行動ばかりしていたから、きっとその子からしたら『女の子らしい一面に意外だ』という意味の言葉だったんだと思う。悪意はなかった。でも、その言葉は私の心に棘となって刺さり、花が好きな自分は自分らしくないと思い込むようになってしまった。
今はおしとやかになり無茶な事はしない、ダンスが好きで家の手伝いをする、昔よりも凄く女の子らしくなったと思う。多分。そう心がけているけど、未だにこの花が好きだと公に言えない。その男の子もその出来事、自分の言葉なんて忘れているだろう。気にしなきゃいいのに何度も思ったけど棘は抜けない。



春になると町や山に咲く黄色い小さな花を『自分の花』と名づけていた。自分の髪の色に似たその花を見ると春の訪れと共に嬉しくなる、自分だけの小さな幸せ。

父さんも母さんも、誰にも知らない、自分だけの小さな秘密。


窓の外を見ると雪は春の日差しに溶け、地面が顔を出していた。長かった冬が終わり、春がやってきた。もうすぐ『自分の花』が咲き始める。

「カレン、今日から春の作物の種を置くわよ」

一家団欒の朝ごはんの席で母さんが言った。

「うん、分かった。倉庫から出しておくね」
「僕も手伝おうか?」

大丈夫よ、と言うと父さんは少ししょげた。言い方がきつかったかしらと思ったけど、母さんが「今日は色んな農家がやってくるから大変よ、頼りにしてるわね」と宥めたらしょげていた父さんは直ぐに元気を取り戻した。あぁ、全く父さんって単純ねと母さんと目と目で笑って会話した。
そう、今日は母さんの言うとおりに色んな農家が春の作物の種を買いに来る。もしかしてあの牧場主もやってくるのだろうかと思ったら口元が少し緩んだ。

倉庫から一季節分の種を出すのはやっぱり一苦労だった。じゃがいもの種を出し終えて「やっぱり父さんに手伝ってもらえばよかったかなぁ」と少し思ったけど、父さんに手伝ってもらったら逆に父さんが荷物になる。去年の春に隣のミネラル医院にお世話になった事を思い出した。
きゅうりの種を出す時に棚の置くから何かの種を見つけた。この種は何かしらと中を空けようとした時「農業者が来るから早く種を出しなさい」と母さんが急かしに着たので私はその種をポケットに押し込めて仕事に戻った。
お昼近くになり大体のモノは店に陳列した。後はこのカブの種を運べば終わり。倉庫のドアを閉めると私は種が入った木箱を持って店へと歩き出した。最後の荷物は詰め込み過ぎたせいか、とても重い。お腹が空いているからか力が出ない。これが終わればお昼ご飯にたどり着けるのに、だけど疲れた。私は店までの道途中にあるベンチで一休みする事にする。
空を見上げる、透き通った青い空に白い雲。風もなくお日様の日差しが心地よい。私は目を閉じて日の暖かさを感じていた。

「やぁ、カレン」

目を開けるとハイウインド牧場のピートがいた。去年からお爺さんの牧場を継いでこの町に住んでいる青年だ。

「あ、こ、こんにちは」

声がどもってしまった。滑らかじゃない対応に彼がどうしたの?と聞いてきたから「突然声をかけられてびっくりしたのよ」と答えたら笑って「ごめん」と謝ってきた。そんな、ちっとも悪くないのに。

「カブの種を買いに来たんだけど、あるかな?」
「ちょうど今、倉庫から出してたとこよ」

自分の足元に置いてある少々大きめの木箱を指差した。
ピートは「あぁ、よかった。売り切れてなくて」と胸をなでおろしていた。「ごめんね、棚に出すの遅くて」と謝ると「そんなことはないよ」と言いながら私の足元の木箱を持ち上げた。

「店まで持っていくよ」

さりげない優しさに私は「え、あ、うん」と答えるのが精一杯で前を歩く彼の後ろを着いていく。
店に入ると父さんが不思議そうな顔をしていた。でもピートが笑いながら「カブの種を20袋下さい」と注文すると「そんなに買ってくれるの?!嬉しいなぁ!あ、牧場まで届けとくね!」とご機嫌になり配達の準備を始めた。
私は買い物と運んでくれたお礼を言う。そんなこっちこそ助かってるからと答えたリジェックは「あっ」と何かを思い出し、ポケットから何かを取り出した。

「はい、これ」
「これ……」
「今年一番の花」

アタシはピートの手からその花を受け取る。微かに手と手が触れた。その部分がじんわりと熱を持つ。花の名前はムーンドロップ草、黄色い『自分』の花。
店番が母さんに変わり、父さんは配達に出かけた。母さんは「カレン、早くご飯食べちゃいなさい」と昼食を催促する。ピートも昼食用のパンを買うと店を後にしようとしていた。

「ねぇ、ピート」

私はピートの名を呼び店から出ようとする歩みを止めた。ピートはこちらを振り向き私を見つめてきた。

「どうして、この花を私にプレゼントするの?」

ピートは優しい声で「迷惑だった?」と聞いてきた。そういう意味じゃないと首を振ると彼は安心した顔をして言った。

「カレンの色だから」



その時の私はどんな顔をしていたか分からなかったけど、母さん曰くとても女の子らしい顔だったと言っていた。
ピートを見送り、店の奥にあるドアを開け住宅へと入る。テーブルにはオムライスが置いてあった。席に着き、そのオムライスを眺めながら私は彼の言葉を、声を頭で反芻する。
「私の、色」
顔が熱くなり手で押さえ必死で火照りを押さえる。その時ポケットから何かが落ちた。それで少し冷静になり、落ちた何かを拾う。
それは倉庫で見つけた種の袋。中を開けると三日月型の黒い種が9つ入っていた。私は直ぐに分かった。

あぁ、これはムーンドロップ草の種だ。

売りに出すには少なすぎるもので、自分で育てるには数が多すぎる。私は「そうだ」と思いついた。これをピートにプレゼントしよう。今日のお礼をこめて。
私は彼の側に居られないけど、この花が彼の牧場で咲けば私の化身は彼の側に居られるから。
出荷できない花を育ててくれるかしらと不安になったけど、彼の優しさと甘さに期待することにしよう。そこまで考えて私はようやくオムライスをスプーンで掬うと口にした。

花の名は

花の名は

■ 牧場物語ハーベストムーン カレンとピートの御話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-05

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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