盲目

 午後の穏やかな陽射しを浴びながら、まどろみの中で彼は笑っていた。真っ白い壁紙とカーテンと、開くことのない窓。世界から切り離された空間で彼はいつも外の様子を知りたがっては俺に教えてとねだる。
「桜のにおいがする」
 ほのかな花の香りに春の気配の感じたのか今日の彼はいつになく楽しげだった。けれど、実際は夏の盛りのこの時期に本物の桜などあるはずもなく、彼は俺がセール価格で購入した季節外れの桜のフレグランスを本物のように有難がっているだけなのだ。
「もうすぐ満開になりますよ」
「そう、じゃあ夏になったら……」
 そして今日も彼は来るはずのない未来の話をし、俺は彼の望むままに相槌を打つ。

盲目

盲目

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-05

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