実績のないゴーレム。
山地に住み、あまりほかの部族や都市との関係をもたない、異世界の民族、レムゴ族は、唯一扱う事のできる、《土繰りの魔法》を使い、ゴーレムをつくって主に食料としての芋を育て、家畜の世話をしていた。ゴーレムというのは、この村では、人をかたどった動く泥人形の事で、赤く光る眼玉が一つ王冠のようにそれを覆う顔のリング、レンガのように体中に切れ目がはいっていて、それを起点にして動く、怪物のような泥の異形―—そんなゴーレム―—がいま、村の外においてあった邪魔ないわを、パンチの力で粉砕しようとしていた。
「あ、こらー、そんな強さで殴ったらお前の右腕がもげるだろう!!」
16歳のシドは、そんなレムゴ族の1つの村で優秀な働き手として活躍していた、しかし彼には困った弟がいた、日中本ばかり読みふけり、土繰りの魔法の秘密を解読するといってほとんど仕事を手伝いもしない13にもなる弟がいたのだ。しかしシドは常に、彼の分まで仕事をするといって、両親や、村人までをも安心させていた。
《まったくあいつはしゃーねえなあ》
シドは毎日、くたくたになるまで働いて、しかし家に帰りかわいい、この村で一番といえるほど美しい顔と瞳の輝きを持つ弟を見ると、やはり、ある程度の年齢までは自分が楯になってやろうと思うのだった。
しかし、ある雨の降り続いた日に、彼は例のごとくゴーレムで、困った人や、非難に向かう人々の世話をしていた、山のふもとのある村では、川に渡してあった橋が崩れてこまっているらしかった、彼のゴーレムは、現状使えるゴーレムの中で、村でもっとも背が高く、そんな橋の一本や二本用意するのに、たとえ雨の日であろうとわけはなかった。
《いくぞー、ゴレム22号!!》
彼の相棒は、そんな名前だ、しかし、ときたま彼は憂鬱な表情を見せる事がある、たしかに使えるゴーレムの中では彼のものが一番大きい。しかし、本島の天才は……彼の弟、ユーラだ、ほんのおととしまで、彼は天才的な才能をみせ、村のゴーレム使いの技術を飛躍的に向上させた、今では村の人から見向きもされないが、彼は、弟がまだ何かを考え、力を蓄え続けていると信じていた。
《これはすげーなあ》
麓のほうへつき、きりたったがけ、橋がかかっていた箇所から下をみると、渓谷の川の増水はすさまじく、とんでもない濁流が、泥や木々と一緒にごうごうと音を立てて下のほうへ流れていっていた。
《吊り橋にするしかねえ》
そう考え、彼はまず紙に設計図の描写をはじめた。ひとまずは納得のいくできとなったが、人でがたりない、
《弟を呼んできてくれ!!》
彼は弟に期待して、友人に彼を呼びに行かせたが、結果はむなしいものだった。
「返事もねえ、中をみたが誰もいねえ、どうする?探すか!?」
そんな暇はない、川の水位はあがっているしこのままだと、あちら側の小さな村、小さな山が孤立してしまう心配もあった。
「くそう、この人数でやるしかねえか」
どんどん上がる水位と、緊張と恐怖で統制をうしなう人々、いくらシドがいたとしても、あちらがわで悲鳴を上げ続ける、隣山の村の人々の姿と自然の猛威をみていると、いてもたってもいられなくなった。
「俺が行く!」
ふと、シドは立ち上がった、完成間際のことで、いったいどうしたのだとみんながきく。
「この橋の片方を向こうにとどけねえとならねえ、そんな大ジャンプをできるのは、俺のゴーレムだけだ」
そうだ、皆うすうす気づいてはいたが、橋を立てるということは、どうにかして橋の片方をあちらにわたさなくてはならないのだ。
「ゴーレムで投げる事は?」
「無理だ、みんなが来る前にためした、俺のゴーレムでも無理だ」
おれがいく!といいだした人間もいたが、シドは俺を信じろと言ってきかなかった。
大雨の中、助走をつけて、小さな警告をジャンプでわたろうとする、ゴーレムとシド、ゴーレムはわめき声をあげ、シドはそれに応え、呼応した。
「うおおおお」
ダダダダダダダダッヒュッ
切り立った壁から、とびたって弧を描く二人のかげ、しかし、あといっぽのところで、彼らは、下におちた……。
両方のがけから叫びや悲鳴や嗚咽が聞こえる。しかし、しばらくたってのこと。
「大丈夫だ!!」
シドは、ぎりぎりのところで向こう側の崖にぶらさがり、がけから生えた木にぶらさがっていた、そしてそのままのっそりのっそりとあがり、ゴーレムの手をつかんで、ひきあげようとした、そのときだった。
「ああっ」
ゴーレムは手をすべらして、落下したのだった。
もうだめだ、そう思い、悲鳴をあげる村人たちや、友人の声を聴きながら自分の失敗をひたすら嘆き後悔するシド、そのとき、人一倍大きな、タカよりもどれくらいも大きいだろうか、そんな陰が彼の頭上に、おおきな弧を描いて、とんでいった。
「ばかな……」
みるみるうちに橋はかかり、村人たちは歓喜のままに向こう側へ急いでわたっていく、自分も、と思うが体がしびれてうごかない、村人がすべてわたりきったとき、向こう岸と、上から同時に声がした。
「シド兄ちゃん」
弟だった。信じて正解だったのだ。彼いわく、おととし完成した動かないゴーレム。彼の最も大きい、大人の二倍はあるものよりもっとおおきい、3倍もあるようなゴーレムが、ほんの少しだけで動くことをやめた原因をつきとめたのだという。
「何年もまたせてごめん」
「いいんだよ、おかえり」
そういうと、彼はこの2年殆どしゃべらず、本ばかり読みふけっていた弟を気遣い、帰ったら皆に謝り、また仲良くやるんだぞ、といって二人で橋を越えていったのだった。
実績のないゴーレム。