ファンタジア
込み入った街のなかに、一筋流れる小さな川沿いの遊歩道。
水位の低い水の上を、柔らかな春の日差しが滑ってる。
満開の桜の木々が、人々を家から外に連れ出した。
渓谷の様な、二層の遊歩道。見下ろすの土の道、水辺の木の道。
土の道はひとたちのスニーカーを乾いた色で、ほんのり汚した。
水辺の道では、さらさらと川の流れが耳に当たる。
小さなおばあちゃんと小さな女の子が土の道を歩いてる。
水辺の道には、川面に浮く飛び石にけんけんをする男の子とその家族。
水辺の道に降りて、小川に掛かる低い橋。その真ん中に立つひとがいる。
両脇から囲う桜の木が、ひとのこころを華やいだ気持ちにさせるのだ。。
川の上に横たわったJRの線路が、土の道のすぐ上をかすめている。
子供も腰を屈めて通り抜ける。
誰もが僅かな労力を払いその難関を突破する。
自転車を降りた男の子が頭を屈めてはしゃぎ、その後ろに続いたお父さんが「早く行きなさい。ばか」と明るい声で注意をした。
鉄筋コンクリートの橋の向こうも、変わらない光景。
ずっと続く桜の渓谷を人々はすれ違う。
水辺の階段に腰掛け、たくさんの桜の花の見上げる。
おしゃべりを続け、おにぎりを食べる女子学生。
線路の脇にある木造の平屋がその場所にとっても馴染んでいた。
電車が大きな音を立てて、通り抜ける。
平屋はなにも感じていない。
「桜吹雪が見たい。でも次の週末まではもたないだろう」
若い夫婦が通り過ぎた。
再び歩き出す。桜吹雪のタイミングと、自分の休日、そして最高の天気が重なるタイミングなんてそうは来ない。
神様だけが与えることのできる限られたギフト。
眉の短い、ポニーテールの小さな女の子とすれ違う。そのあとにお父さんの顔と目が合う。あずき色のフリースを着た寝癖頭のお父さん。
手近にあった桜の木の幹に手を触れてみる。100エーカーの森にある木もこんな感じだろうか?周りに喜びを分ける生命力に溢れた木々。
「ファンタジー」という単語には、ひとにアニメの世界を想起させるところがある。大人になりきれない秋葉原のおじさんたち。
でも誰しも、こころのどこかでファンタジーを求めてる。訳知り顔の大人であっても。
もう戻ろう。
背の低い鉄道を、電車が大きな音を立てて、目の前を通り過ぎた!
電車のなかのひとたちもはなやいだ気持ちになっただろうか。
もう一度鉄道を潜り、あちら側にでると、広い畑が左手に広がっていた。
有刺鉄線の切れ目に小さなパラソルと、土まみれの座り込んだ農夫。
100円でネギを売っている。強い日差しがここでは当たる。
やはりもう一度、線路を潜り、向こうの景色を楽しもう。
過ぎ去る瞬間は、掴むことが出来ない。
ふらふらとそこらを歩き、もう一度、電車が通り、もう一度、みんなが驚いたようにそれを見つめる。
もう一度畑の脇を通り、有刺鉄線の切れ目とパラソルを見つめる。乾いた土埃に彩られた小さなパラソル。
素晴らしい陽気。そうだ。ヘミングウェイの「移動祝祭日」を買うのを忘れないようにしよう。
SHEIKSPIA & COMEDY。
さっきすれ違ったポニーテールの女の子が、水辺で鯉に餌を投げていた。パン屑を食べる大きな鯉たち。
女の子は10歳くらいだろうか?短い眉が下に少し下がっている。
お父さんとお母さんが、上の道からそれを見下ろし、眉の短い女の子はときどき両親に振り返り、笑っている。
ふっくらとした頬。くすんだオレンジのワンピースを着ている。暖かい春の日には不釣合いなウールの素材。でもそれが、なぜかとても自然なことのように思える。
明るい日差しがここではたくさん道に降り注いでいる。
やがて女の子は上の道に上がり、家族は行ってしまう。
女の子がパンくずを投げていた向かいには、作業服を着た大人たちが、相変わらずワンカップを片手にくだを巻いている。
僕は少女のいた水辺の道にもう一度降り、もう一度、浅い水面の流れを見つめる。
藻が揺れる。
僅かな流れの変化に光が美しくに反射している。
映画の中のセリフがふと浮かんだ。
「あなたのネバーランドを見せて」
ファンタジア