現実仮想迷宮

日常は迷路。ある男は、その問題の本質を導き出し、悟り、まるで自分に諭すように、ある狂気の魔術を完成させようとしていた。
彼が用意したバーチャルリアル迷路は、全部で3500通りあった、これを、日々まだまだ、更新していくつもりだ。彼の襟首は耳にかかるほどながい、彼のコートは真黒な、深夜の空よりも黒い。しかし彼の瞳の奥には、青い輝きや喜びが宿っていた。
「この迷路の参加者さんを募集する」
男は、ある都市のビルの屋上で、バーチャルネット領域―—VRSUFIA——にて宣言する、地面をあるき、街かどをいく人々は、そのサーバーに接続されていたアバターたち(※ネット上の肉体)は一瞬彼に注意をひかれる。しかし、仮想空間だから、といって注目を浴びることができるわけでもないし、VR空間のビルの屋上で叫び声を上げる人間などたくさんいる。しかしそんなとき、下をあるいていたマダムは、興味をしめしてこちらをみあげていた。
「興味がありますか、この内容に!!」
彼は結構な代金を払い、このビルの屋上モニターに宣伝を流していたのだ。その内容とは。
「VR空間ですり替わり、人生の迷路に迷い込もう!迷路にはいって、初めに抜け出した人が、別の参加者の人生のかわりをする、まずは1か月間の試験期間!!参加者募る」
マダムはいった、それは深めの麦わら帽子をかぶった、40代くらいの、美しいマダムだった。彼女のもとへ急ぎ、説明をすると、
「私、日常に退屈していたのよねえ、23歳だけど、参加できるかしら?」
と23歳にふさわしくないような、顎に手を当てるような、マダム特有のしぐさをしたあとで尋ねた。
「どうぞどうぞ」
耳まで避けた口をにやりとあけて、主人は答える、彼の仮想空間上のアバターは、吸血鬼だ、肌は紫色で、牙はするどく、とても長い。しかしそんなりで、人を招くのは得意らしく、どんどん彼の“試験”への参加者は増えた、一日で30人を集め、開催は翌週から、という事になった。

彼の目論見とはなんだったか……確かに参加者はいろんな自由を、他人の人生を満喫できた。この時代には、人間のほとんどが体を機械化していて、意識だけ入れ替える事も、脳だけ入れ替えるという事も簡単だったからだ。しかし、この試験でただ一つだけ失敗だったことがある。それはこの迷路の提案者たる“ある男”の人生がとても退屈な、寝たきりのような人生だったからだ。ある一室に入れられたまま、ベッドに括りつけられ、自由に扱えるのはPCのみで、食事は宇宙食、こんな扱いを受けていた。暗い室内、左の壁はすべてガラス張りのようだったが(まるで学校の教室のよう)カーテンは閉め切られて、動くものさえない、時々ドアの外から、機械音声のような声で室内に言葉がかけられた。

「お前は組織の裏切りものだ、後100年、そうしていてもらう」

この男は、裏社会の人間かもしれない、もう二度とこんなことにはかかわらないようにしよう。
20歳の女性の参加者——マダムはそう考えたのだった——。

現実仮想迷宮

現実仮想迷宮

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-05

Copyrighted
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