パープルドック×隼斗の仕事
とある病院の一室の前で立ち止まった彼はそっと中に入った。
昼間なのにカーテンは閉められ薄暗く、ベッドに眠る少女に気づかれないように近づき右手で少女の頬に触れようとすると寝起きのうつろな目で彼を見た。
「よっ…」
はっきり目を覚ました少女は強ばった表情をして言った。
「誰? 新しい看護士さん? いつもの美華さんは?」
彼は口の端を持ち上げると「大丈夫だよ」と呟き右手で冷たく柔らかい少女の頬に触れた。
その手を少女は居心地良さそうに見つめゆっくり目を閉じ、次に目を開けると少女はとても穏やかな顔をしていた。
「誰だっけ?」
「隼斗だよ。君の彼氏の」と彼は少女の頬から手を離した。
「ハ、ヤ、ト…隼斗? そっか、そうだったよね…。ごめんね」
「気にしなくて良いよ」と彼は窓辺に行きながら「今日、天気良いって知ってた?」とカーテンを開けると暖かく明るい光が薄暗い部屋にさし込んだ。
「最近ちゃんと眠れてる?」
「うん。私より隼斗の方が具合悪そうだよ」
「そう?」
「うん」
確かに彼は微かに青白い顔をしていた。
少女は起き上がると裸足のまま床を歩き始めた。
「ねぇ」
「ん?」
「床ってこんなに冷たくて気持ち良いんだね。知らなかった…」と笑った。
「そっ」
「うん…」
「あんまり動くと点滴外れるぞ」
「分かってるよ」
コンコンッとノック音が聞こえ入って来たのは少女の両親だった。
元気そうな少女を見ると驚いた顔をしていた。
それに気づいた少女は言う。
「どうかしたの? お母さん」
「ううん。おはよう円佳」と涙目の母は言う。
「おはよう。お父さん仕事は?」
「何言ってるんだ今日は日曜だぞ」
「あっそっか」と笑う円佳。
彼は両親に軽く頭を下げた。
「隼斗ったら私より具合悪そうでしょう」
「そっ、そうね…」と母は彼を一瞥した。
それは娘の彼氏を見るような目では無かった…。
*
数時間が過ぎ「そろそろ帰るわね」と両親は出て行き、彼は少女のベッドに寝転がり、窓辺に立ち風に髪を遊ばせてる少女を眺めていた。
「なぁ」
彼は声をかけ手を伸ばすと少女は「何?」と言いながらその手を掴んだ。彼はその細くて小さな手を引っ張り、彼の上に倒れて来た少女を抱きしめた。
「あっ、何? どうしたの?」
「スキンシップ」
「もう~」
頬を赤らめながらうなる少女を隣に寝かせ額をくっつけ合うと左手で頬に触れた。
「ねぇ…」
「ん?」
「急に眠くなって来た…」
「そっ」
「うん…」
「疲れたんじゃない。少し眠ったら」
「うん、そうする…。ねぇ、今度はいつ来てくれるの?」
彼は口の端を持ち上げ「近いうちにな」と少女に聞こえているかどうか分からないぐらい小声で呟いた。数分後、彼は少女の寝顔を見ながら「バイバイ…」と呟き、部屋を出ると目の前の長椅子に座っていた少女の両親は立ち上がり彼を見た。
「今眠りました」
「そうですか…」
「何か合れば連絡下さい。じゃ…」
「ありがとうございました」と母は言う。
「いえ…」
*
彼の右手は記憶をいじり、左手は一眠りさせる…。
彼はずっと悩んでいた。
何故こんな『力』を持ってしまったんだろうと…。
未だにその答えを見つけられない彼はこの仕事を続けるのだろう…。
*
依頼内容:病室に引きこもり笑わなくなった余命いくばくもない娘を笑わせて欲しい。
- end -
パープルドック×隼斗の仕事