寝込む人

 スズメが駐車場でチュンチュンと朝の挨拶を交わすのがうるさくて目を覚ました、きしんだような音をするベッドと、それにあわせて少しいたむ私の腰、私の傷は、いつ癒えるのだろう、薄く白い掛布団を折り目をつけないように、ひっそりと自分の体にあわせてずらし、めくりあげて、上体をおこすと、今日は病院の駐車場に、あまり多くの車はとまっていないようだった、廃車のようなものは、私の窓からみて、一番右奥にずっと置かれている。あれは東の方角。私は顔をあらいに化粧室にいそいで、顔をあらい、口をゆすいで自分に割り振られた部屋にもどってきて、布団にもぐって、二度寝した。私の部屋は、入口からみて、すぐ手前の左側、あとのカーテンは閉じられている、みんなまだ寝ているらしい。 

  次に目を覚ましたのは、昼の11時、話し相手がいなくて退屈だ。先日退院した、隣室の女性は、足を骨折したらしい、マラソンランナーで、足をへんなかたちに曲げてしまって骨折したのだという、どういう状況かよくわからないが、先生たちへの挨拶はすばらしかった、ここの先生はみな、ぬいぐるみを手に抱えている、パペットだ。
「ありがとうございました、退院しても、また新しく、今度こそ怪我をしないようにがんばって生きていきます」

 私も、そんな風にきれいにこの病院の居心地の良さへの未練を断ち切ることができたならどんなに良かっただろうと思う。洗濯物を干すための設備のある屋上、配線や換気装置の類。貯水タンクに鉄柵の手すり。よごれたコンクリートの地面、打ち捨てられたように花を咲かせている、細長い植木の色とりどりの花たち。

 私はひと呼吸をおいて、自分の部屋の窓から外を見つめた。いつも仲良くなりかけた人はすぐにここを出て行ってしまう、そしてなんともいえない綺麗な言葉を、絶妙な言葉をかける事が出来た人は、私がこんなに居心地のいい、静かな場所への依存と未練を断ち切るのだ。だから私は、だけど私は、できる事ならずっとここにいたいのだ、痛む左手首を見つめては、外にさいた春の桜や秋のもみじの紅葉、駐車場でたむろするわかものや、部屋の前を横切るよぼよぼのおじいさん、すべてがゆっくり流れる時の中で、私はもう少しこうしていたいのなら。

 なぜなら私の部屋への来訪者は、とても少ない、きたとしても、驚いた顔をするんだ。そういう時私は、こう感じる事に決めている。
「ああ、部屋を間違えたんだろうな」
だって、夜中にライトをもって、うろつく人々だもの、なにもないこの病院を、私の部屋だけじゃないんだ。
廃墟と化したこの病院への来訪者も、とても少ない。マネキンや人形は、そんな散歩者の贈り物。
天国へ行くのがかったるい、どうせここは廃病院なのだ、何もなかった人生を想い、ここを訪ねてくる人間を脅かしてもかまわないだろう。

寝込む人

寝込む人

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-04

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