2×××年の遮光カーテン。

白髪の長身、でこの堀の深い、こわもての、天才画家のゼロムしは、その死をまたずして才能を評価された。……といっても、例にもれず、常人の寿命100年ほどたった後に受けた評価で、芸術の道に。画家としての生活を得て、教師という凡庸なる職業から再び火の目を浴びる生活へと返り咲いたのだが……。それは素晴らしい日々だった、誰からも邪魔されず、もちろん苦難は多くあったが、自分がもっとも深く、真剣に打ち込んでいることを評価されることのよろこび、人間の人生においてこれに勝る孤独の喜びがあるのだろうか。そして彼も……ほかの名誉ある芸術家とともに、気難しく、また孤独だった。しかし、100年前、丁度100年前、一生のうちでも使いきれないほどの資産と、人々の評価、名誉を受けて、彼はやっと、人並の生活、そして人並の恋愛を体験しようと、意気揚々と物思いにふけり、あるいはそういった勉強をつんだいたのだった。

彼は自慢のタワーマンションの一室で、物思いにふける。
「ああ、なぜこんなことになってしまったのだろう」
今朝、絶望的なものごをと経験したのだ。
「ああ、100年前からやりなおしたい」
彼は、丁度ベランダをみる、するとベランダは、緑豊かなきれいな風景が映しだしていた。しかしある珍妙な遮光カーテンを手にしていた、それを手にしてからもう300年もたつ、そう、それはちょうど100年前の事であった……。

―—「あなたなんて嫌い!!」
初めて女性から振られるという経験をしたのは、丁度200歳のころであった、その時代すでに、人々は不老、不死のすべを得て、生きたいと思う人間はどこまででも寿命を延ばすことができるようになっていた。だからこそ、彼はもっとも気難しい彼は……これまでの人生で体験したことのない、自分より優れた“何かの才能”を持つ女性にアプローチをしかけ、そして、仲良くなろうとして、できる事なら結婚を……とそこまで思い悩み、考えていた。しかし、そういう女性にはことごとく、6人も続けて振られてしまった、やはり自分には似合わないタイプの存在であった、そうやって落ち込むだけならまだしも、彼の境遇は、100年たつまで自分の才能が評価されてこなかったというルサンチマン、鬱憤をため込んでいたこともあって、深い、ある深い思い込みをもっていたのだ。それは“ある失敗の状況に繰り返し挑戦する”という事だ。簡単に説明しよう。

 まず第一に振られたのはバイオリニストだ、高名でいて、清楚で知的で可憐で、しかしせわしなく動き、飽き症の女性で、たった2か月たらずで彼にも飽きてしまったらしかった。日傘をさして、優雅なウェーブのかかったブロンドの髪をなでおろし、ひるがえり、彼女は笑っていった。
「私きめていたの、私の気にいった男性は、こうして太陽の下で、豪快に別れを告げるという事を」
「な、なんだって……太陽のしたで」
彼の両腕は、肩は、何か、空をつかむようにワシワシともがき、震えていた。
「あなたがきにいったのよ」
「そうじゃない、もう一回いってくれ、なんといったんだ、なんと!!」
「キャア!!」
バチーン……。目を覚ました時には、その通りの、都会の、ビルやタワーマンションのある大通りの、きれいなレストランのテラスで、従業員に介抱されていた、彼は頬に手をやる。
(よかった、ほほは破れていない、穴が開いてもいない)
そのまま彼は、周りもみずに、ふははははと不気味な大声で笑いだしたのだった。
しかし、その夜、そんな奇行にもにつかわしくなく、大芸術家は、一人、自分のタワーマンションのある一室、豪華な、20畳以上もある、PCやAR,VR装置やアンドロイドのメイドのユリまでついているその一室で。一人、ベッドルームで落ち込んでいたのである。
(ハカセ・ドウシタノ)
ユリが、ささやき声で告げる。それはとてもきれいな、美しい、麗しい女性の声だった。
「太陽の下で、ふられる、今度こそ、太陽のしたで、振られるという行為を阻止しなくては、ならない!!」
彼は、要するに、一度失敗したことを、ほぼまったく同じ状況で、成功する、という欲求に、ある種の脅迫観念に、支配されていたのだ、だからその先も、彼女と付き合うときには。
「俺を振るときには、太陽の下で」
と告げていた、だから、二人目の作家も彼をふるときそうしたが、彼はすがりついて無理やりにハグをした、すると往復ビンタを食らってしまった。
「あんたがうわきしたんじゃない!!」
妄想癖のある女性作家だった。
3人目は学者だった。
「あなたはもう運百年前の地層にしか見えないわ」
寿命を延ばして生きながらえている人間が嫌いな学者だった、そのことを知らなかった彼はそのままつきあって過去の事を一つも話さなかったのだ。
太陽のした、よりをもどすため、だきよせ、キスをした、すると学者はいった。
「あなたは、考古学者をなめているの!!ちゃんと老いるべきときに年をとりなさい!!」


それからというものの、部屋に引きこもりがちになり、太陽をさけるようになった、特注の遮光カーテンを何度も、6人目にふられたいまから96年前から1年間、何度も注文して、しかし気に入るものがなかったので、ある有名上場IT企業の知り合いの役員に、いいカーテンはないかと尋ねると、教えてくれたのだった、それは光学迷彩とどんな風景でも映すことのできるカーテンだった。
「表、そとからみたら、光学迷彩ではこの一室には誰もいないように見える、裏からは、世界中どこの景色でも映す事ができる。壁紙はいくらでもアップロードできるから、退屈はしないよ、といっても、科学技術は日々進歩しているだろう?10年後には退屈なしろものになるよ、それにこれじゃ、あなたが中で死んでいても誰も気づきはしない、僕はおすすめしない」
そうは言われたが、ゼロムはその購入を決めた。すぐにそのカーテン会社から連絡があり、従業員のアンドロイドが派遣されてきた。バケツをかぶったような顔の、青い頭の変わったデザインのやつだった、いくつか説明をうけ、取り扱い方を学び、従業員はかえっていった。エプロンをわすれていたので、呼びかけて、声をかけた。
「なにもなければいつまででもご利用ください、しかし、こもりっぱなしはまずいですよ」
友人たちからも同じ文句をいわれたが、彼はほとんど外出せず、アンドロイドにそうした外の仕事をやらせていた。それから100年がたったのだ、ひとつの絵に没頭して、細かい別の絵もかいて売ったりしていたが、そしたら、いつのまにか100年もすぎていた、そして今朝、画家は、ひさしぶりにカーテンを開けたのだ。そこからみた景色に驚いた。

「ハアアアッ!!アアアア!!!アアアーーー!!!ッ」

思わず呼吸がとまり、自分で吸い込んでしまった、なんとカーテンの向こうにも同じ、光学迷彩のカーテンが垂れ下がっているではないか、おそるおそる声をかけた。

「すみません、誰かいますよ」

「誰かいますかって、いますよ、お宅、やっと挨拶してくれたね、ここは迷彩遮光カーテン愛好家のための、隔離された団地だよ、遮光カーテン地区おばれている一角だよ、あんたも、変な趣味をもってしまったものだね」

「すみませんが、あなたの部屋の向こうはどうなっているのですか?」

「あんた、国の説明もうけていなかったのかい?驚いたね、50年前から、決まっている事業じゃないか、コスト削減とかなんとか、さあ、入ってきな」

そういって窓をあけると、汚い部屋の中、キッチンとダイニングのある6畳ほどのリビングルームが迷彩のカーテンの隙間からみえ、そして鷲鼻の、たれ目の老人に案内された、彼女はまだ寝間着姿だった、彼女の部屋の向こう側をのぞく、するとそこにも、遮光カーテンがあった。

「ハワアアアアッ!!」

「ったく、妙な声を出すんじゃないよ」

夫人は思いっきり画家の尻をたたいた。
「愛好家の集合住宅なんだ、ほらみな、ここをあとみっついくと、別の建物になる、だけどね、この家と家の境の廊下や、隣の住宅以外との間にある壁以外は、全部迷彩遮光カーテンでプライバシーを守られているよここには、そういうプライバシーの守り方をする人間ばかりが住んでいるんだ」

画家は絶句して、挨拶もそこそこにまたくるといいというお誘いをうけたまま、聞き流し自室へともどった。
「なんてこった……」
自分についている専属マネジメント会社のマネージャーに連絡をとると、あっけらかんという声をだして。
「そうですよ?説明しましたよ、もう100回ほど」
と言われた、どうやら50年前から、国はこうした、強引な人々の隔離というか、分離政策を進めているらしく、すべては多種多様な趣味を持つ人々の生活のニーズを満たすためということらしい。
「んなあほな……」
彼は、思い切って、マネージャーに聞いた。
「あの……その……」
「へえ??」
「……太陽は、ありますか?」
「えーっと……驚かないでくださいね」
ほかにも2、3、彼の性質をしっているマネージャーは気を使うように長い前置きをおいたあとこういった。
「光が完全に閉ざされるよう、その場所は、その区画は、地下に存在しているんです、現在の先生の住所、住居は地下ですよ?」
そのまま倒れた彼は、自宅のアンドロイドメイドユリに抱えられて、地上の病院へと搬送され、しばらくぶりに太陽を見る事になったのだった。

2×××年の遮光カーテン。

2×××年の遮光カーテン。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-03

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