日課上限ヴIイチューバー。
来る日も来る日も、同じこと、同じ作業、継続は力なり、とはいうものの、進歩のない継続もあるのではないだろうか。
そんなことを考えながら、PCに接続したモーション探知用カメラを覗いていたのは、貧乏バーチャルブーチューバーのハイパーキノコだ。ブーチューバーとは、近頃はやっている、アニメキャラクターに、素性をあかさない中の人がしぐさや声をあげて、動画や生放送をするといったタイプの新しいコンテンツの事だ。
この方の本名も素顔も誰もしらない、もっとも、ばれたところでなんてことはないのだが……。
今日も、彼女は生放送を始めなければならない、しかし昨日の来場者は、わずか三人だった……、今年は2019年、バーチャルブーチューバー業界は今日もにぎわっている、同時間帯にこんなに、有名な人々が放送をしているとは……というつぶやきをいいわけにして、スイッチをいれると、視聴者はわずか30人だった。
「世界一注目されないブーチューバーです」
と自負する彼女には、インターネットの仮想空間領域、バーチャルブーチューバー業界の中では、向かう所敵なしである。なぜなら誰も初めから注目などしていないのだ、しかし、そんな彼女にもたったひとつ毎日続けていることがあった。それは歌の練習だ、こっそり録音しては、いつの日か、ライブ中に歌う事を夢見ていて……いつか歌唱活動も……そのまえにチャンネル登録者が3人であるという事実をなんとかしなくてはならなかった。
そんなある日の事。
「うたってみてよ」
常連のハリミーさんからの提案だった、ハリミーさんは、イラストがうまいお方だ、ユーザー名など忘れるはずはない、なぜなら来場者が少ないのだから。
次の日、リアルのハイパーキノコ氏は、オフィス、チェアに腰かけて、フローリングの綺麗な床の上にしいた海の図柄のついた綺麗なカーテンにてをかけて日光をあびた。
「今日も朝から、やっるぞー」
その姿は、まだ小学生女児だった。
「昨日はとても、恥ずかしい思いをした、いつもはボイスチェンジャーをつかって男の子の声をだしているからな、それに歌を歌うとせっかく加工したアニメ声ではなく、地声がでてしまうから」
と、顔をあからめた少女は、さっそく昨日の生放送を少し聞き返してみた。
「やっぱり、アニメ声が崩れている……ん?」
ハイパーキノコ氏はその時初めて自分の録画放送を聞きなおして気が付いた、自分の地声が、まったくといっていいほど、尋常ではないこと、アニメ声に近いのではないか、と感じられたのだ。そもそも、普段アニメ声に寄せている方が、わりと年上の声をねらっていることもあって奇妙な声になっている。そのときはじめて気が付いたのだ。
「もしかして……これが原因……」
ハイパーキノコ氏はその日の放送で常連さんから、昨日の動画が、某掲示板やらSNSで大評判だったことをきかされる、来場者は100人をこしていた。そこでキノコ氏は今朝は地声を出してみる事にしたのだ。
「こんにちは」
かわいいーという書き込みの嵐の中に気になる一言。
「リアルアニメ声じゃん!!」
キノコ氏は涙をながしてよろこんだ。
「無理をしなくていいんだ……」
それからというもの、とりためた歌のテープも編集しなおし、動画としてサイトにアップロードをしたり、SNSを通じてファンとの交流をはじめ、やがてハイパーキノコ氏は、次第次第に有名なブーチューバーとなり、最盛期にはブーチューバー業界をひっぱり、席巻するほどの人気を出していったという事だ、おしまい。
日課上限ヴIイチューバー。