小悪魔薬品

「つかれた……」
高いテーブルにつっぷして、ころころした椅子にすわり、仕事帰り……スーツのままで、20代の……あるファッションブランドの店頭販売員をしているカーナは悲鳴をあげた。夢だったファッション業界に携わる仕事も一日中たちっぱなしではこしがおれる、それはよしとしても、体のだるさとおもさが、近頃まるっきり抜けていかない、ただただ毎日、それが積み重なっていくようだ。
趣味でやっているファッションデザインと、そのコンテストの応募の締め切りが近い。これでは全く手につかない。使っていない暖炉をみつめながら、リビングのエアコンの電気をつけた。祖父の代からある実家に今も住んでいる、都会に建ててくれたおかげでひとつも苦労はなかった、恵まれているのは、この環境にずっといられたことだ、しかし、カーナには心残りがあった、この家にまつわることだ。

「おばあちゃん……」

そういって目を閉じると、カーナは不思議な光景をめにした。
頭に発破やら花飾りをつけた、不思議な老人―—カーナの祖母ヨーリの姿がうかんだ―—彼女は薬剤師でもあり、自然のものから、彼女が研究したからだにいいとされる独自の薬品をつくるのが趣味だった。

「あなたも趣味をみつけなさい、それは生きるかてになるわ」

「かて?」

「つらいことがあっても、それさえあればひと呼吸おいて、またなんとかがんばろう、そう思えるようなものよ、あなたはそれとともに生きていくことができて、生きることを全うしたあとは……きっと、素敵な天使に、迎えられて、お空の世界につれていかれるのよ、きれいな、何の苦しみもない世界なのよ」

「ふーん」

暖炉を見つめながらシチューをたべながら二人でお話をしていた。
この家庭の問題は、家の作りではなかった、たまにしか帰ってこない、父親に問題があった。

「おいばーさん、おい、ニーナ、カーナ!」

ガラスをたたく音がして、家族全員が、リビングの外をみつめる。外には父親の姿、へろへろとおぼつかない足元、母はキッチンで料理の支度をしている。ニーナは母親だ。この父おやはひどい男で、しょっちゅう遊び歩いては、お金を使い果たし、そしてたまにしか帰ってこないし、たまにしか仕事をしない。いつもは気が弱いのに、酒を飲んでは家にかえってきて、自分の悪い行いを人のせいにする、

「あんたはもう帰ってくんな!!」

離婚調停中の母はいつも父をしめだして、強い母をみせていた、しかし夜中にいつもべそをかいているのをみていた。

 カーナはふと現実に戻り、目を覚ましたことにきがついた。それは小さな後悔だった。
ある冬の日だった。お婆さんがなくなる2日まえ、つれてきた友達が、お婆さんのことが苦手らしく、邪見に扱ってしまったことだ、薬を、初めてできた友達をうしないたくなくて、
「お腹がいたいでしょ」
と、リビングの、この暖炉の前のソファーとテーブルに腰かけて、遊んでいた私に、祖母は薬をつくってくれた、けど奇抜な恰好に友達が驚いていて、私は思わず、その小鉢を、はらいのけて、祖母はそれをかたずけていた。
「ごめんね」
と謝って、別の部屋にいってしまった。私は、謝ろうととめたのだ。
「まって……」


その二日後に祖母はなくなってしまったのだ、日ごろから咳が多く、呼吸もあまりうまくいかない、持病の肺の病気だった。
働きぱなしの母のかわりに祖母はいつも自分の面倒をみてくれたのに、私は、あまり恩返しもできなかった、そのことをいまでも気にしているのだ、変わった人ではあったけど、その変わったところが大好きだったのだ。

「これをのめよ」
ふと目を覚ますと、小さな、小指ほどの大きさの悪魔が、つっぷし寝転がっている高いテーブルの上に、たちはだかっていた、それはすぐ目の前で、
腕組みをして、何かを守っているようだった。
「これだよこれ、あんときの」
その悪魔にも見覚えがあったのだが、その背後にある小鉢には、黒い薬品がはいっていた、球体の小さなツブ状の薬……らしかった。
それにてをのばして、カーナは目を閉じた、ゴクリ、と飲んだ音がしたので、きっと口まで綺麗にはこんで……。
「これで天国にいけるかしら」

寝ぼけた頭で考えていた、そうだ、これは先日自分で調合したのだ、おばあちゃんの日記から、あの日、あの時の薬の調合を思い出して、おばあちゃんはそれを“元気になる薬”と名付けていた、あの日、私はお腹がいたくなんてなかった、おばあちゃんがなぜ薬をもってきたのかわからなくて、昔から人の思いに気づかいができない人間で、そのせいで何度も失敗して……おばあちゃんは、よくわかっていた、日記には“元気になる薬と”――その意味は
あの時、おばあちゃんは“昨日からお腹がいたいっていってたものね”と私にいったが——私は腹痛など、なかった、そんなこと一言も言ってなかった。おばあちゃんは、きっと私が、友達と仲良くやれるように、私と友達のために、薬をつくったのだ。しかし―—薬―—というよりは、ツンとした、甘いなにかだった、それは……飴玉の匂いだ……調合の最中に既に気が付いていた、これは、料理なのだ、おばあちゃんが最初で最後に私のためにしてくれた、料理だったのだ。

目を覚まして頭をひっかきまわし、そのあと、かみをといて、お風呂に入る準備をする、その途中で、自分で調合した、テーブルの上の薬剤がひとつなくなっていることにきづき、急に涙がほろほろとながれていった。
「おばあちゃん……」
さっきみた悪魔は……初めてできて、いまもときたま連絡をとる、ミナと小さいころ作ったキャラクターなのだ。ミナは、もう結婚して家庭にはいっている、私はいつまで頑張ろうか……好きな人もいないし、でも私は……。
「私にはこれと、ファッションデザインの趣味があるわ」
そんなつぶやきをして、エアコンをつけたカーナは、しばらくぶりにつかっていなかった暖炉に火をともす決意をした、祖母の残した日記……最近見つけたそれを開いては、思いでをたどり、祖母の苦しみと喜びを感じながら……。

小悪魔薬品

小悪魔薬品

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-03

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