【DATE A LIVE】KOTORI'S BIRTHDAY in 2018
皆さんこんにちは、オタリアです。
今年もこの日が来ました。そう、我が愛しのヒロイン、五河琴里の誕生日です。
これを祝して今年も短編を書きました。お楽しみいただければ幸いです。
兄妹の絆
夏が本格化した八月初旬。士道と琴里はフラクシナスに搭乗してとある場所へと向かっている。
今日は琴里の誕生日。そこで、以前神無月が罰ゲームで掘った温泉に行こうと士道が計画したのだ。
いつもの軍服では無いが、外出向けにおしゃれをした琴里が艦長席に座り、チュッパチャプスをくわえながら言った。
「まさか、私の誕生日祝いに神無月が掘った温泉に行くとはね……」
琴里の苦虫を嚙み潰したような表情に対して、どこか恍惚とした笑みを浮かべながら当の神無月が答える。
「(あぁ、そんな司令のお顔もとても美しい……)何を言っているのですか司令! 司令と士道くんの旅行とあらば、この身を挺して掘った温泉を提供するのは当然のことではないですか!」
「あなたが心のなかで何を思っているのか知らないけど、気持ちはありがたく受け取っておくわ」
「ありがとうございます!」
そんな琴里(司令)と神無月(副司令)のやり取りを苦笑いしつつ見つめる士道。こうした二人のやり取りは、士道が精霊と関わるようになった“あの”四月より前から繰り広げられていたのかも知れない。ふと気になって士道は、何やらデータの解析をしている令音に尋ねる。
「令音さん、ちょっと聞きたい事があるんですが」
「なんだい、シン……」
士道の呼びかけに令音は眠たげな顔を彼に向ける。
「琴里と神無月さんのああいうやり取りって、いつぐらいからあるんですか?」
「ふむ、いつだったかな――」
令音は顎に指を添えて思案する。そして「あぁ」と声を発してから、
「正確には覚えてはいないが……恐らく琴里が司令に着任してから間もない頃だったと記憶しているがね」
「そうなんですか」
琴里がラタトスクの司令に就いたばかり……ということは、彼女が九歳の誕生日を迎えて以降ということになる。
自分の妹が、そんな前から神無月のような(一見すると変人に見える)大人と、あんなやり取りを繰り広げていたかと想像するだけで不安が込み上げてくるが、今でも自分の愛おしい妹として健やかに育っている。その事を考えると士道の胸のうちは晴れるのであった。
五河家を出発しておよそ一時間後、目的の温泉施設に到着した。
「……さて着いたよ。琴里とシンは転送装置に乗る準備をしてくれたまえ」
令音に促されて、二人は転送装置のある部屋へとやって来た。
転送前、令音が二人に呼びかける。
「二人が宿泊している間、私たちは上空で待機しているから、何かあったら報告するといい……」
「ええ、分かったわ」
「分かりました」
琴里と士道の返事を聞いて、令音はそっと微笑んで――そのようにも見えた――二人を宿へと転送した。
転送された後、二人は今夜泊まる部屋へとやって来た。
部屋からは目の前の大海原を一望することができる。また、窓を開けると潮の香りが漂い、夏であることを強く実感させられる。
そんな絶景に琴里のテンションも上がっているようで、黒いリボンがぴょこぴょこしていた。
「この後どうする? 海にでも入るか、水着もせっかく持ってきたことだし」
「そうね、そうしましょう」
そうしたやり取りの後、しばらく荷物整理を行う二人。ひと段落ついたところで琴里が先に言葉を掛けた。
「ちょっと準備してくるから、士道は着替え終わったら先に海に行っててちょうだい」
「分かった。待ってる」
そう言って琴里は部屋を出て行った。女の子は色々と準備することがあるのだろうと心の中で思いつつ、士道も着替える準備をするのであった。
士道は浜辺へとやって来た。
砂浜にはご丁寧にパラソルが設置されており、そのかげにビーチチェアが置かれている。
抜けるような青空には夏雲が浮かんでいる。また、寄せては返す波は砂浜を覆ったあと、沖へ引き返していく。
そんな静かな浜辺の雰囲気を味わった士道は、ビーチチェアの上に寝転がった。
――――波の音に耳を預けて、うとうとし始めた頃、士道の頬に突然冷たいものが触れた。
「つめたっ⁉」
顔を上げてみると、そこには髪を白いリボンで括り、いつぞやプールに行った際に身に着けた白い水着を着た琴里が、いたずらを成功させた喜びに表情を綻ばせて立っていた。
ちなみに、その手にはスポーツ飲料のボトルが握られている。
「お前なぁ……」
士道が半眼で怒りを表すと、琴里はあははと笑ってから、
「だって、おにーちゃん、気持ちよさそうに寝てるんだもん! ちょっといたずらしたくなっちゃった」
てへっと舌を出して見せる琴里。その仕草にはあとため息をついてから、士道は優しく微笑んでみせた。
「ねえねえおにーちゃん、早く遊ぼうよ!」
「おい、ちょっと待てって琴里」
琴里は士道の手を引いて波打ち際まで走ったあと、唐突に士道へ水を浴びせた。
「やったな琴里!」
「あはは! おにーちゃん怖いぞー!」
とかなんとか言いつつ仲睦まじく水を掛けあう兄妹。その様子をフラクシナスで見守っていた神無月は「うおおおおお! 司令が士道くんとキャッキャウフフしてるううううう!」とエキサイトしていた。そんな彼を横目に、令音は――誰にも気づかれずに――微笑んで「思いっきりシンに甘えるといい、琴里」とエールを送った。
琴里と士道は水かけっこを終え、お互いを砂に埋めたり、スイカ割りを楽しんだり、ビーチバレーをしたりと、とことん海辺での遊びを満喫した。
そうして、夕日が地平線の向こうに沈みかけている頃、士道と琴里は宿に戻ってきた。
琴里は部屋に入るなり一直線にベッドにダイブした。しばらくしても動かない妹を見て、士道が肩をつつく。
「おーい琴里、生きてるかー?」
「生きてるよ、おにーちゃん。……ただ、ちょっと疲れただけだぞー」
「あはは……そりゃあ、あんだけ動いたら疲れるよなぁ」
士道が苦笑交じりに言うと琴里も「そうだね」と同意を示した。
琴里は身体を起こすと、髪を撫でて言った。
「……うぅ。髪がちょっとべたついてるなぁ。ちょっとお風呂入ってきても良いかな?」
「ああ、良いと思うぞ。そしたら俺も入ろうかな、ちょうどいいし」
「じゃあ、お風呂タイムということで……解散!」
琴里の号令をもって二人は一時解散となった。
「ふぅ、とーっても疲れたぞー」
琴里はそう言いながら、誰もいない浴場に足を踏み入れる。いすに腰を落ち着けて体や髪を丁寧に洗う。普段つややかな琴里の長い髪は、今は水気を含んでしっとりとしており、そのさまはどこかなまめかしい。
体を入念に洗い終えて、いよいよ露天風呂と浴場を仕切る扉を開ける。
露天風呂からは、遥か地平線に沈む夕日とそれに彩られている海の穏やかさを眺めることができる。
「うわぁ、きれい……」
琴里はそう感嘆を漏らすと露天風呂の中に体を沈ませた。
ここの温泉はどうやら筋肉の疲労を取ってくれるだけでなく、気持ちを落ち着けてくれる効能も有しているらしい――とは事前に調べて分かったことである。
完全に夕日が沈んだことで辺りが幻想的な藍色に染まる。
琴里が髪を撫でていたその時、浴場に続く扉が開いた。姿を現したのは士道だ。琴里はさりげなく体を腕で隠す。
「どうしておにーちゃんがここにいるのだー⁉」
「いや、琴里こそ……」
琴里に問い詰められた士道は窮したように頬をかいた。しかし、琴里はすぐにこうなった原因に行き着く。
「もしかして令音、露天風呂が混浴だってこと私たちに知らせなかったのかな」
「まさか令音さんに限って、そんなことは……」
そう言って顔を見合わせる二人。だけど、琴里の意見を覆せる理由が思い当たらず、思わず頭を抱えた。全く、兄妹仲睦まじいことである。
しばらくして口を開いたのは琴里だった。
「――まあでも、こうして一緒になったんだし、おにーちゃんもこっちに来なよ。景色が物凄くいいぞー」
「お、おう。じゃあお言葉に甘えて」
士道がおずおずと琴里の隣に来て、体を沈める。
「おお! これはすごいな」
「でしょでしょー。私たちの街は見えるかなー」
「見えるわけないだろ? ここから天宮市って結構あるんだから」
「それもそうだね!」
琴里がおどけたように言うと、それに対して士道が優しくつっこむ。
士道は改めて、琴里の“黒”と“白”――“司令官”としての彼女と“妹”としての彼女のギャップを実感した。
再び琴里のほうを向くと、温泉に入っているせいか頬が赤い琴里の顔が目の前にあった。
「……おにーちゃんどうしたのだー?」
「ああ、いや」
そう言って士道は琴里の頭を撫でてからこう続けた。
「――琴里が俺の妹で良かったなあって」
「なにそれー」
琴里がくすくすと笑い、そして士道の顔をじっと見つめて告げた。
「ありがとうね……私も、おにーちゃんが私のおにーちゃんで良かったぞー」
そう言って琴里は士道に体ごと近づいた。そして、彼の耳元でささやいたのだった。
部屋に戻った二人は、夕食を食べた後、特に何をするでもなくただのんびりと時間を過ごした。
月明かりが障子から漏れてくる時間帯、二人は寝る事にした。
それぞれ自分の布団を敷いたまでは良いのだが、琴里から提案がなされた。
「……ねえおにーちゃん、もし良かったら布団をくっつけて寝てもいい、かな?」
「え?」
唐突な琴里のお願いに不意を突かれる士道。でも、すぐに返事をした。
「ああ、いいぞ」
琴里は「やった!」と声を上げ、嬉しそうに自分の布団を士道の横にくっつけた。布団に横になり、体の上に薄い毛布を掛ける。
琴里がおやすみと言うと、それに続いて士道もお休みと返した。
やがて彼女がすやすやと寝息を立て始めたのを確認し、琴里の髪を撫でて士道はこう呟いた。
「――ハッピーバースデー琴里」
琴里の枕もとにラッピングされた箱を置いて、そして、士道も夢の世界に入って行くのであった。
翌朝。目を覚まし、体を起こした琴里の視界に綺麗にラッピングされたやや大きめの箱が見えた。
「……んー、なんだろうこれ」
寝ぼけまなこで、包装を豪快なアメリカンスタイルではがしていく。
箱を開けた中には――
「うわぁ、すごい……」
中には写真入りの立てと、白いリボンと黒いリボンのセットが入っていた。
ファッションアイテムに気を遣ってくれている辺り流石おにーちゃんだなと、琴里は胸のうちがぽかぽかと温かくなるのを感じた。
一方写真立てには、昨日浜辺で撮影した写真が収められていた。
士道と琴里が浜辺で遊んでいる時、一回だけ令音が様子を見に来たのだ。その際に琴里が令音にお願いして、士道とのツーショットを撮影してもらっていたのだ。
写真には『20XX.08.03 琴里の誕生日』というセンテンスの他に、
「『俺のかけがえのない妹の誕生日記念』……」
琴里がその文を読み上げたのと同時に、彼女の目頭にうっすらと涙が浮かんだ。
それを指でそっと拭うと、琴里はおもむろに室内に設えられたテーブルに向かった。
士道が目を覚ますとその隣に琴里の姿は無かった。きっと用事があるのだろうと思い体を起こすと、枕もとに何やら可愛いデザインの封筒が置かれているのが見えた。
「なんだこれ」
士道は寝ぼけまなこでそれを手に取り、封筒のシールを優しくはがした。
中には一枚の便箋が入っている。そこに書かれている文字は明らかに琴里の筆跡だ。
便箋の半分くらいまで埋められている文章には、士道への日頃の感謝の思いが込められている。
末尾にはこう書かれていた。
『――最後に。お誕生日プレゼントありがとう、おにーちゃん。大切にします。
おにーちゃんがくれた写真に書いてあった言葉のように。
昨日私が言った気持ちのように。
おにーちゃんは“私にとってかけがえのないおにーちゃん”です。
愛してるぞ、おにーちゃん!
琴里』
その日の夜、五河家のリビングにて。
仕事から帰宅して遅めの夕飯を食べようと遥子がリビングに顔を出すと、テレビを見ている琴里がいた。
「あら、ことちゃん。こんな遅くにどうしたの?」
「あ、おかーさん」
遥子は琴里から “嬉しい事があったオーラ”をひしひしと感じていた。
遥子は娘の隣に座るとこう切り出した。
「何か良い事でもあったの?」
そう言うと、琴里ははにかんだような笑顔を見せて「うん!」と頷いた。
「おにーちゃんがね――――」
その夜、五河家のリビングでは親子による“女子会”が開かれたという。
こうして、琴里の誕生日を祝した一泊二日の旅行は幕を下ろした。
~END~
【DATE A LIVE】KOTORI'S BIRTHDAY in 2018
今年も琴里の繊細な感情を120%の力で描写しました。
普段は元気溌剌な彼女のデリケートな部分を感じていただけたら嬉しいです。
2019年の、琴里の誕生日記念小説でお会いしましょう。