8月1日

ありがとうございます、ってありがたそうに言うから。 ふだん、感謝なんてされないから、それだけでそいつになんでもしてあげたくなった。まぁそいつ、インターネットで知り合った人なんだけどね。
ありがとう、って言ってくれて、ありがとう、って言いたかった。
言わなかったけど、って呟いたぼくを見て、エスが鼻で笑った。(そして笑ってるエスはめちゃくちゃかわいい)

帰り道で猫が轢かれてた。怖すぎて、動けなくなるかと思いきや、脱兎のごとく(見たのは猫だけど)疾走して、家に帰っていた。ねずみが轢かれるのは昔、日常的に見ていた気がするんだけど、猫を見るのは今日が、たぶん、はじめて。っていうのは嘘。猫の死体を見たのは嘘。
閑話休題。
お前のことで死ぬなら本望だよ、嘘じゃないって、このセリフ、色んな人に言ってるんだろって罵倒されるところまでがお決まり。いやいや、思ってはいても言うのはこれが初めてだよ。こんなこと、君にしか言わないよ。
ともあれ、君の名前ってなんだっけ?って聞いて頰を殴られるところまでがお決まり。テンプレート。略してテンプレ。(なんでいちいち略すんだろーね)

殴られるならお前だけだよって言いながらエスに頬ずりしたかった。してないし、できないし、髭の剃り残しとかがあるのに気づかれたら嫌だなって思うお年頃だから、むやみに頰なんか擦り付けられないよ。
エス、おれを殴って、傷つけて、血まみれにして、ひどいことして、でも殺さないで、海のもずく、じゃなくて もくず にして。
っていうのも、言えなかった。たぶん一生言わない。

実は、キッチンの窓から、公園が見える。どっかの学校の、黄色い壁の前に、おもちゃみたいなすべり台が一個だけと、相棒にブロッコリーみたいな木が一本だけ。こどもが遊んでいるところは見たことない。(あるような気もするけど。たぶん気のせい)
その黄色い学校の屋上に、カメラみたいなやつ、名前は知らない。うそ知ってた。室外機。室外機が四つ並んでて、なんか知らないけど、とりあえずウケる。近くに寄ったら(寄ったことないけど。あの学校、見えるけど永遠に辿りつけない、蜃気楼的なアレだから)わかるけど、機械の中にある扇風機みたいなところに埃が積もってる。たぶん。何年も前にひどい大雨が降った時、あそこに積もってる埃が洗い流されたかどうかは永遠にミステリー。

蝉、見たことないんですよね、ってしょうもない嘘をついたことより、見たことないんですよね、蝉、の方が良かったかなとか思っちゃうからもう手遅れだ。(倒置法のかっこよさは嘘をついた罪悪を上回るってこった)

8月1日

8月1日

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-01

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