イソガネバーランド

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、私立図書館司書のエレミンは焦っていた、マルメガネの奥で、眼光は少しちからをうしなって、まゆは夕立で曇り始めたときの雲のようにどんよりと暗い色をともす。頭は高速でたくさんの悩みを抱えて、その日エレミンは、受付前で、パソコンをいじりながら……倒れた。

次の日、夕方、夕立がぱらぱらふっているなかで、エレミンの郊外の、人通りが多く治安もそれほどよくないと思える、ドブネズミやら蜘蛛の巣やら、街角のゴミ箱やらが目立つオレンジのレンガ造りの建物へ、アパートへと来訪者があった、201号室、エレミンはさっきつくったオニオンスープをすすったあとで、そのままベッドに横たわり、窓際を見下ろし、斜めに割れたガラス窓の修理を考えながら、カラスの群れを覗きみて、3時間ほど心地よくねむっていた。
「エレミン」
誰かの足音はきいた、上がりこんでいたので、母だと思った、高齢で足がおもく、腰にもがたがきている、そう考えるといささか足音が軽く感じていた、そうか、違う人だ。
「エレミン、私よ、先輩のライエラよ」
彼女が上をみると、窓際と真逆の位置に、さかさまになった職場の先輩が、ひらききったドアの、入口のへりにてをかけて、こちらにむかって、にこりと笑いかけていた。
「先輩!!」
起き上がり、パジャマをきちんとなおし、姿勢をただそうとすると、そのまま、と声をかけられ、エレミンは寝転んだ。

来訪者は、エレミンにある話を聞かせてくれた、それは絵本が大好きだったライエラが子供のころ、パニック障害に悩んでいた自分のために、自分で描いた作品、絵本だという。
そういう話の初め、ライエラはエレミンのベッドの横に、化粧台の椅子をひきづって用意して、それと同時に、見舞い品のフルーツをことりと窓際近くのテーブルにおいた。こっそりと気遣いで、エレミンにかけられている白レースの掛布団を、しっかりとした位置にもどしてやった、髪をかきあげたエレミンは、美しい、かつて有名なファッション誌で読者モデルを経験したこともあるという、ぴっちりとしたズボンに、ドレスのようなふりふりのシャツ、短いネクタイ。ふわふわのまきがみが、高い鼻の鼻先をかすめて、かきあげた髪の毛が、その位置をみだした、とたんに憂いを帯びた表情がみえる、髪から眉毛まで一色の、金髪の美しい、人形のような見た目の人が、いま、エレミンに絵本のページをひらいて、足をくみ、文字で話を伝えようとしていた。

それはこんな話だった。
 昔々、ある少女が病にかかり、病室のベッドで、来る日も来る日もこんなことを考えていました。
「私は母や友人の役にたつこともなく、社会の役にたつこともなく、パニックを起こして、いつか人知れずその生涯を終えるのではないか」
と、いろんなものがてにつきません、家事の手伝い、宿題、友達と遊ぶことでさえ、うまくいきません、友達はピーターパンの話をよくしていました。
アニメーション映画が流行っていたのです、だから、その少女もその原作である本をかい、読みました、しかし少女は、その話が好きでなく、自分で作り変えてしまいました。

先輩はひと呼吸をおいて、わけもなく床をみた、木材の床板が軋んで、愉快な音がでた。
「味があるわね」
髪をあげて頭をゆらし、真正面をみた先輩の顔と、目が合った、くすりと、エレミンは目が合った。

「続きをいきましょう」
 
来る日も来る日もベッドの上で、しばらくの間状態がわるくなっていた風邪とその病に苦しんでいた少女でしたが、ある日お見舞いにきた友達がいました。その友達は、波の様な綺麗なかみがたと、青い瞳をもった、わんぱくな、大親友でした、それこそがピーターパンの話を大好きな友達でした。
2人はしばらく学校の話などをしていましたが、友だちとその話になったとき、少女は思わず変な事をいっていました。
「ピーターパンは、閉じ込められてかわいそうだね」
しかし、大親友はそうは思わないといいます、そんなことで言いあいの喧嘩になり、別の場所で話をしていた母親同士は、間にはいって、二人ともをなぐさめました、大親友は、それからも大親友でしたが、少女はそのときの事をしばらくあやまれなかったのです、だから少女は自分のつくったお話にひとつページを足すことにしました、少女のつくったピーターパンは、牢屋にとじこめられ、欲しい本もよめず、一年に一度しか自由な時間が与えられず、いつもは頭を抱えこみ、部屋の隅でうずくまり頭をかきむしり悩んでいました、そしていうのです、早く大人になりたい……と。少女の中のピーターパンはそういうお話になっていたので、思わず、あの時大親友にいってしまった、そのことを悩み、最後に書き足したページ、それはこういうものでした。

「二人のピーターパンは、別々の世界で自分の寿命を考え戦っていました、しかしあるとき、自由になったネガティブのピーターパンが本物のピーターパンが訪ねて来たのをしり、ドアをけ破り、世界の本当の殻をやぶり、ピーターパンのいる世界に招待されました」

先輩は、クスクスと一人でおなかをかかえて笑い出した。先輩いわく、それが駅前の、私たちの職場から10分でつく例の駅前のパン屋のお嬢さんだという、いまもとても仲がいいらしい。

「今度一緒に映画でもいきましょう、エレミン、あまり一人で仕事を抱え込まないのよ」

そういって、花瓶にあった花束をみて、台所へ持って行き水をさし、そのまま先輩は、バイバイとてをふってスタスタ帰っていきました。

イソガネバーランド

イソガネバーランド

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-31

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