幻影生物

私の場合、日々日常において、その日その日、つみあがる鬱憤や不満は、すべて、人のせいにすると決めている。
決めているという事さえ、人のせいだ、私の所属する施設の職員が、そう私に教えてくれた。
「君は実験体だから」
私はまだ10代だ、もっとも、もうあと3年ほどでそれも終わってしまうだろう。
「君はちゃんとす要るのが苦手だね、660X君、だけど、大丈夫だよ、ちゃんとするのが苦手なら、ちゃんとしなければいい、ちゃんとしない事で成果がでるのなら、それもまた正しいのだ」

 今日は、私は退屈で、施設をぶらぶらしている、なぜだか施設はシーンとしていて、職員は私に会うたび、もうしわけないような、おびえたような顔でおじぎする。
「どうしたんだろう」
 そんなことにも退屈して、人のせいにして、エントランスホールに出かける事にした、今日はすでに許可をとってある、エントランスホールは、簡素なつくりだ、迷路のような廊下のつきあたり、東の最奥に位置する、職員専用のカードを(カルタ氏のを借りてある)とおせば、目の前のシャッターがひらき、エントランスへ、外は広い世界だと聞いているが、外にでた実験体で元の姿のまま戻ってきたものはいないときく。
エントランスは誰もいない、二つのソファーとそれをはさんで受付がてまえにあり、向かい合うようにひとつだけ色のちがう紫のソファーがある、あとは紺色だ。入口はこれまたシャッターなのだ。
ソファーは羽毛がつまっててふかふかだ、やぶったら面白いことになりそうだ。私は奥のソファに寝転んだ、
エントランスは全面ガラスばりで、いい気持ちだ、ただ一つの問題は上も下も左も右も空だという事だ。本当にガラスだろうか?
私はふと眠気を感じて、よこになる、なぜだか懐かしい気持ちになって、回想をはじめる……。

ある日、私は尊敬するこの施設の職員、カルタ氏が、エントランスホールの玄関口で何者かと喧嘩しているのをみた、いや、喧嘩というよりは、サービス業に従事している労働者が、お客さんのクレームや、説明を求めている要求に対処するかのような対応の仕方だったが……。
「……!!!!!」
「………!」
エントランスホールは広く、それ以外の部屋とは普段シャッターのような大型のドアで隔絶されている。ここへでられるのは、基本的に職員だけだ、
いかし私はカルタ氏の、ペッ……優秀な部下として、さまざまな研究や助力をしているので、ここにでるのを、ときたま許されるのだ、私はうつむき加減で、やはり彼等の騒動について考え、全面ガラス張りのエントランスから、世界を見渡し、メモし、うなだれ、ときにそらをあおぎ、ときにうつむいてものを考えた。しばらくしてうとうとしていると、カルタ氏と喧嘩をしていたらしい……女性のお客様……が、エントランスからでていかれるようだった。
「あの子でもいいわ、いいじゃない、一人くらい、私には子供がいなかったのよ」
変な言葉を言い残していかれたものだ、といっても私の日常には変な事ばかりである。
私は目を覚まして、起き上がり、重い頭をゆらすように起こして、実際の時間に戻ってくる、
「うっ……」
また迷路のような施設の廊下をいく、
「おはようございます」
にこにこしていったのは、若い女性職員のルタだ、私が壁にそっててをひっかけながらあるいていたのが面白かったのだろうか、廊下には何もない、
てすりと、蛍光灯、それから下には、木でできた15センチほどのラインがあるだけだ。それが延々と続き、西の最果てには……牢屋がある。

実験体たるわれわれは、普段研究室の奥の牢にいれられている、しかし、態度さえよければ、牢からだされ、離れの、大きな壁のあるベランダと家屋が使えるようになる、そこからもでられないけど、かしこかれば私の様に出歩く事ができる、
「がうっ!!」
ひさしぶりにここへきた、牢だ、初めに私がいた場所だ、鉄格子の間から、くらがりから、右の牢から、足元から声がして、眼をくまで真黒にした猛獣が私に何かを叫んだ。
「やめなさい、職員がくるわ」
そういっても格子の間から手をだして、私の足をつかんでいた。
「何をしているの!!」
施設の職員がやってきて、私の右足首をつかんだその人間の手を私から引きはがす。
ほらみろいわんこっちゃない、減点だ、札はえーと、330x号、私より年上のはずね。

私には特殊な能力があって、それは私の部屋でお見せするわ、私の部屋は、地下にある、誰よりも自由が許されている。
ゲーム、パソコン、小説、教科書、たくさんものがそろっている、6畳はある部屋で、フローリングの床と、キッチンと、それから机に椅子。椅子は、
やわらかく、ころころと動くやつだ、上下にも調整できて、くるくると坐る場所も開店する。私はその椅子にすわり、おおきな白い机にむかった、机の上には本棚もあるし、パソコンもある。右端には、ペン立てがあって、それからひとつペンをとりだし、左においていたノートをひろげた。
私はこうして、ここで、いくらでもかしこくなれる……
「あっ」
またもや“こいつ”だ、そいつはときたま私の体がら分離して、私の嫌がるものを形づくる、私の体は、普段は蒼くない、しかし分離したこいつは蒼いのだ、青くて透明で、しかしどんな色にでもなる、どんなものにでもなる。たとえばほら、さっきいった一か月前のお客、ちょっとがたいがよくて、お腹がぷっくりした女性のお客の体、それから、ごつくて眼つきがなんかこわい施設職員のボリさん。それから、たまに出るカエルのスープ。味は鶏肉、だけど見た目がひどいのよ。魔女じゃないんだから。そんな変形の様子をみていると気持ち悪くなり、私は眩暈がして、しばらく……6時間ほど、ねむりこけていたようだ。

「660x!!君の寿命がわかった、早くこっちへ!!」

ハッとなって体をおこす、私は、突然のことにパニックになった。
背後から声をかけたのは、マタル博士だった。いつのまにドアをあけたのだろう。
「660君、私の診療室へ、よく聞いてくれ、君はこれから……3時間で消失する、次回の誕生は……3年後になるだろう、君はそうしていつも私を、私たちを喜ばせ、驚かせてくれた、記憶はなくなるだろうが、まだこの実験を、我々は、我々人類は、終える事はできないのだ」
先生についていく間、長い蛇腹のトンネルをいくつもこえた、そのはざまには研究室と研究者がいて、また蛇腹のトンネルが届く、あるとき透明な蛇腹のトンネルをとおった、下には球体の白い大きなもの、そしてその奥に、私は蒼いものをみた、青い青い球体が、地下空間の真黒な真黒な空の中にうかんでいた。
「先生あれはなんですか」
「ああ!!あれは……地球だ!!すまない、今回の君には、まだ見せていなかったようだ!!!」

部屋にとおされ、バタンバタンと部屋をしめられ、逃げ場がないことをさとる、看護師が幾人も部屋にはいってくる、私の体はロープで固定されていた。私は診療所の奥深く、手術室の手術台へねかされ、麻酔をつけられ、拒絶するまもなく、実験器具を体中につけられた。
麻痺して、薄れゆく景色の中で、先生の言葉が聞こえてくる。

「君たちは、きたる宇宙時代の中で、宇宙旅行の中で、人間を飽きさせない“どんなものにでも、どんな形にでも変化するパフォーマー幻影生物”として我々がこの月基地で開発にあたっている、人類を超越した生物なのだ……」

先生のいっていることがよくわからない、ただ次に目を覚ました3時間後、私は、四肢のほとんどが私の大好きな、お菓子や、踊り子や、ピエロや、歌手となって私の体をとりかこみ、パーティを開いているのをみた、そこは私の自室だった。
私はベッドに寝かされていて、研究者たちが私をとりかこみ、マタル博士が、カルタ氏が、ボリさんが施設職員たちがみんな私をみている。
そして私は、カルタ氏から花束をわたされ、みんなから拍手喝采をうけた。
“ありがとう!!”
“ありがとう”
マタル博士が男泣きを、右腕の研究着の袖でふいた。
「今度の君もよくがんばってくれた、君は立派な研究対象だ、3年後、再び君の、宇宙物質でできた細胞を分析し、できるだけ元の君に似た形に再生してみよう、君は不死鳥だ、君が望むなら、何度もよみがえる」

「望む……?私は望むのだろうか、やはりわからない、ただ考えるまもなく、日常はすぎているし、私はここにいたのだ」
ベットから起き上がるまでもなく、私のからだはもはや頭部のみとなり、ほかに私の体は何をしているかと思いきや、あの青い地球、地球のまねごとをしていた、上空には鳥が飛んでいた、そうだ、地球は、かつて図鑑でみたことがあった、我々の母性、しかしわれわれ……??

そんなことをいうまでもなく、私の意識は三年後の時間へと流れていくようにかんじた。
ふわふわと軽くなるからだ、頭、そして私は無意識に感じる。
「私は、誰かを喜ばせるために、私は、何かになるために、生まれた」
心当たりがある、マタル博士の前で、カルタ氏の前で、私は鳥になったことがあった、馬になったことがあった、そのたび私は自由を得たのだ。
私の能力とは、不思議なものを見る事や、私から分離した私を見られることではなく、私自身の“変化すること”そのもの。

「さようなら」

私の頭部は、そういいおえるか言い終えないかの間に、しゃぼんだまのようにはじけて消えた。

幻影生物

幻影生物

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-31

Copyrighted
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