特殊な想像力。

異常を察知し、即座に対応できる人間は、普段からそういった事に想像力の働く人間でなくてはいけない。
そうした意味で、16歳の高校生、ヒサシの日常、毎朝6時の通学は異常な想像力を発達させることには事欠かない。
彼は瞬時に異変を察知する。この国の西のあたり、場所は詳しくはいえないが、A県の某市。この無人駅我が島で、踏切にとじこめられた子猫を助けたのは、先週の月曜の事だった。
「ああ~眠たいなあ~~」
彼はいま、制服の第一ボタンが外れていることに気が付いて、こっそりとなおし、ついでにネクタイの逆三角形をととのえた。
「ああ、むっちゃくっちゃはれてるのわあ~」
と、今の今まで、ぼーっとしていた彼は、盆地の丁度真ん中あたりにある駅を、駆け足でめざした、紅葉が散っていて、それを一人占めできることはいいが、近くに同世代の人間はおらず、通学も朝早く起きなければならない、人はいないが、キツネやタヌキ、シカなど珍しい動物が、人間の代わりに、
駅やその周辺を闊歩していることがある、彼は何度か、その動物さえ助けたことがあった、車がとおりかかるまえにしっしっとやったり、人間のゴミがからまっているときはとってやったりした、大自然に囲まれた、静かな世界、そんな環境も手伝ってか、彼は毎日、毎朝妙なものを見る。

彼は、飛び込みを見るのだ、それはその——我が島駅でというのではなく——その何キロ、なん十キロも離れた駅の、都会の風景の中の自殺を、故郷の駅前から毎朝見るのだ、それがただの霊能力なら、まだよかっただろう、問題は、彼が見るのは事後的なものでも今現在の映像でもなく
「未来の映像」
だということだ、そして彼は、その能力をつかってなんどもそれを——とめてきた——。

信じられない人のために彼がいつも話すお話がある、といっても彼が人を信用するのはまれで、今までその話をしたのは、幼馴染、中学生ころの彼女と、母親の3人くらいのものだったが……。
そんなことを思い出しながら、彼はたった一人、日がさしこんできたばかりの盆地のすぐわきを、舗装された道路を、軽快にはしっていく、たまに通りかかる車はあっても、朝はそれも少ない。

「はあはあ、」
息を切らせていると、どうやらすでに盆地の真ん中、駅や八百屋のあるあたりについたようだった。

《カランカランカラン》

駅に隣接するようにある黄色と白のおなじみの遮断器がけたたましく音をならし、縦に構えていた警告の棒が、線路のわきに、ぼうぼうにはえた雑草をさえぎって、下にさがり、道を寸断する
「今日も何もないといいけどなあ、あの時みたいなのは、面倒だなあ」
そう思いつつ、ぼーっと体を動かしていると、いつのまにか改札をぬけて、一人、木製のベンチに腰をおろしていた。
「ふう……よかった、今日はなにもなかったみたいだ、過去形もおかしいけれど」
そして彼は回想する、次は例の話を、いったいだれにはなそうか…………そんなことを。

今まで彼は、——例の事件——3年前の中学一年生の時のその事件がおきるまで、自分自身の能力さえ信じることができなかった、それもそのはず、なぜなら自殺をとめたのなら、止めた証拠がどこにあるというのだろう。
あれは3年前、いつもより早く家をでて、二つとなりの駅へ急ぎ、中学へ向う最中のことだった、彼は電車の中で、また例の——映像をみた——そして一つ先の駅で、田舎の景色にふさわしくない派手な格好の女性をみたのだ、それが——ビジョンの中で見た人そっくり、というより本人だった——のだ。

現実では、今6時10分発の列車が到着したところだった、彼はその電車に乗り込んで——回想を続ける——
発車に至るまで、——邪が駅——そんなアナウンスが何度も聞こえて来た、彼は未来の映像をみるときに、その人の心、魂と接触し、過去を見る事ができ、それによってなんとなく元気の出る言葉をかける、そうするとたいていは自殺をくいとめられる、しかし、たった一度だけ、そうとも言えない出来事があったのだ、3年前のあの日、あの日だけいつもと少しちがった、いくら自殺をしようとする人間にも、迷い、というものがたいていの人間にはある、だからその女性を——ビジョンの中にみたときに——助けられるとおもった。だからその日も話かけたのだ。

その日、今の様に電車に乗り込んだあとだった……ビジョンがみえた……今いま駅のホームからゆっくりと腰をおろして、片足ずつ線路におりようとする女性、スーツ姿で半分透けている。彼がビジョンをみるとき、
人はたいてい半透明に映る。彼は、眼を閉じ集中し、女性の意識へアクセスした。
——その女性は水商売を掛け持ちしていて、彼氏に裏切られ、金を持ち逃げされ——ひどく衰弱した様子だった、中学生の彼に、ビジョンの中でいったのだ。
「これまでいきていて、楽しいことなんでないもの、最近、ペットがしんだのよ」
彼はそのとき、なんて声をかければいいかまよったが、
「僕にはまだわかりませんが、ともかくお姉さんは弱っているので、考え直してください?」
と尋ねたのだ、すると、女性の中の自殺願望が小さくなるのを感じた、そして女性は姿勢をただし、ほこりをはらい、駅のベンチにこしかけたのだった、これで大丈夫だ、と一時は確かに感じたのだ。

しかし、次に女性を——本物を——彼の出発した駅の、ひとつ隣の駅、邪が駅でみた。そのとき、いつもと違う違和感を感じたのだ、自殺願望を持つもの胸のあたりにみえる黒いオーラ―(彼はそれを自殺願望と呼んでいる)が、
彼女の自殺願望は、さらに強くなっている感じがした、それも、彼の霊力というような、そういったものの影響だと思うが、邪が駅の、小さな細長い二つの駅のホームの向こう側、つまりヒサシの北方向に向かう電車を待つホームに、丁度そのお姉さんがいて、いままさに、駅のホームから、自発的に線路に飛び降りようとした瞬間だった。
 電車が駅に到着し、きっちりととまり、ドアが開いた瞬間、ヒサシは、現実で思わずさけんでしまった。

「あぶない!!」

振り返る女性、しかし、彼は景色がぼやけるのを感じて、眼をそらした(とてもみていられない)
下をむいてうつむいている間、なん十分、それほどの時間がたっていたきがするし、数秒のような感じがする。
彼ののっている電車は、先ほどから停車していて丁度いま発車のアナウンスがはいったところだった、きっともうすぐ扉がしまり、電車は出発するだろう、しかし、しばらく音がなかった、どうやら車掌が気が付いたらしかった、駅が騒がしくなり、彼ははじめて顔をあげ、ふたたび正面をみつめる、
彼の真向かいに、その女性の姿をみた、そしてわらわらと、2、3人の成人男性、女性に大声で話しかけている鉄道会社の駅員がいた。
「よくあの感じで落ちなかったな、ほとんど体は前傾姿勢になっていたのに……」
女性は、しきりに何かを叫んでいる、ヒサシは自分が何かしたとは思わなかった、しかし、女性が何かを叫んでいるのをきいた。
よく聞いてみるとかすかに聞き取れたようにおもえた、なきじゃくり、駅員にすがり、しゃがみ込んだ女性がいっていたこと。

「キツネ!!キツネ!をみたの、私のペット、ボブにそっくりな、犬のボブにそっくりな狐をみたのよ!!こんなところで、また何かに……騙されるで、そのまえに、中学生をみたの、きっとこんなの、偶然よ、どうして飛び降りられなかったの!!」

お姉さんは駅員に抱えられていてどうやら事務室あたりにつれていかれるようだった、吐いているくつのヒールはぼろぼろになっていて、化粧はおちてくたびれた悲しい顔をしていた、ヒサシはそのとき、——誰かにこの話をする場合——ばれないようにノートで目を隠し、自分の行いが正しかったかどうかを考えていた、という。

特殊な想像力。

特殊な想像力。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-30

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