キスしません?

明け方、ベットから起き上がり、隣で寝ていた飼い猫のぺぺが、いつの間にか冷蔵庫の横に置いてある餌置き場で食事をしていた。無心で食べている様子はまるで、修行僧のように慄然としていた。わたしはベットをおりて、ペペのもとへと向かい、ぺぺの頭を撫ぜてから、冷凍庫を開けて、業務用バニラアイスクリームを皿に移し替えて、テーブルで食べた。その滑らかな冷たさが喉を通って胃に落ちると、なんともいえない心地よさがわたしを刺激した。昨夜作った豚汁を温めなおして、食べていると、携帯が鳴りだした。
「はい、もしもし、遠藤です」
「もしもし、宅配便です。これから遠藤さんのお宅にお荷物を届けたいんですけれど、ご在宅でしょうか?」
「はい、います」
「では、これから十分くらいで到着しますので」
「わかりました」
いったい何を頼んだのだろう?何かを注文した覚えはなかった。ひょっとしたら、お母さんがなにかを段ボールに詰めて送ってきたのだろうか?

十分が過ぎて、トラックのエンジン音が聞こえて、ドアが開く音がした。そしてチャイムが鳴ったので、ドアを開けると、年配の男の人が、大きな段ボールを抱えてにっこりと笑っていた。
「どうも、お荷物です」そう言って、荷物をわたしに渡した。意外と重かった。
「ここにサインをいただけますか」
「はい」わたしは伝票にサインすると、そのおじさんはにっこりと笑って、去って行った。
荷物を床に置き、ドアを閉めてから、段ボール箱をリビングのテーブルの上に置いて、カッターをもってきて、ガムテープで貼られた部分をなぞった。いったい何が現れるんだろうと期待に胸を膨らませて、開けてみると、熊の縫いぐるみが出てきた。
「わー、なんて可愛いんだろう!その熊さんを両手で持ってみると、ズシリと重い。なんなんだ、この重さは!
「重いって、僕はいまダイエット中なんだよ」
「ええっ!しゃべった!」
「あっ、しゃべってしまった。おとなしくするつもりだったのに。僕が生きていることばれちゃった?」
「君、ひょっとして生きてるの?」わたしは熊さんをソファーに置いて、頭をつついてみた
「僕の名前はミスターロンリーハート。病める人類に希望をもたらす、いわば、正義の味方。ちょっと言い草は古いけど。なんでも相談にのります」
「っていうか、何故、わたしのところへ?」
「きっと、わたしを作ったご主人様が、調べに調べて、調査を行って、みごとにあなたのお家へ送られてきたんでしょう。いやはや!」
「それにしても君、お人形にしては重すぎない?なんだか鉄アレイが入っているみたい」
「そうかな?ダイエット頑張っているのに、ちょっとショックだよ」そう言って、熊さんは、彼が言う所のミスターロンリーハートはソファーから降りて、猫のペペのところに歩み寄り、頭を撫ぜた。
「うん、いい子猫だ。この子はきっと、将来、ボス猫になるにちがいない」
「でも家から外に出したことないから。天涯孤独の猫なのよ」
「遠藤かおりがいる限り、この猫は幸せに暮らすことができる」
「ありがとう、お人形にしては、良くできているわね」
「じつは僕の内部には機械が入っていて、とてつもない高度な技術が組み込まれているんだ。悲しくなったら、涙を流すこともできる。感情もあるし、ひょっとしたら、今、生きている人間以上に喜怒哀楽を表すこともできるんだ。抱きしめられた時、心は温まるし、殴られたら、痛みを感じることもできる。僕のご主人はノーベル賞を受け取ってもおかしくない開発者なのさ。でも、そんな賞には興味がないんだ。唯一の楽しみは、人を喜ばせること、それに尽きるね。どう?僕のこと気に入ってくれたかな?」
「ええ、君がいてくれてとてもうれしいわよ。でも、ミスターロンリーハートって名前はあまり気に入らないわね。わたしが新しい名前を考えてあげる。そうね、わたしの猫の名前がぺぺだから、リトルベアーラランっていうのはどうかしら?」
「‥‥‥、ぺぺとの繋がりが分からないんですけど。でもそれでいいや」
わたしはラランを両手で抱きかかえて、柔らかい毛並みを撫ぜてた。
「ふーう、気持ちいな。ご主人様、これからよろしくお願いします。きっと、遠藤かおりが生きている限りは、いつも側で見つめているとおもいます」
「わたしが死んだ後はどうするの?きっとご主人様が結婚して、子供ができたら、その子に禅譲されるのではないかと思います」
「そっか、まだ結婚とかは考えていなかったな。いつの日か素敵な人が現れてくれることを期待して、待つことにするか」
「かおりは自分で思っている以上に綺麗だから、きっと、素晴らしい男性に巡り会うことができると思うよ」
「そっか、それじゃ、予行演習とでもいこうか!」わたしはそう言ってラランの唇にキスをした。
「生暖かい、唇だ。でも、ファーストキスのわりには上出来じゃないかな。僕の心は温まったし」

キスしません?

キスしません?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-29

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