第4話ー6

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 最新鋭クリスタル要塞の全滅は、衝撃をもって首星バエウへ光速通信でもたらされた。もちろん執政官たるン・メハの耳にも直ちにその報告は届き、慌て、国王であり父のン・ドフの王の間へ駆け付けた。
 クリスタルの扉が開いた時、国王はしかしいつも通りの表情で職務を忠実にまっとうしていた。
「父上、軍の撤退をご決断ください。もはや我がジャザノヴァの戦力では、対抗できないところまで、戦況は悪化しています。今ならば残った軍隊を撤退できます。敵対生命体の行動は予想できません」
 国王はしかし淡々と国王の仕事をまっとうするかのように、ホロスクリーンを見上げながら事務仕事をこなしながら、娘であり執政官のメハへ、眼もくれずに、冷静に言い放った。
「敵生命体のデータは採取できたのであろう。ならば対抗策をこうずることもできる。何をそんなに慌てることがあるのだ。執政官ならば冷静に物事を判断しなさい」
 まるで他人事のように言う父に、嫌気がさしたような顔を向ける。
「トハも、軍省総官も敵中に取り残されているのですよ。あの子を救うには、撤退しかありません」
 が、妹のことを心配いている様子もなく、国王は一言つぶやく。
「わたしはお前になんと言った?」
 それ以上、聞き入れる様子は見えず、美しいラインの頬の奥で歯をかみしめながら、メハは退出していくのだった。

 執政官が次に出向いたのは軍省本部である。
 各方面軍の要塞を国王の勅命で動かしたことにより、戦力の均等性が崩れてしまい、慌ただしく軍省の横に位置する軍港からは、数えきれないほどのクリスタル軍艦が宇宙空間へ舞い上がっていく。
 また同時に宇宙空間の軍事基地からも続々と軍艦が各戦闘宙域へ飛び去っていくのだった。
 それを焦燥感で見上げるメハは、足場やに軍省本部へ入ると、地下の研究軍団ラボへ向かった。
 クリスタルの反重力エレベーターで降りた先には、これまでに戦争した種族から押収した武器や文化的貴重品が並べられた倉庫が広がっていた。
 エネルギーシールドで浮遊するそれらの貴重品を横目に、メハは先を急ぎ、クリスタルの厳重な扉の前に立つ。そこではレーザーによるスキャニングで危険物の所持、細菌の検査、身元調査が同時かつ速やかに行われた。
 異常なしと判断されるとクリスタルの扉が左右へスライドすると、透明な白衣に身体に密着したウェットスーツのようなものを身に着けた研究員たちが、それぞれの研究を続けていた。
 研究軍団ラボの軍団長が彼女のそばへ速やかに寄ってくる。髪の毛をきっちりとセットして、額に赤い宝石が見える、スラリと背の高い男であった。
「敵対生命体の結果はでましたか?」
 ここへ足を踏み入れるのは、いったい何年ぶりだろうか? 顔を久しぶりに合わせた軍団長が挨拶をする暇も与えず、メハは単刀直入に今ある危機に対する答えを求めた。
 広いラボの奥、六角形のクリスタルの囲いの中に、女性の掌サイズの黒い物体が真ん中に置かれている。メハは案内されてまずその光景を目の当たりにした。
 軍団長は横のクリスタルのボードに手をかざすと、ホロスクリーンが囲いとメハの間に出現して、そこへ無数のデータが提示された。
 ある程度の生物学への知識はあるものの、ここまで深いデータを提示されても、メハの脳ではついていけない。
「簡潔に説明してください」
 軍団長へ説明を求めた。
 軍団長は少し眼を細くして、口早に説明を開始する。
「軍省総官が現地で目撃している個体は、明確なる生命体反応を示しています。これはお聞きですよね?」
 参謀本部でその報告は受けていた。
 彼女の頷きに合わせ、軍団長が説明を続ける。
「解析の結果、この生命体どの種族、あるいはこれまでに発見されている生命体とは明らかに構造上の違いがありました。これをご覧ください」
 クリスタルのボードを軍団長が触ると、ホロスクリーンにでかでかとある映像が映し出される。
「これは敵対生命体の遺伝子です。らせん構造は我々生命体と変わりありませんが、その情報量があまりに多すぎる。この軍省本部の人工知能ですらも解析に時間がかかるほどです。そしてさらに特徴的なのが――」
 と、軍団長が再びボードを触ると、囲いの中に青白い光が八方から中央へ放射された。すると囲いの真ん中に設置された黒い塊が突如としてヌラヌラと動き、彼女の眼にも明らかに大きさが拡大した。
 軍団長がボードを触り光線を停止させると、黒い物体の動きも停止した。
「これは敵対生命体より情報軍団が回収した皮膚片なのですが、通常、個体より離脱した肉片はその生命活動を停止させます。例外として外的より攻撃を受けた際、肉体の一部を離脱させ、離脱した部位が糖分をエネルギーとして細胞を活性化、動かすという芸当のできる動物も存在しておりますが、これは例外です。攻撃を受けると内部で細胞が増殖、再生を試みるのです。こんな生命体、見たことがありません」
 軍団長はしかしどこか嬉しそうに軽く微笑んでした。
「遺伝子の解析結果はいつ頃になりますか」
 黒い肉片から眼を放すことができないメハが口だけを動かす。
「各軍団の使用容量を制限し、解析に人工知能を割り当ててもらってはいますが、いつ頃になるかここで断言はできません」
 振り向くと、どす黒い肉片へ凄まじい嫌悪感を抱きつつ、
「結果が出たらすぐに知らせてください」
 と言い残し足早にラボを後にした。

 敗戦の報はニュースとなりジェザノヴァ全域を駆け巡った。これに対応するのも執政官の仕事であり、各国の不安を解消するために国王の演説を提案した。
 最初、国王はその必要性に疑問を感じていたが、各国から上がってくる膨大な数の不安要素をはらんだ文面をホロスクリーンに提示させられると、しぶしぶその重い腰を上げた。
 演説の際、決まってクリスタルタワーのテラスからクリスタルの街並みを望みながら国民を集めて演説する。そこに父と自分が揃うのは当然であるが母親たるベートも居合わせる必要があり、メハは母を家から引きずり出すため、屋敷へと向かった。
 クリスタルの球体の乗り物を降りると、ロボットの執事が彼女を受け入れた。それと同時に若い背の高い男が入口が2人、出ていくのだった。ファッションモデルとして名の知れた男たちなのは、政治にしか興味のない彼女ですら知るところだ。
 またか、と溜息まじりの吐息を漏らすとツカツカとクリスタルを鳴らし、母の寝室のクリスタルの扉を開けた。
 そこには身体が濡れた裸体を拭う母の姿があった。医学的処置で保たれた体系は、女性としてうらやましく思うほどに引き締まり、乳房、尻がフンワリと曲線を描いている。
 室内に入った一歩入ると、そこは男の臭いが充満していた。クリスタルのベッドのシルクのようなシーツは濡れ、母親が女として男にむさぼられていた姿が容易に想像できた。
「母上、国民の前に出るしたくをしてください。国王とご一緒に演説の席に出席していただきます」
 髪を瞬間的にクリスタルのかぶる装置で乾かし、お気に入りのトーガのような衣服を身にまとった。
「わたしがいなくても平気でしょ? それにこんな時だもの、わたしがいたら国民も反発するんじゃない?」
 さすがに男に狂っている王妃でも戦況は知っているようだった。しかも自分の評判も承知の上で、自分が姿を現すと国王の立場が不利になるのをわきまえていた。
「なりません。母上が父上のそばに居なければ、王家の権威にかかわります。それに国民はこういう時だからこそ、国王、王妃の姿にすがるはずです」
 娘のあまりの権幕に母は珍しく難しい顔をする。
「トハに、あの子になにかあったの?」
 妹が戦場に行くことをあまり良しとしていない母は心配している様子を見せる。
 この人も人の母親か、と心中で思いつつも顔には出さず、メハは少し大きめの声で言った。
「急ぎしたくを。国民が待っています」
 母親は仕方なく王妃の公務へと向かうしたくをしたのだった。
 
 クリスタルタワーの突き出した半円のテラスは狙撃阻止のエネルギーシールドが展開されており、複数の近衛兵が周囲を固めていた。
 クリスタワー前の広場には500万人を超える民衆があるまっている。
 民衆はすでに敗戦の情報を把握していた。中には敵対生命体の存在を非公式に入手して、流布している者もおり、国民の間には不安が広がり、それは王家への不信へとつながろうとしていた。
 ざわつく民衆が見上げる中に、国王が姿を現した。少し遅れて王妃と執政官も姿を現し、国王の後ろに陣取った。
 この様子は脳波中継で星間国家ジェザノヴァ全域で国民全員が注目していた。
 国王は民衆の顔を見下ろす。まさしく雲霞の群衆が自らを見上げているのだ。
 少し沈黙した後、国王は口を開いた。その声に迷いなどみじんもない。自信にあふれた低い声であった。
「我々は撤退した。これは敗北を意味するのか」
 響く声はクリスタルのスピーカーで広場へ、脳波中継で全国民の脳内へ響いていく。
「そうではない! 多くの兵士が死んだ。だがそれは無駄死にではない。我々ジェザノヴァ国民ひとりひとりが国家を、兵士を愛する限り、戦いに敗北はない! 我がジャザノヴァは大国である。民衆全員の自由の国である。負けるはずがないのだ! 国民よ、国を信じよ。敗北から立ち上がり、さらなる勝利をこの手に掴むのだ!」
 国王は高々と拳を突き上げ、民衆はそれに沸いた。まるで喝采の中で戦争が肯定されたかのようにメハには見えた。
 民衆は大きく管制をあげ、一時の敗北に悲しんでいた自分たちが間違っていた、この国は滅びない。そう確信したように国王と共に拳をかざすのだった。
 王妃は静かに国王の後ろ姿を見つめ、偽善者が吠えている、と思った。
 その夫婦を見た娘は、これから自分の意図と違う方向へ戦況が動く最悪の事態が始まったのだと感じた。

ENDLESS MYTH第4話ー7へ続く

第4話ー6

第4話ー6

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-29

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