3丁目の魔人
私の住むアラ国ユユ県ピピ市には、特殊な事情をもった異人がすんでいる、異人といっても異国人というわけではなく、
ありとあらゆる別次元からワープしてきた、あえていうなら異世界人だ。
その町に一人の魔人が住んでいる。もともと魔王の側近であり、軍部の上級役職についていて、作戦参謀を担当し、指揮官を補佐したという。
彼の口は耳近くまでさけていて、耳は頭よりも長い、普段こそ温厚な性格だというが、怒ったときは、悪魔のように真っ黒い羽根をはやして悪さをした人間をどこまでも追っていくという。
ピピ市の商店街近く、ロロ町3丁目に住んでいるので3丁目の魔人と言われることがある。
誇大妄想化、ナルシズムと勘違いでもよく知られ、それによって起きた様々な出来事は、この町の人類の中で語り草となっている。
「爪をばかにしたら、すごくのばして、どこがかっこうわるいんだといってきたよ、警察につれていかれたよ」
「隣のお姉さんが好きだといっていたとつたえたら、自分から告白しにいったよ」
ある日の事だ、彼は、主に魔物狩によって生計をたてているのだが、この国のあちらこちらの空に開いた穴から、ときたま色々なものが降ってくる。
その中には、魔物だとか、わるいものもあれば、彼や、あるいは異世界から転生してきた冒険者などが湧いて降ってくることがあり、ラノベの設定としても、キャラクターが多すぎるわけで……勇者も魔王も魔物も過密状態である。
「こまったなあ」
アラ国の大統領は困り果てていた。こんな速度で転生がおこっていては、いつしか人口をうわまわるほどの異世界転生が行われてしまうのではないかと。
しかし、そのとき心配はいらない、と諭したのが3丁目の魔人、本名、モロエといった。モロエは、紺色の服をこのみ、紫の帽子を好んだ、シャツは真っ白だった。狼のようなけぶかい人間の姿の魔人だった。ある日、大統領に伝えてくれと、つてを伝いあるテープを送り届けた。
「この世界に必要以上の転生が起こることはないし、転生されてきた人間も満足すると元の世界にもどっていく、
これはほとんど、ライトノベルの消費速度と同じだ、それよりも、目の前の課題、魔物の大量発生をなんとかしなくてはならない」
魔王軍の軍幹部だったというこの男の話を信用した大統領は、すぐさま軍や、勇者、警察などを派遣して魔物退治を行うことにした、
そこで活躍したのが、このモロエだった。
モロエは幹部として役立った……というわけではなく、怒ったときに長く、鋭くのびる爪と牙によって、常に魔物のあふれかえった土地で、最前線で一兵卒として戦っていた。実際かれの強さはけた違いで、一人で100人分の成果をだした。
しかし、彼は決して、地位をもとめなかった、ひたすらに、この世界で、自分の居場所を探していたのだ。
ある時だったモロエの所属する軍が台地の上にたつ村の警護をしていたとき。モロエのことを傭兵、かつ勇者と勘違いしたある勇者グループが、ある“賭け事”のための決闘をけしかけてきた、その決闘の報酬はなんと、防衛についている村の、生娘だといった、そいつらが村長を脅し、何かこの村の一番の自慢を差し出せ、といったところ、かわいい生娘を差し出してきた、村長が提案したのだという、村長はなぜだかおびえていた、翌朝、警戒にあたっていたモロエが、仕事終わりにそのことを尋ねると、勇者に脅されたのだという、モロエは勇者グループからこう持ち掛けられていた。
「あの子はみなしごだ、だから勝ったやつが、あの子をもらいうける」
「魔王軍ですらこんなことはしなかった」
落胆したモロエだった、なぜ、苦しい人間をさらに苦しめることを平気でするのだろう、と。勇者とはこういうものだ、転生前の世界でも、勇者はずるがしこいやつだった、正義とは所詮八百長だ。
そう思ったのだ、モロエは決闘することにした。
決闘は、その一週間後、仕事が落ち着いてきたころに、上司やほかの兵士に知られないように行われた、
村を貸し切り、村には見張りとしての勇者とモロエがいるのみで、ほかはすべて村人だった、村人たちもお祭り観戦気分だった、
村長はいった。
「何もしらんのだ、何を賭けての決闘だ、こらえてくれ」
と、そのころすでにモロエと村長はすっかりなかよくなっていたのだが……
モロエにとってその勇者たちは、よくても2人分の力がある程度、2人、3人連続で同じ日になぎ倒し、殺した。そして4人目、モロエは激怒していた。
「お前は!!」
生娘は酒場の裏手でみまもっていた、村人たちがガヤガヤとさわぎ、野次馬の人だかりができていて、盛り上がっていた。
(こいつは、この生娘を、無茶苦茶な目に合わせて、売り飛ばすといっていたやつだ)
モロエは悲しかった、自分の不遇な過去を想い、そして、村人たちの軽薄さ、村長の度量の狭さを想い、あきれ果てて、ため息をついた。
(はあ……)
すると一瞬で、牙を伸ばして、彼にかみついて、血をすすった。
わけもない、一瞬のこと、しかし村はシーンと静まりかえって、とたんに騒ぎたてた、
「キャー、化け物――」
それもそのはず、今までは、戦場でも、村でも、モロエは本当の姿を見せた事はないし、見せびらかすつもりもなかった、しかしこうなっては
なりふりかまっていられない、戦士として戦うのにも飽きて来たころだった。
ひと呼吸おくと、長いつめをさらに長くのばして、村人たちに見せびらかせた。
(ぐるるるる)
村人たちは、何もいわずに、道をあけて、彼等を逃した。モロエは生娘の腕をとると、抱きしめて、宙にとびたち、村のそとへひとっとびして
おりたった。
しかしその後、おいかけてきた人間がいた、村長だった、
「その子は渡すつもりではなかったのだ、返してくれ、私が娘同然でそだてたのだ」
そして、モロエはすべての事実を村長から教えられたのだった。
「あの勇者たち、あれはあんたの元居た世界の部下だといっていたぞ、あんたが勇者にあこがれていたのを知っていたのだ」
そういわれて、ふと気が付いた、なぜだ、彼等は異形の姿をしていた、一部分ごとで気が付かなかったが、獣のような体をしていた。
「大丈夫だ、お前は殺したと思っているが、ちゃんと治療はしてやる、異世界からきた、優秀なものがおるからの」
すべてを知った彼は、村をでたすぐそばの、草木が生い茂る細長い道を歩く、これからどうするか、健闘もつかない。
元居た町でも、これまでも何度もだまされたり、馬鹿にされた事があった。
そのたびに爪や牙をとがらせて、しかし絶対に人を傷つけなかった、しかし、部下たちはすべてをしっていた、それが、心を満足させることが
異世界から転生されてきたものが、元の世界に戻る方法……。
はっと気づくと、モロエは転生前の世界を懐かしくおもい、その体はスーッとすけるように、向こう側の景色を透過して写しだしていた。
モロエが消えかけたころ、背後から誰かの走る足音がきこえ、すぐそばにくると耳元で声がした、さきほど救った少女がかけてきて、名前をなのった。
「私、エイラ」
そういって彼女はモロエと両手をつなぐと、二人の姿は、その場所からふっときえてしまった、村長は背中をむけて肩をふるわせていた。
3丁目の魔人