白昼夢
我が心の師に寄せて
地下鉄の駅から地上に出た途端、眩暈を起こしそうなくらいの暑さに襲われた。墓参りなのだからと、上着を着てきたことを、私は後悔した。
大通りから路地に入ると、辺りは急に静かになった。この界隈は古い家が多い。表通り沿いこそ新しい店舗やマンションが並んでいるものの、その裏手は時間の流れが止まっているかのようだ。
その町並みに気持ちは落ち着いても、暑さは堪えようがなかった。私はようやく見つけた自動販売機で冷えた緑茶を買って、一気に飲み干した。
一息ついて、先に進んだ。目的の寺は駅からそれほど離れてはいない。門をくぐると、眼鏡をかけた初老の男とすれ違った。
「これはこれは、毎年ご苦労様です」
男は少しせっかちに言って通り過ぎた。私は会釈を返しながら、さてどこかで会ったような、という気持ちに囚われた。顔を上げると、地面に本が落ちていた。どうやら古い文庫本のようだった。その書名と作者名を見て、こんな偶然があるものかと、驚きとうすら寒さを感じた。
とにかくその本を持ったまま、私は墓に向かった。持参した花と供え物を置いて、私は手を合わせた。そこに眠っている人は親戚でも知人でもない。それなのに毎年、命日に墓参りに来るのは、私がその人のファンだからだ。
墓の前で私は、先ほど拾った本の表紙をめくった。それはここに眠る作家のデビュー作だった。扉をめくった瞬間、自分が今いる世界が突然別のものに変わってしまったような衝撃に、私は身動きができなくなった。
そこには筆で作者の名前と、彼がサインをするときに必ず書き添える言葉が書かれていた。そして、今日の日付と私の名前。
そして私は、門のところですれ違ったのが誰かを思い出した。
蝉が一斉に鳴き始めた。
白昼夢