花火
「きれいだね」
午後八時、近所の夏祭りの花火が上がった。
少し離れた山のバス停から見上げる。
夏だというのに風は冷たく、にじむ汗はそこまで多くない。
ヒヤリとした手が顔に当たる。
顔に吹き出る汗を、隣に座る”綾瀬 ミナ”が拭いてくれた。
突然の事に、少し驚いた。
どうしたの? っと言った顔をこちらに向け、また小さく微笑んだ。
「なぁ、ミナ。去年の花火は覚えてるか? すっごくしょぼかったよな。」
「そうだね。気がついたら終わってて、なんだか損した気分だった。でも、私は良かったよ。だって、君が居たし。キレイだったし」
「そうか……じゃぁ今年は楽しめるかもな。なんたって、花火の予算を倍にしたらしいからな」
「でっかい花火も上がるかな?」
キラキラした目をこちらに向けながら、顔を近づける。
きれいな顔立ちが目の前に広がる。
赤らめた顔を隠すように、真っ赤な花火が上がる。
「あ、大っきいのが上がったよ。ホントだ。すっごいキレーイ」
助かった。
バレたら恥ずかしいからな。
今年も、ここで花火を見れた。
小学校の頃から、ボクとミナはここで花火を観ていた。
廃線になったバス停から少し歩いたところ。
ポッカリと空いた広間に、ちょうどよく転がっている丸太があった。
「なんだか、不思議な場所だね。誰かが使ってたのかな」
「なのかな?ベンチみたいになってるし……あ……」
言葉を遮るように上がった花火。
「きれいだね」
「うん、きれいだね」
あたりが暗くなる。
祭の明かりもチラチラと消え始め、花火の名残を感じながらぼんやりと空を眺めた。
「さて、そろそろ……」
「うん」
真っ暗くなったバス停、二人の声が響く。
顔を合わせず、何かを察するように喋りかける。
「なぁ、最後に”お願い”してもいいかな」
「最後?最後でいいの」
暗闇の中で見えないハズの顔が、ニヤリと笑う。
「いいよ。なんでもどうぞ」
月のように光る目が、僕を捉える。
でも、何故か怖くない。
「最後に、抱きしめていいか」
さっきまでニヤニヤとしていた目が、キョトンとした目に変わる。
「そんなことでいの?最後なのに」
「うん、今はミナの姿してるし。一回やってみたかったんだ。別れ際に抱き合うってのをさ……」
そう言うと、ゆっくりとうなずき、両手を広げ、待ち構える。
「なんか、違うような気がするなぁ。まぁ、ミナっぽいけど……」
そういって、見よう見まねで抱きしめてみる。
柔らかい感触を感じる。
「どう?気分は」
「それ、この状態で聞く?フツウ」
「そうかな?だって、気になるし。ほら、感想をどうぞ」
「えぇ……そうだなぁ。取り合えず柔らかい。」
「プッ!! なにそれ」
「あと、めっちゃいい匂いがする。どこのシャンプー使ってるんだよ」
「どこの……うーん、とくに考えて買ってないからなぁ。でも、お花の匂いのものを買って使ってるよ」
いつもどおりの会話。
いつものような返答
ミナが”生きてたら”、こんな会話をしてるんだろうな。
だけど、彼女はもういない。
去年のこの日、僕のせいで彼女は死んだ。
自ら命を絶ったんだ。
僕のせいで……
だからこそ……
「そろそろいいかな」
僕は償わなければならない。
「それじゃぁ……」
彼女に……
ごめんなさいって言わなきゃ
「いただきます」
頭から一思いに飲み込まれる。
丸呑みに近い形で喰われた。
あぁ、また言えなかった……
「僕も好きだ」
って……
すり抜けて行くように
消えるように
泡のように……
もう、言えないけど。
仕方ない。
「はぁ、後味わるいなぁ。もう……」
花火