小さくなった彼女

お昼寝したら体が万年筆程度の大きさになってしまったので、好きな人の胸ポケットの中で暮らすことにしました。彼は仕事の息抜きに私の体をにぎにぎ握ります。くすぐったいのでやめてほしいです。それ以外はなかなか快適です。

お薬を飲みました。この体のサイズは病気のせいなんだそうです。苦くて飲み干すのにひと苦労。ぷはっと水を一気に飲むと彼は偉いねと言って人差し指で私の頭を撫でました。彼の瞳が大きくなってその美しさが際立ちます。私は彼のことを以前より好きになりました。

彼はいろんな人と飲みに行きます。胸ポケットからその様子を盗み聞きしているのですが、彼の楽しそうな笑い声が聞こえてきて嫉妬してしまいます。その相手が女性だと特に。ふてくされている私を見て、彼は笑いました。「君はこんなにいつも一緒にいるのに!」.......彼には乙女心がわからないのです。

昼間は迷惑にならないように小さくなって眠っています。17時頃に起きて、彼の胸を蹴ります。すると彼は私を見ておはようと笑い、家に帰る準備をします。今までの私は向かいのデスクに座っていました。今は空席。主は胸ポケットへ。病気で休職しているのに毎日出勤しているのは少し可笑しくも感じます。

胸ポケットでは常に彼の体温を感じられます。まるで母の胎内に戻ったかのような心地良さ。胎内さながらゴーゴーという音も聞こえてきました。不審に思いポケットから顔を出すと彼は眠っていました。会議中です。私はいつもより強めに蹴りました。ハッと驚いた彼の顔。私はくくくっと小さく笑いました。

酔っ払った彼はいつもより陽気です。部屋で音楽を流し、指をテーブルの上で踊らせます。私も少しお酒を飲ませてもらいました。愉快な気持ちで彼の指と踊ります。彼の指は少し汗ばんで抱きつくと体がべたつきますが、気になりません。彼の笑顔、調子外れな鼻歌、軽やかな指の動き。これが私の幸せです。

寝てばかりでは太ってしまうので、私は毎朝部屋の廊下を走ることにしました。だだだっ。数日後、下の階の住人たちが「マンションにネズミがいる」と騒ぎました。私はショックでした。彼は大笑い。私は怒って不貞寝しました。今は廊下に防音シートが敷かれています。なんだかんだで彼は優しい人です。

お風呂には彼と一緒に入ります。昨晩は、彼が頭を洗っている間に足を滑らせて浴槽に落っこちてしまいました。沈んでいく体。上っていく気泡。揺らめく水面を見て私は死を覚悟しました。目を閉じた瞬間、彼の大きな手が私をすくい上げました。すぐ気づかなくてごめんと言う言葉に私は安堵で泣きました。

体が小さくなる前はよく彼と通話をしていました。翌朝になれば会社で顔を合わせ、週末はどちらかの家でまったり過ごすかデートをする。いつでも彼と一緒でした。十分幸せだったのに、今では文字通り24時間一緒です。こんな形で同棲が始まるなんて思いもしなかったけど、私は毎日彼に恋をしています。

彼の胸ポケットは私以外にも住人がいます。名刺やペン、ガムもたまにいます。今日は彼が私の存在を忘れてガサゴソとポケットの中を荒らしました。まるで天変地異が起こったかのようでした。困るので彼の手に噛み付いて私の存在を主張しました。犬のしつけみたい!全く気を付けてほしいものです。

小さくなった彼女

小さくなった彼女

140字で連載していたものをまとめました。未完です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-28

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