闇坂の住人。

 私の体験した、不思議な話をします、といっても、随分昔の事で、記憶があいまいな部分もありますがご容赦ください。
かつて、私の通っていた中学校の近くに、変な名前、闇坂という名のついた急こう配の坂がありました。
西側の通学路を通って来る人は、ほとんどそこを通ります。そばには幅が狭いながら、ひとつ、川がながれていて、堤防は高く氾濫や決壊も過去にはなく、その心配もありませんでしたが、水流が早いことで有名で、ほとんどこんな場所で泳ぐ人はいませんでした。登下校をする際にその川があるので、たいていはそこを通ります、まれにわたし船を使う人もいましたが、そういう場合は、たいてい遅れてくる人です。
渡し舟は、麦わらの大きい感じのような、菅笠というのか藁傘というのか、植物の葉を織ったような帽子をかぶった船頭さんが案内してくれました。
土手にさくたんぽぽを見るのも好きでした、河川敷もなごやかなものでした、カメや外来魚が住み着いているくらいです。

 闇坂は住宅密集地のど真ん中を通っていて、国道の近くにありました。昔からこの坂ではへんな噂があります、自転車をひいて、歩いていくときに人の体にふれた感覚があっただとか、妙な浮遊感があって、ころんだ、とおもったら転んでいなかったとか、バイクにのっていて、誰かが急に後ろにのった感覚があったとか、しかし、そのどれの話もいわゆる成り立ちのようなものが謎で、心霊・怪奇現象が起こるような昔話のようなものがありませんでした。
 私は、何度も昔からこの土地に住んでいる、祖母の知り合いのトモさん、というおばあさんにこの話を尋ねたことがありました。それは私の家のすぐそば祖母の家があって、祖母のいえから15分ほどでいける場所にある、商店街のお豆腐屋を夫婦で営んでおられるお婆さんでしたが、というのも、このお婆さんが一番あの坂について、くわしいのじゃないかと昔から、私はあたりをつけていました、もともと、母親にそのことを話すと、母親もそうだといい、祖母もそういうのです、(祖母は、私の話を知っていてこたてくれた)、そもそもが、私がした心霊体験、というより、不思議な体験がもとで、この話を母と祖母に相談し、母も祖母も、トモというそのお婆さんが、もっと不思議な話をしていた、というので、闇坂にまつわる話を、私は二つゲットしたという事になります。

 ある日、私が遅れて登校した時の事、その理由は、熱を出して寝込んでいたからなのですが、途中から回復し、すっかり元気になったのでそのまま登校、調子にのるな、と母にいわれていたのですが、闇坂で、勢いよく走ってかけおりていったのです。そのとき、私は片耳だけイヤホンをして、大好きなバンド、ハードコアエナジーというバンドの、エナジードリンクという曲をきいていました、皮肉が聞いていい曲でした。
(何か体にいいものはいっテンノー)っていうサビがあります、その(はいっテンノー)のところで、丁度ノイズがした気がしたんです、それは坂の丁度真ん中にさしかかる時の事です、そこにはひとつ街燈がありまして、その街頭が奇妙なことに、ひとつだけ真っ黄色なのです。その地点で、よく変な噂があったのです、ほとんどのうわさは、この地点に集中して発生していました。
これにはいくつか噂があります、昔事故があって、その血痕がのこったので、あとからぬりつぶした、という噂とか、もともと、ここに奇人がすんでいて、村八分のような目にあったので、こういう色にしたのだとか、真偽不明な噂です。
ですが、私の体験した話から推察するに、後者ですね。
私は、のそのそとさぐるように、そのわきの歩道を自転車をひきながらとおりました、何もない、何もない、と思いながら、好奇心にまけてしまいました、そのときです、どこか遠くの世界から響いてくるような、
「こんにちは……」
の声を聴きました、それは、丁度住宅と住宅のはざまでした、しかし、そんなところに、そんな時間に人がいるでしょうか?
そして、その向こうをみると、猫を撫でている少女の姿がありました。私は、はじめてちょっと、そういう経験をしたのでびっくりしました、
猫を撫でている少女など、いるわけがないのです、そこは住宅と住宅のはざま、奥は突き当りで、幅はそれほどありません、30センチあるかないか、です。人が入れる幅などないのです、少女はまるで、加工された映像でゆがんでいる写真のような形で、私が、
「こんにちは」
というと、
「こっちにこんにちは」
と話しかけてきて、そちらも驚いたような姿をして、走り去っていきました。
そのしぐさから、どうやらあの不思議な人は、猫にこんにちは、と話しかけたのだな、と気づきました。

 そこで私は、その三日後、一か月前の8月25日ころ、祖母にそれを相談しました。
そもそも、祖母は大の猫好き、野良すら好きです、だから、私は気づきました、もしかしたら、あれは私の祖母ではないか、と、ノラ猫さえなでるのは、この辺では祖母くらいではないか、と思うのです。しかし、祖母はいいます、そんなこと覚えてないわ、そんな馬鹿な話あるはずないわ、と、
そして冒頭の話に戻ります、私はこれまで、来る日も来る日もトモさんの、いいマメ豆腐——というお店に足しげくかよい、トモさんが好きそうなもの、お孫さんのための花火、などを買ってトモさんから、話しを聞こうとしました。
そして、つい先日、やっと話をきくにいたったのです、
「おいでおいで、あなた、わかいのに根性あるわね、気に入っちゃった、お茶はどう?お菓子はどう?」
お店の奥の住宅兼仕事場へ案内されました、入口にみえるのはレジ打ちマシン、奥にはパソコンがあります、お孫さんは留守でしたが、漫画本が、居間の畳の上にころがっていて、中央には紺色の大きなテーブルがありました、さっきご飯をおえたばかりなのか、ソーメンが残りかけでラップにくるんでありました。
「すみません、おじゃましたします」
トモさんの話を要約します、なぜならトモさんは、セクハラじみた、若いころの、モテモテだったという話を延々され、話しの腰をなんどもおられてしまったからです、しかし私は、メモをしました、なぜなら、2年1組、学級委員長でしたから。花壇の世話をしたのも私です。さぼり委員のせいです。

 トモさんは、居間の座敷で、畳の上に座布団をしき、そのうえで、口を隠しながら私にいいました。
「あなたのお婆さんが、はじめにみたのよ」
「エッ」
やはり、そうでした、はやとちりではなかったのです、きっと私は、時空をこえて、祖母と対面したのです、祖母の身になにかあったかって?急いでかえったけど、何もありませんでした、代わりにもう一つの謎がうまれました、それが今でも私を悩ませています。
「そのあと、私がみたものが怖いのよ、あのね、あの黄色い街燈の真正面の住宅と住宅のはざまがあるでしょ、あそこ、30センチちょっとくらいしかないよね、人がしゃがんだりたったりしたり、ましてやあんなしぐさできるわけないのよ」
「しぐさ?」
彼女は、初めてあった、知らない少女に、と前置きして、
「二度目ですね、ってわらってきたのよ」
といった。
「丁度、あなたのような、そう、ポニーテールの、あれ?あなた……いや、いいわ」
午後6時にになったので、楽しい世間話や祖母、祖母のことや昔話、お孫さんの話をたくさんきいて、それもメモにとって、そろそろきりがいいのでとお、そのお宅をおいとまさせてする事にしました。
玄関口まで見送りに来てくれたトモおばあさんは、さいごに変なことをいっていました。
「へんねえ、あなたな、あなたなわけがないわ、だって、そんなわけが……でもよくにてる、あのときの……お、お、おば……」
私はすべてをさとったように、ふりかえっておどけてみせました。
「おばさん!?」
あらやだ、といってトモおばあさんはにこにこわらっていました、なんとかごまかせたのかもしれません、夕日は沈んで夕焼けがみえました、
商店街の向こう側に、例の闇坂へと向かう大きな橋がかかっていて、向こう側わ、マンションやビルや、商業施設がたくさんあります、夕焼けは、川面も照らしてキラキラとひかっています。

 その帰り道のことです、私はこんな経験は二度とないと、探偵小説の探偵になったつもりで、その日は徒歩で、例の闇坂をとおりかかりました。
私は例の場所、街燈のすぐそばに、駆け足で走りよっていきました、帰り道なので、上り坂ですが、心がわくわくします。
「はあ、はあ」
でもまさかなあ、とおもいつつ、例の黄色い街燈をみつけ高鳴る心臓に、大丈夫、大丈夫、といいきかせながら、暗くなってきた夜空をみあげて、呼吸をととのえその場所へ急ぎました。
あたりには住宅の明かりと私のだす靴の音しかありません。シーンとして虫の声さえひびかない夜の闇坂でした。
私は自分を勇気づけるようにひとりごとをいいました。
「だれかいますかー、その住宅と住宅の……間」
すると向こうから、靴音と人の声がしてきたのです。
「○○さん(私の祖母の声)ここで変な人みたっていったけど、本当かなあ……」
向こうの少女も、何かを話しながらこっちへ聞きます、目的は明らかです。この街燈の下の住宅と住宅の30センチの隙間の秘密を知っている人が
ここにきたのです。前の人とは違い、猫を目的にここにたちよった様子ではありません。
 《キィ、キィ》
 夕日にてらされて、自転車を引く音と靴音がしたかと思うと、30センチの隙間から、向こう側の、やけにぼやけた、古びた世界が投影され、
びっくりした顔の古風な、おさげの、眼鏡の少女がこっちをみていていました。
私は、すぐさますべてをさとったように、にんまりと笑って、こういってやりました。
「二度目ですね、おばあさん!!」
彼女は、悲鳴をあげてさっていきましたとさ、以上、不思議な話でした。



  

闇坂の住人。

闇坂の住人。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-28

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