第4話ー5

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 クリスタルから発せられる治癒最近により彼女の筋肉質な腕の傷がたちまち治癒していく。
 そこはサングダム恒星第6惑星スディスの第2衛星パードにある前線基地の医療室であった。が、医療施設とは名ばかりのほぼ廃墟状態のクリスタルの建物である。美しいクリスタルの兵器面はひび割れ、鮮血や遺体が周囲に散乱し、兵士たちが片づけている。
 軍省総官ン・トハは医療兵の治療を終えると、欠けたクリスタルの浮遊ベッドから立ち上がると、即座に医療室を出る。
 そこには無数の負傷兵の列がクリスタルの廊下を鮮血で濡らし、そこを抜けると今度はシルクのような布で覆われた仮設の遺体安置所に出た。
 あまりにも大勢の兵士の数に、静かにため息を漏らした。そして歩をまた進めると、まだ可動しているクリスタルの司令室へと入室した。
 全員起立しして軍の最高司令官の入室に背筋を伸ばしたが、やることがあまりにも多すぎて、すぐに自らの仕事へ戻った。
「撤退の状況は」
 戦況を生き残った部隊の司令官たちにたずねる。
 司令官たちはクリスタルの円卓を囲み、ホログラムで随時、状況を確認していた。
 総官の現出に一礼すると、白い髭をたくわえ、頬に大きな傷のある司令官が、甲冑を1つ鳴らして報告した。
「こいつはいけない。撤退どころか籠城して各拠点を守るのが精一杯ですぜ」
 口の悪い老兵は、苦い顔をした。
「救援に向かえる部隊は?」
「現状で各部隊を救出するのは難しいです。それよりも本国へ帰還後、軍を再編、惑星ナイアスの調査をもう一度行うべきかと。各方面軍への影響も考慮すべきです」
 アンドロイドの参謀が冷静に、無機質な白い皮膚をピクリとも動かさずに、最善策を述べた。
 確かにそれが現実的であろう。情報にない生命体が現地には存在しており、凄まじい戦力で、まるで獣の波のごとく自軍を飲み込んだ。撤退、再編は道理である。
 が、それでは軍省総官は納得しなかった
「自軍を見捨てることなどできない。あたしの方針を皆も知っているはずだ!」
 不機嫌に長い髪をかき上げ、トハは叫んだ。イラ立ちを押さえることができないらしく、クリスタルの円卓を拳で叩いた。
 軍省総官は、全員を救出する考えである。
 自分のイラ立ちを、呼吸を数度することで抑えると、冷静を装い、その場の司令官たちへ顔を向けた。
「救出部隊の編成と、現地の部隊の状況把握を最優先に動いてくれ。救出部隊が編成でき次第、出撃する。指揮はあたしが行います」
 と、疲れた顔でトハは司令室をあとにした。
 
 急ごしらえの彼女の自室は、前の司令官の部屋だったのだろう、水大麻の臭いがこびりつき、嫌に鼻についた。
 甲冑を脱ぎ身体に染み付いた、味方、敵の鮮血を拭っていると、部屋の奥から少年兵が現れた。
 彼もまた負傷したらしく、クリスタルの器具で脚が固定されていた。
「医療班が閣下のペースについていけないと、嘆いておられましたよ。少しはご自身の身体をいたわってはいかがですか?」
 少年は言いつつ、スイッチ1つでお茶がクリスタルのカップに入る機械で温かいお茶を入れ、総官の横のクリスタルのテーブルへ置いた。
「あたしが軍人になったのは間違いだったのかもしれないな。人の死を見るのはもうたくさんだ」
 お茶を置き、彼女の背中についた血液を拭きながら少年は言う。
「普通だと思いたいです。自分も逃げ出したいです。今でも手が震えます」
 確かに少年の背中を拭う手は震えていた。
 それを感じ取ったトハは、心中で自らがこんなことを言っていたら、下の者が迷うな、と自分に言い聞かせると、血をある程度ぬぐうと、甲冑を装着しなおした。
「生存者の救出に出る。もしあたしが戻らなかったら、上の命令がどうであれ、ここから逃げろ。お前だけは生きて帰れ」
 そう言い置くと、彼女は部屋を立ち去った。

 惑星ナイアスは窒素と酸素、二酸化炭素で大気が構成され、岩石がほぼ惑星表面をしめる、海に乏しい惑星である。
 原住民の文化レベルは高くなく、岩石を削りそこに生活圏を築いていた。ところが現地に存在することのない生命体が軍隊を襲撃したのだ。
 この事態は惑星ナイアスだけでははなく、サングダム恒星系全域で起こっていた。
 そもそもこの恒星系の文化レベルは低く、各惑星に驚異となる生命体は確認されていなかった。
 現状はしかし今の現実だ。
 惑星ナイアスにとりのこされた兵士の総数は1億を超え、各基地同士の連絡は辛うじて通じているものの、連携を取れる状態にはなかった。
 全長20キロのクリスタルの戦艦30万隻で硬化したトハ率いる救出軍は、各基地の上空へと降下していった。
 眼下をホログラムで映し出されると、岩石を削り出した洞穴の都市があり、その中央に岩石には似つかわしくないクリスタルの正方形が建っている。
 全長2キロの正方形の建物の周囲にはドーム型のエネルギーシールド反応が、艦橋のホログラムに映し出されている。
 トハは愕然とした。基地は完全に包囲されている。その包囲している生物の容姿には絶句以外になかった。表面がヌメヌメと粘液で濡れ、骨のようなものが薄い漆黒の皮膚から突き出し、鋭い何本もの触手、腕をうねらせ、巨大ないくつもの顎を開き、粘液をほどばしらせ、耳にするだけで狂気しそうな耳障りな唸りを発していた。
 その数がまた尋常ではないのだ。岩石の都市や大地を覆い尽くす数は、機械が計測可能範囲の中だけでも500万匹を超えていた。
「いったいどこから沸きやがった!」
 クリスタルの計器を叩き、オペレーターがイラ立ちを口にした。しかしその内には恐怖があったのだろう。
「敵生命体は数が多い。すばしっこく怯むことはけしてない。ためらったら死ぬ。全員に伝える。これは救出戦だ。敵の殲滅が目的ではない。最小限の戦闘で引き上げる。救出艦は基地上部より降下。生存者を回収の後、速やかに撤退する。敵の注意を引くため、敵中に部隊を落とす。生存者回収後、敵中部隊も速やかに撤退する。作戦はいたってシンプルだ。しかし敵生命体は行動予測不能だ。速やかに実行してもらいたい。以上だ」
 地上、中空の全兵士へ通信でトハは伝えた。
 彼女も鞘におさめた剣と銃を兼ねた武器を手に、格納庫へ向かう。
 同行したアンドロイド参謀が眼に電子の光を走らせながら言う。
「貴女は国家にとって重要です。ご理解いただいてると思われますが」
「お前は艦に残り指揮を頼む。生存者を回収次第、惑星を離れろ。あたしに拘るな」
 転送で格納庫へ向かうと大勢のクリスタルの甲冑を身につけた兵士がクリスタルの果てしなく広い格納庫の中で、走り回っていた。
 降下艇に乗り込むと、首を振るアンドロイドを尻目にクリスタルの扉が自動で閉じ、無重力エンジンが可動すると、巨大格納庫のシールドが解除され、噴射するようにクリスタルの船が出撃し、各方向へと散っていく。
 この作戦は惑星全域で同時に決行された。
 トハが乗船した降下艇は基地の上部から解除されたシールドを抜け、クリスタルの上部に着地する。正方形の建物の上層に降り立った部隊は、転送で内部へと誘導された。
 その間、外部へ着陸した部隊は、魑魅魍魎の群れへクリスタルの武器で攻撃を開始。艦砲射撃や艦載機からの援護を受け、派手に爆発を演出した。
 基地内部に入ったトハの前に広がったていたのは、疲弊し、戦場で目撃した悪夢に悩まされ、うなされ、自らを見失った兵士たちの姿であった。
 トハは一瞬、仲間の兵士が壊れた姿にたじろぎながらも、同行した兵士たちに回収を託し、自らは基地司令官を探した。
 そして基地の中枢へ向かったトハは目撃することになる。追い詰められた人の行動の酷さを。
 司令官は自らの椅子に腰掛け、その脳髄をクリスタルの床へぶちまけていた。自害である。
 極限状態からの開放を願った末の行動だったのだろう。
 舌打ちしたトハはすぐさま各部隊へ回収艇への帰還を命令した。
 各部隊は負傷した兵士から順番に転送し、基地内に誰もいないことを確認すると、トハも回収艇へ転送した。
 が、怪我にうなされる兵士たちの阿鼻叫喚の中で飛び立つ回収艇から外界を見ると、そこには敵の注意を引いていたはずの味方部隊の姿は、敵生命体の群れに飲み込まれ、まるで虫が餌に集まるかの如き風景がそこにあった。
 トハは自らの命令でまた命が失われた、との悔しさから、クリスタルの壁面を拳で叩いた。
 その時、クリスタルの通信機から通信が入ってきた。それは国王の命令で宇宙の各方面から要塞が集結した鎮圧軍が接近しているとの報告であった。
 なにを! 叫びかけたとき、回収艇は軍艦に収容され、クリスタルの軍艦は大気圏を脱出した。
 するとその遥か遠くからワープ航法で複数のクリスタル要塞が現出した。宝石箱のような美しさがそこに広がった。
「今すぐこの宙域から離れろ! これは命令だ!」
 叫ぶトハ。
 だが状況はもう彼女の予測を超えた速度で最悪へと進行した。
 惑星の表面が突如として、水に溶けた墨汁のようになり、それが噴水のごとく宇宙空間へと飛び出した。噴水と言ってもその規模は想像を絶する。
 黒い液体のようなそれは一直線に宝石箱へと流れ込み、クリスタルの要塞を一気に飲み込んだ。まさしく悪夢が現実になっかのようだった。
 要塞の破壊の衝撃は彼女の乗る軍艦へも伝わり、軍艦は大きく揺れた。
 トハはすぐさま命令する。
「各艦、安全圏へ離脱しろ。けして戦おうとは思うな!」
 
ENDLESS MYTH第4話ー6へ続く

第4話ー5

第4話ー5

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-27

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