52階のお掃除ロボット。

 ある高層マンションの家庭に、それは52階だと聞いているが、ひとつのロボットが巡回していた、それは床を這うようにして呼吸をし、獲物をみつけては、収集し、電力を餌として、人間に媚びる奴隷としての技術と才能を体得している、優れたメーカーの優れた……唯一といっていいほど高性能な円形お掃除型ロボットである、しかし昨今、まっことなげかわしいことだが、このロボットの偽物ができたという、その名も、ドンパである、パチ●ンバとでも名前を変えてやろうかと思うこの頃、しかし、日ごろ飯などを世話になっている、知り合いのT博士の発明品なので、あまり悪くいえないし、文句のつけようもない、なぜなら彼T博士とはとても偉い、人間的に優れた、パンチの効いた、ウィットの効いた存在だからである。

 博士はどうして、その機械を売りつけたか。
「この掃除ロボットだけでは少しばかりホコリやチリを吸い残してしまうのよ、かといって愛着を感じているので、メーカーに修理やメンテナスを依頼して、何度も蘇生していただいているの、そうね、いわば、ペットというより、我が家の一員といっていいわ」
とご婦人はおっしゃる、そしてコンマ数秒のうちにそれを覆すような次の言葉を吐いた。
「でも、私お掃除嫌いなのよね」
矛盾しておる、だからこそ、博士はドンパを完成させ、その高層ビルのお得意さまに売りつけたのだ。

「まあかわいい!!さすがご高名なT博士だわ、私博士の本はすべて読んでいるのよ!このドンパ!!しゃべるじゃない、部屋の明かりをつけたり消したりもするじゃない!!すごいわ!!愛着も生まれるし、本当すごいんだから」

 しかし、忌まわしい、ご婦人いわくいまでも悲しくなるというあの忌まわしい出来事が起きたのは、先週の事であったという、空にどんよりとした雲がかかり、ビル風が強いので開けていた窓をしめ、エアコンのスイッチをいれた、7月のこの頃。
それは、深夜のことであった、リビングから物音がする。
「おかしいわね……電化製品もろもろのスイッチは消しておいたはずだわ、ドンパちゃんも●ンバちゃんも死んだように眠っているはずよ」
婦人、自分では掃除をしないでおいて、埃のない床を見ると、とてもうっとり、また眠りこけてしまった。

そのころ、リビングのフローリングで起きていたこと、それは世にいう、兄弟げんかであった。
「この●ンバ!!おまえ、ホコリ掃除中途半端でいて、かわいがられて、ずるいぞお前、このこのこの!!」
ドンパは、細長い腕と胴体、まるで甲殻類のそれのようなものを、丸い体の中央下部からのぞかせて、またザリガニやエビといったたぐいのものと同じ
アームを、弟分と呼んでいる●ンバにめがけてふりおろし、痛めつけていた、彼の胴、肢体すべて鋼鉄製の体である。

「キャアア!!」
悲鳴がしたのはそのリビング、ドンパの●ンバ痛めつけ事件から、およそ30分かそこら経過したあとの事だった。
婦人はかの事件をこう呼んでいる。
「恐ろしい兄弟げんかでした、もう二度と、あんな事はさせたくない、でも二人とも、私の愛らしい……家族です!!」
そういって最近は、掃除嫌いの婦人は、まるで人が変わったように、掃除を自分でするようにあんった。
埃掃除は自分でしているという、役割分担のため、ドンパはスマートスピーカーとして利用しはじめたのだという。
家庭の雰囲気はがらりとかわり、本物の家族たちも、ママの恐るべき電化製品への愛情を、形をかえた自分たちへの愛情として受け取る事になった、
思わぬ収穫である。

 そして、博士の狙いとは、初めからそれであった、と私に、白い歯をみせて、がははと笑う。一体何の自慢であろうか、私はしがない小説家である。
「まった、面白おかしく、かいてねーかいちゃってねー、かきかき、かきかき、俺は頭をかくのだよーがははは」
面白くない人間だ、しかし、やっている事は面白い、彼はそのウィットを自慢したいのだ、自慢する相手が天涯孤独の鍾乳洞雄一、私をおいてほかにいないのだ、それはある意味、人生相談といっていい、だからこそ私は博士に一言いってやった。

「ドンパとは、ダサイですね」

そのときの博士の顔は、何気こわばっているように思えた。

52階のお掃除ロボット。

52階のお掃除ロボット。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-26

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