ある怪盗と深夜、未知との遭遇。

 人間の群れを観察する、高度400mをこえて、深夜にもかかわらず、アリのような群れが見える、あれは人ではない、機械だ、車だ。ビルの上から見る夜景は、ロマンを感じるほどの余裕はない、なぜなら、これが普通の上り方ではなく、外側の壁面にへばりついた、悪い登り方だからだ。そしてアリのだれも、空に、真夜中に、こんな人間がいるとも気づかずにいる。
退屈だ、本当にそう思う、そういう言葉が、真面目な人間生活にとっての、不穏当な発言だとすれば、きっと、自分の生き方、生活の仕方こそが、不穏当で、自分が生まれたことこそが特別な出来事で、人間社会にとっては、不条理な存在が、自分。
最初に盗んだのは、コンビニエンスストアの飴玉だ、初めは些細な事だったとしても、徐々に自分の欲求は、目標はエスカレートしていった、犯罪とは、規範に背く行為で、そうした悪い行いでしか生きる欲求を駆り立てられない、無責任な人間として自分は、哀しくも、人の財産や、人の作ったものを、“盗み取る”ということにおいてしか、自分の意義を証明できない。だからこそ、不穏当とか、正義だとかいう言葉をしらない、自分がそれを語るのにおかしさは存在しない、不穏当とは、秩序の内側にいるものに向けられた言葉、マスクで隠した巷をにぎわす、この強盗“レプリカ”、この発言を、誰も、おかしいことだとは思わない、それこそが、退屈だ。だからこそ、“窃盗”こそ、この文明社会から、決められた秩序から、ありふれた、むしろ、あふれ出たような、豊かさを、“横取り”をする快楽は、自分の至福の、至上の喜び、そう感じていた。今日、このときまでは……。

ゴム製の吸着装置を、ビルの壁面の、ガラス張りの窓にはりつけて、ゆっくりと移動していく、ここまでくるのに、2時間はかかった、両手両足、淀みなく、動かしつづけていた。
今日は高度500メートルのビルの屋上を目指し、そのすぐ手前まできた、しかしその最中だった、自分にとって、
不自然な出来事に遭遇したのは、ちょうどそのときだった、
ビルの中から、声がした、それは聞き耳をたてずにはいられないような、甘い甘い、人外の者と思える、合成音声のような、妙な響きの声だった。
《こっちだよ、こっちだよ》
「声??」
そんなわけはない、疲れているのだ、ビルは明かりという明かりが消灯の状態になっている。
早く最上階をめざさなくてはいけない、階にして、あと二階あがるだけだ、きっと深夜、幽霊か何かだろう、
そう考えることにして、再びビルの壁を上り始めた。
《君が欲しいものは、君の退屈をみたすものは、本当にその宝石かい》
「!?」
 いったいなんなのだ、まるでこいつは、さっきの、さっき自分が発した。
「退屈だ」
の言葉を、無意識に口に出していた言葉を、聞いていたようだった、やがて、少しためらいをもっていたが、少し考えた。
このまま任務を終えると、いつものような退屈がまっている、そう考えると寂しい。
 (そうだ誰もこの怪盗を、一度たりとも
危ない目に合わせたことはない、幽霊だとしてもこれほど“退屈”な強盗にも飽き飽きしていたところだ、寄り道も、案外楽しいかもしれない。)

 なんの気の迷いか、“強盗としての行いに魔がさした”とでもいおう。
すいよせられるように、その場所をめざした、退屈していた俺は、さしたる興味もない宝石を目指すのをやめ、そのあたりをまさぐり、ガラスをやぶる器具をとりつけた。
《ガラン》
薄暗い部屋におりたった、ガラスは内側におれて、パタン、と音をたてる、窓ごとひとつ、開いてしまった、わけもなくこんな痕跡を残すとは、怪盗レプリカとしては、少々魔が差したとでも言わざるを得ない。巷をにぎわす大悪党——怪盗レプリカ——が、単なる普通の本屋アルバイトのわかい――18の青年であることは——よく知られて……いない、誰も気が付かない、魔がさしたのだ、誰かに、俺のこの寄り道の痕跡を見てもらおう、
魔が差す、というときの悪魔は、なんていう名前の悪魔だろうか?あまりにも足がつかないので、退屈で、その日、僕は仕事上で、初めてその悪魔と対面することにしたのだ。

 ちらり、と全体をみわたした、意外にも狭い部屋だ、そしてつめたい、窓はなく、ほとんどが壁で、そしてドアもひとつしかない、そのドアもとても厳重な、鋼鉄製のドアだった、とってさえ、まるで銀行の金庫のような、ハンドルがついている。
部屋の一面を覆いつくすように、もくもくとわきたつ煙、コンクリートでかためられた簡素な部屋、そして厳重、とでもいうべきか、幾代ものスーパーコンピューター、のようなものにかこまれて、ひとつの巨大な“窯”のようなものが、丁度部屋の真ん中にどっしりと鎮座していた。
窯は鉄製だった。そして窯は正面の下部に、ガラス製の窓をもち、――厳重に黒いゴム製のふちがついているふたで——まるで巨大な、電子レンジのようなものの中に、脳の、丁度そっくりな形をした機械がある。それは、脳の形状をしていて、きらきら、ぴかぴかと光をはなつまるで、ダンスホールのミラーボールのような色使いの、人の脳の形状をした何かがそこにあった。
 
 初めは何かわからなかった、が、何だか、まだ知らない、だが、この部屋に入った途端に、中央にあるその窯と人間の脳を見た瞬間に、
自分の中の内なる欲求が、満たされていくのを感じたのだ。
しばらく。きっと10分くらい、呆然と立ち尽くしていただろうか、その間、無防備にも、自分は気を緩め、全身の力をぬいていた。
彼は、そいつは、その物体、は、僕に話しかけた。
間違いなくそうなのだ、と感じた、そして直後、後頭部に鈍痛を感じた、すると窯の両端にある、左右一対、指が上下二本のついたアームがいま起きたばかりの人間の腕のように、こんにちは、と上空にたちあがり会釈をした。

《ぼくと、友達に、なろう》
“なぜ”
声は発していない、ただ相手には声を発さなくとも聞こえる、そんな気がした。そしてその勘は、するどく正しい勘だった。
返答はすぐに来た。
アームがうれしそうにばたばたと、力こぶをつくった形のまま、前に三回転した。
《お返事ありがとう、君はけさ、高度828mの世界一高い中東のビルから、スカイダイビングする夢をみただろう》
“なぜそれを?”
《僕は君、君の根っこのところをしっている》
自信満々の奇妙なミラーボールは、こんな風に言葉をおえた。
《君は本当は泥棒なんてしたくないんだ、僕も同じ、人の心の泥棒なんてしたくない、もし君が僕を盗みだしてくれたら、僕はもう君一人の心を満たすだけでよくなる、どうか、契約してくれないか、僕を売らず、ただ盗むというだけなら、君に知恵と、満ち足りた心をプレゼントしよう。》

私は怪盗だ、退屈なんてしてはいない、世界から何百番目に高いビルの上、高層ビルの屋上にある展覧会場の、豪華な、きらびやかな宝石を盗むつもりだったが、なにがどうしてこんな事になったのか、こんなことになってしまった。
 仕事を放棄して、熱中するほどの、何かに、あの怪盗レプリカが、無敵の怪盗レプリカが、一回も捕まることも知らず、誰にも知られる事のない正体が、こいつに、こんな機械の脳みそに……。
《仕方がないよ、僕は、脳派に直接アプローチする、第四の欲求というものを掘り下げる事ができるのさ》
つまり、心のうちに声が響くのが聞こえた、そしてその声は、その人間の心の中の、未知なるよくを刺激する……そういう事だろう。
彼によるとたまにあるのだという、自分の才能に引き寄せられた通りがかりの人間、階を間違えたサラリーマン、ガラス掃除の人間、警備員が自分に引き寄せられる事が、しかし、私は面倒なので、その時は失神させるのだという。

《食欲、性欲、睡眠欲、それに付随する形で、あまたの欲求は、幻想であるとしっている欲がある、それは承認欲求だ、君は、匿名怪盗であるがゆえに、誰も本当の君をしって、本当の君をほめてはくれない、そのことに嫌気がさしていたのだ、さあ僕を最後に盗みたまえ、さあ友達になろう》

僕は、彼の説明も聞かず、ミラーボールのような、人工の脳のような、そいつを抱えて、一人部屋を見渡した、うるさいPCファン、監視カメラは室内に存在しない、彼によると“国家機密プロジェクト”らしい、どこまで本当のことだろうか、あるいはこれはすべて夢かもしれない。室内から電気はもれていない、役にたつのは、部屋に入るときに装着した、特注の暗視ゴーグルくらいだ、ガラス片一つ見逃さない、ふりかえる。本当に何もない部屋だ、窓際には、突き出した両端の壁、コンクリートでかためられて、ひんやりとつめたい室内、科学者以外に誰がこの部屋を好むだろうか、いくら格安貸し出されたとしてもロマンもクソもないのだ、この部屋には、人間の新しい欲求を刺激する、化け物しかいない、そしてもう、それも過去の話。
「今日はこれだけで許してやろう、面白いものを手に入れたぞ!!」
そう書置きをのこして、夜の闇へ、ふたたび飛び出した。
そして俺は、その部屋のガラス窓のへりにとりつけたロープをつたって、さすが怪盗、数十分で、地上へと到着した。
《ふふっ》

——それから、三年もの月日がすぎた。
“イマジナリーAI”
 そう名乗った彼は、いまでも自分の相棒だ、彼の知識を活用して、小さなベンチャーのIT企業を立ち上げた、彼は文字通り、私とともにある、初めこそいやだと断ったが、彼は文字通り私の一部になる事がある、脊椎と直接つながり、私の脳の一部になり、私をハックして、私の代わりに仕事をする、唯一無二の親友である。

ある怪盗と深夜、未知との遭遇。

ある怪盗と深夜、未知との遭遇。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-26

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