ある探検家の苦悩。
「ここはどこだ」
ある島の洞窟、
ヘルメット・ライトが照らし出す、洞窟内は、まで眠りこけていたコウモリたちがぎゅうぎゅう詰めに、所せましと天井に行列をつくる。
朝方の洞窟は、こんな感じだろう、湿り気を帯びた洞窟は、近頃の多いとおり雨の名残を残している。
私は壁にてをかけ、ボルトを手探りにさぐり、カナビラをあたらしく、手元のボルトにひっかけた、壁面は冷たい。
「湿っている、暑い、だが、ツバメの巣を持ち帰らなくては」
探検家の生活も楽ではない、希少品ほど、命の危険や、リスクが高いものだ、某国で高く売れるツバメの卵は、よりにもよってこんな洞窟の奥地、
こんな高所にしか存在しないとは、高級食材はこうして、値が吊り上がっていくものなのだろう、もっともいまつるされているのは、人間、洞窟の奥でぶらさがり、もちろん許可はとったのだが、国の管理がある程度厳重でもある、命綱にぶらさがり、しかし、管理とはいってもきっと、死んだところで誰も補償はしてくれない。
私はたまに、こういった魂の冒険の最中に集中力を失う事がある、しかし、そういう時、こう考えるのだ。
「あれを思い出せ」
と、それは、登山家の父が良く言っていた事である。
「人間、尻に火がつけばなんでもできるものさ」
実際、私の尻には火がついている、いつも、同じなのだ。生活苦と、友人だよりの生活。探検にすべてを身をまかせ、テレビへの出演や、執筆活動、SNSでの日常の発信。最も気に入っているのはこれだ、その時々の悩みを、私の生と死の実感を、大多数のだれかに、あるいは少数のだれかに、私が発信することができるということ。時代の力はいくらでも活用する。
そういった、非日常的アイデアにささえられて、ギリギリの文明人としてのいっぱしに生活を送らせてもらえている、もともと、ありとあらゆる出会いには、へっぴりごしで、現代的な日常生活には疎ましさ、あるいは恐怖といったものを感じている、しかし、そういったときに私の尻に火をつけるのは、5年前に他界した、信頼なる家族、父の前述の言葉と、そして最後の散り際である。
父の友人、父のガイドをしていた、有名な登山家は、そのとき初めに電話をしてきた。一緒に登山している途中で、父の、捜索の知らせ……、そして絶望的な状況、その後、息を荒くし、ひどく動揺した様子で、落ち着いたとたん、
「ああ、油断したな、慣れてきたときが一番あぶないんだ」
ふいに、突然に、こう、哀しげにつぶやいた。
父の死の苦しみ、それは私の、生の苦しみであり、私の人生について、私が考えるきっかけでもある。
5年前のあの日、彼は彼なりの人生を精いっぱいいきて、そして、散った、散り際も綺麗なものだった、世界一高い山の登山に挑戦、人生3回目の挑戦だった。私に人としての生き方を説いた人、私に自分のすべてをさらけ出して、教育をほどこしてくれた人。だからこそ私は考える、散る事を考え、散ることを理想として、私は私の生き方を全うする、だからこそ私は私の尻に火をつけている、だからこそ私は考える、私が私である意味と、そういう私が世界に求められることの意味を、色々なものから逃げて来た人生だったけど、今はこの洞窟の中で、私の在り方を探しているのだ、たったひとつ熱中できること、たったひとつ集中できること、それさえあれば、人間、生きていける、
たとえそれが、自分の命を危険にさらさなくてはならない、という矛盾にも思える、ジレンマを抱えたとしても。
といっても、今回は、大した危険はないのだが……。世界中にはもっと危険な場所にある高級食材がある。
「ふう……ちょっと、休憩」
丁度いい穴を見つけた、そこに両足をおいて、命綱にぶらさがると、地上よりも随分らくだ、うでの力を少し緩めた。
「……」
しばらくの休憩の後、眼前、頭上にまで迫ったツバメの巣と視線があった、彼はピンボケな目で私をみている。私は速度をはやめた、ずんずんと
上へのぼっていく、あと少しの距離のところまで……もう少しで手が届きそうだ。
「うっ」
右腕を岩肌にひっかける、随分頑丈な段差ができている、断層が見える、が、剥がれ落ちそうにもない、洞窟内で積み重なった歴史と過去を考える。
左手をのばし、別の場所へひっかける、つきだした三角形の岩肌、範囲は狭いが、こちらも崩れる気配はない、少し両腕の距離が遠い。左手の位置が右手よりいくぶん高い。
左足は、左手をおいていた場所、内またにして足をおけば、ひっかかるようになる、むしろ、嵌ってしまうほうが大変だ、靴底は、にぶいゴムのような音をたてた。――とその時だった。
《ぶらり・ぶらり》
右足は、一瞬、宙にういた、しかし、そのとき、私の生命の——勘が働く、何らかの訓練を積んだ人には、そういった一瞬の、正しく思える勘が働くときがある——そしてそれは往々にして成功への近道、探検家としての勘は、長年培われてきたものだ。
「うっ!!」
私は、ツバメの巣に手を伸ばし、楽々と手に取った、しかし安心はしなかった、3度目の正直だったからだ。
右足は、新しいでっぱりをつかんだ、それはちょうど、おへそのあたりにあったが、ひと呼吸すると、私はリュックに巣をいれて、価値が下がらないよう、傷つけないよう、洞窟ないの壁にできあがった、自然にできた壁面の、階段を降り始めたのだった。
私の動機など、大したものではない、尻に火がついたからだ、中学、高校、大学、受験、宿題、レポート、課題、単位、職業、年齢、いまでも、火がつかない場所をさがして、原稿締め切り、ファンとの交流、あさましい方法で、自分の尻に火をつけているのだ。
ある探検家の苦悩。