シロヒメは大馬獣なんだしっ❤
Ⅰ
「ぷりゅんりゅりゅんりゅんりゅん♪」
「ヒヅメ磨けよ」
「ぷりゅんりゅりゅんりゅんりゅん♪」
「毛並みブラッシングしろよ」
「ぷりゅんりゅりゅんりゅんりゅん♪」
「飼い葉いっぱい食べさせろよ」
「ぷりゅんりゅりゅんりゅんりゅん♪」
「また来週ー」
一人二役――
というか、一『馬』二役で歌う白馬の白姫に、
「白姫……」
アリス・クリーヴランドはあぜんと、
「いつにもまして……なんなんですかそれは?」
「騎士の心得を歌にしたものだし」
「騎士の心得?」
「そうだし」
「いや、騎士の心得というより全部白姫のことじゃないですか。白姫の願望じゃないですか」
「そうだし」
「あ、あっさり認めましたね……」
「ぷりゅーか、全部馬にとって大事なことなんだし。馬を大事にする教えなんだし。騎士が馬を大事にしないでどうするし」
「それは……その通りですけど」
「なら、やるし」
「えっ!?」
「ほら、教えに従って! やるし!」
「は、はあ……」
白姫にせかされ、アリスは『心得』を実践し始める。
「ヒヅメ磨けよ」
「うう……なんだか納得いかないんですけど」
「なんてことを言うアリスだし。馬を大事にしないと恐ろしいことが起こるし」
「恐ろしいこと?」
「馬の鳴く夜は恐ろしい」
「な、なんですか、それは……」
「とにかく何かわからないけど恐ろしいことが起こるんだし。ぷりゅ田一探偵がやってくるんだし。『きっとぷりゅ』なんだし」
「きっと『ぷりゅ』?」
「ぷりゅ~、きっとぷりゅ~♪」
「何も来ませんよ、きっと……」
ぐったりしながらつぶやくアリス。
しかし、そのとき彼女は知らなかった。
白姫の言っていたことが……現実になるということを。
Ⅱ
「白姫ー。どこですかー」
その日――
なぜか朝から白姫の姿が見えなかった。
「どこへ行ってしまったんですかね。ごはんも食べないで」
そこに、
「大変だ!」
小さな影が駆け寄ってきた。
鬼堂院真緒。アリスや白姫と一緒に暮らしている六歳の女の子だ。
「どうしたんですか、真緒ちゃん?」
「白姫が大変なのだ!」
「白姫が?」
「うむ! 早くこっちに!」
小さな手に引かれ、アリスは戸惑いつつも後に続く。
「う、アリス」
連れてこられた屋敷のリビングには、何玉鳳(ホー・ユイフォン)の姿があった。これまたアリスたちと共に暮らしている少女だ。
「何かあったんですか、ユイフォン?」
「う、テレビ」
「テレビ? ああ、白姫はテレビが好きですけど……」
「そういうことではない!」
彼女にしてはめずらしくあせった声をあげる真緒。
すると、
『ぷりゅーーーーーー!!!』
「え……!?」
不意に白姫の鳴き声が聞こえてきてアリスは驚く。
「えっ、し、白姫? どこにいるんですか?」
『ぷりゅーーーーーー!!!』
「あの、どこですか、白姫? 白姫ーーーっ!」
「ここだ」
真緒が指さした――そこにあったのは、
「いえ、真緒ちゃん、いまはテレビを見ている場合では……」
「テレビを見ている場合なのだ」
「えっ?」
あらためてテレビを見るアリス。
――そして、
『ぷりゅーーーーーー!!!』
「あ……」
気づいた。
鳴き声がテレビから聞こえてきたことに。
そして、テレビ画面には、
「この子……白姫に似てますね」
『ぷりゅーーーーーー!!!』
「鳴き声もそっくりじゃないですか」
『ぷりゅーーーーーー!!!』
「けど、何か……あれ?」
アリスは違和感に首をひねった。
テレビに大写しになっている白馬。どこと言っておかしなところはないように見えるが何かがおかしい。
「あっ」
そうだ、景色だ。
一見すると、平凡な街並。
しかし、決定的に違うところがあった。
大きさだ。
中央の白馬に比べて、周りの建物が圧倒的に小さいのだ。
「ええと……なんですか、これは?」
混乱するアリス。
すると、真緒が言った。
「大馬獣(だいばじゅう)だ」
「……え?」
「大馬獣なのだ! 街に大馬獣が現れたのだ!」
真緒の言葉に――アリスは、
「だい……ばじゅう……」
「そうだ!」
「ええと……」
アリスはますます混乱し、
「あの……それは『大怪獣』みたいなものですか?」
「そうだ」
「………………」
あらためてテレビ画面を見るアリス。
高層ビルの間を地響きと共にのし歩く白馬。確かにその姿は大怪獣と言ってもおかしくない威容であった。
「本当に……大馬獣が……」
が、すぐにアリスははっとなり、
「い、いや、いませんから、大馬獣なんて!」
「いるではないか」
「これは……だってテレビですよ?」
アリスは、自分にも言い聞かせるように、
「これはテレビですから。だからきっと作り物なんですよ」
「そうなのか?」
テレビを見る真緒。
「うーむ……本物のように見えるが」
「ち、違いますよ。だいたい大馬獣なんて、どこから……」
そこでまたはっとなるアリス。
(そういえば……今朝から白姫が……)
再びテレビを見る。
そこには白姫にそっくりな――
「いやいやいや……」
アリスは弱々しく首を横にふり、
「そんな……白姫のわけないじゃないですか。だいたい白姫は大馬獣じゃないですよ? 普通の白馬ですよ? ……まあ、普通と言うには、いろいろと変わってますけど」
「何かあったのではないか」
真緒のつぶやきに、アリスは息を飲む。
(ま、まさか……)
白姫は言っていた――
『馬を大事にしないと恐ろしいことが起こるし』
アリスは激しく動揺し、
(そ、そんな……。自分、白姫のこと、大事にしてましたよ? 白姫からはまったく大事にされませんでしたけど……)
疑問と不安を入り混じらせながらテレビに映った大馬獣の顔を凝視する。
と、そのとき、
「確かめに行こう」
真緒が凛々しく言い放った。
「この大馬獣が白姫かどうか。みんなで確かめに行くのだ」
「えっ、ちょっ、真緒ちゃん!?」
「媽媽!?」
アリスだけでなくユイフォンも驚きの声をあげる。ちなみにユイフォンは、年下でありながら自分よりはるかに頼りがいのある真緒のことを『母』と呼んで慕っていた。
「で、でも、真緒ちゃん……」
「あぶない……」
止めようとする二人を真緒はきっとにらみ、
「何を言っているのだ! 白姫かもしれないのだぞ! 白姫は友だちではないか!」
「それは……」
「うう……」
そう言われると二人も反論はできない。
「行くぞ!」
もちろん真緒を一人で行かせることはできない。アリスとユイフォンは、真緒に続いて屋敷を飛び出していった。
Ⅲ
「ぷりゅーーーーーー!!!」
遠くに大馬獣の咆哮を聞きながら、
「す、すごい迫力ですね……」
屋敷近くの小高い山の上から、アリスたちは街の『惨状』を眺めていた。
「白姫……どうしてこんなひどいことを」
真緒がつらそうに言う。
アリスはあわてて、
「いやまだ白姫と決まったわけでは……」
「では、誰なのだ?」
「誰と言われても……」
そのとき、
「プジラ」
「えっ?」
驚いてユイフォンを見る真緒とアリス。
「なんだそれは、ユイフォン?」
「テレビで言ってた。大馬獣の名前」
「プジラ……!」
その名前を共に口にし、二人は表情をこわばらせる。
「大馬獣……プジラか」
「ほら、やっぱり、白姫じゃないんですよ」
「ユイフォン」
真緒がユイフォンに、
「プジラがそう名乗ったのか?」
「違う」
ユイフォンは首を横にふり、
「テレビで決めてた。『ぷりゅ』って言ってるからプジラだって」
「そのままですね……」
思わず肩を落としてしまうアリス。
一方、真緒は真剣な表情で、
「自分で名乗ったわけではない……ということはやはり白姫かもしれないのだな」
「真緒ちゃん……」
「アリス! ユイフォン!」
「は、はいっ」
「う!」
「行くぞ」
「えっ……!?」
アリスとユイフォンの戸惑う声が重なる。
「行くって……」
「もちろんプジラのところにだ!」
「えぇっ!?」
「あ、あぶない……」
今度はユイフォンも必死になり、
「媽媽に何かあったら大変……」
「白姫に何かあっても大変ではないか」
「だ、だけど……」
その次の言葉を出せないユイフォン。
するとアリスが代わって、
「真緒ちゃん! 相手は大馬獣なんですよ!」
「だが白姫だ!」
「その……白姫かどうかはまだ……」
「私にはわかる! 白姫だ!」
「真緒ちゃん……」
アリスはそれ以上強く言えなくなる。
もともと真緒は勘のするどいところのある子だ。
困っている者がいると不思議とそれに気づくことが頻繁にあり、ユイフォンもそうやって屋敷につれてこられていた。
「みんなが行かなくても、私は行く!」
「あっ!」
「媽媽!」
こうなるとまたも二人には止められない。
「待ってくださーーい!」
「まってーー!」
来た道を勢いよく駆け下りていく真緒に、アリスとユイフォンもあわててついていく他なかった。
Ⅳ
街は――
阿鼻叫喚に包まれていた。
「はわわわわ……」
「ううううう……」
各所から響く爆発音。そして人々の悲鳴。
日常が完全に失われたその光景に、アリスとユイフォンはただ立ち尽くすしかなかった。
「ま、真緒ちゃん、戻りましょうよ……」
「媽媽、戻る……」
真緒は、
「だめだ」
毅然と言った。
「プジラのもとへ行くのだ」
「で、ですけど……」
すでに逃げてくる者たちから身を守るので精一杯な状態だ。これ以上は真緒の安全さえ保証できない。
すると、
「媽媽、あぶない」
ここは引けないという強い口調でユイフォンが言った。
〝娘〟であるユイフォンにとって〝母〟の無事は何より優先されることだ。
「しかし……」
ユイフォンの想いを受け、初めて真緒がゆれる。
と、ユイフォンが、
「代わりに行く」
「えっ」
「プジラのところに。ユイフォンが」
「ユイフォン……!」
驚いてユイフォンを見るアリス。
「だ、だけどユイフォンだって危ないんですよ? 相手は大馬獣ですよ」
「う……」
わずかにひるんだ様子を見せるも、すぐに表情を引き締め、
「やる。媽媽がやるなら、ユイフォンがやる」
「ユイフォン……」
真緒が優しい笑みを見せ、
「ありがとう。さすがは私の娘だ」
「うー」
真緒にほめられ、こちらもうれしそうに笑うユイフォン。
「しかし」
真緒の顔が真剣なものに戻り、
「母として自分の代わりに娘を行かせるわけにはいかない」
「う……で、でも」
「そうですよ。それにユイフォンは真緒ちゃんを守らないと」
「う……!」
アリスの言葉に、はっとなるユイフォン。
「けど……じゃあ誰が……」
そうつぶやいたユイフォンの目が――
「え?」
ユイフォンの視線を受けたアリスがあたふたと、
「えっ、あ、あの……自分ですか?」
「う」
「いやあの……『う』って言われても……」
「………………」
「無言で見つめられても……」
「アリス」
真緒が前に出る。
「無理をしなくてもいいぞ」
「え……」
「もともと私がわがままを言ったからなのだ。それに二人を巻きこんでしまって……すまなかった」
「いえ、あの……」
「やはり、私が行かねば」
あらためて決意をにじませる真緒に、アリスはあわてて、
「いや、だ、だめですよ!」
「だめではない」
「そんな……」
「私が行くと言ったことなのだ。私が行かなくてはだめだ」
「だめじゃないです!」
大きな声をあげた瞬間――アリスは覚悟を決めていた。
真緒は、
「だめじゃないということは、やはり私が行っていいと……」
「そういうことではなくて! 真緒ちゃんが行かなくてはだめということがだめじゃないということです!」
「む……?」
「う?」
真緒、そしてユイフォンも首をかしげる。
アリスは己をふるい立たせるように、
「自分が行きます。真緒ちゃんは安全なところにいてください」
「アリス……!」
「ユイフォン、真緒ちゃんをお願いしますよ」
「う」
「では、行ってきます!」
「あっ、アリス……」
思わず止めようとする真緒だったが、それをふり払うようにしてアリスは災禍の中心に向かって駆けだしていった。
Ⅴ
――ズシン!
「っ」
一際大きな地響きに転びそうになるアリス。
いつの間にか、周りにはアリス一人しかいなかった。近隣の住人はすべて避難してしまったのだろう。
「………………」
あらためてー―
視線の先の巨影に息を飲むアリス。
この距離まで近づいてしまうと、とてもそれが馬だとは思えない。見上げるばかりの巨大な壁……まさに大馬獣と言うべき威圧感だった。
ひるむ自分に喝を入れ、アリスは前方の巨影に向かって進んだ。
「っ」
――ズシン!
「ううっ……」
ズシン! ズシン!
地面の揺れはどんどん大きくなり、まともに立っているのもやっとというほどだ。
それでもアリスは進んだ。
そして、
「白姫――――――――――――っ!!!」
――ズ……!
「!」
地響きが――止まった。
「白姫……」
かすかながら安堵の気持ちがこみ上げてくる。
こちらの言うことが伝わった……。
やはり、大馬獣プジラは白姫だったのだ。
(でもどうして……)
あらためてその疑問が浮かぶ。
しかし、いまはそれを考えるべきときではないとアリスは頭を振った。
「白姫……!」
相手が白姫なら――
自分の友だちであるならこんなことはやめさせないと!
「白姫、聞こえてますかーーーーっ! 聞こえてますよねーーーーーーーっ!」
返事は――ない。
それでもアリスはめげず、
「何をしているんですか、白姫――っ! みんなの迷惑になるようなことはやめてくださーーーーい!」
応えは、やはりない。
「そもそも、どうしてそんなふうに大きくなっちゃったんですか! どうすればもとに……」
そこまで言って、アリスははっとなる。
「ひょっとして……戻り方がわからないんですか?」
そうだ。
きっとそうに違いない。
いくら白姫でも、ここまでのことを自分の意思でやるはずがない。
白姫は――苦しんでいるのだ。
それはそうだ。
突然、巨大化してしまい、しかも戻ることができない。周りの者は自分を恐れて逃げ回るばかり。
誰も自分の話を聞いてくれない。わかってくれない。
こんな孤独でつらいことがあるだろうか。
「白姫……」
アリスの目に涙が浮かぶ。
「これからはもっと大事にしますから! ヒヅメもいっぱい磨きますから! だから……だからもとの白姫に戻ってください!」
――プジラは、
「………………」
やはり無反応――
と思ったそのときだった。
「……!」
聞こえた。
空気をふるわせてかすかに。
しかし、はっきりと。
それは――
「白姫!」
歌っていた。
アリスの耳に、その空気の振動は歌として聞こえた。
プジラの声からもれる低いうなり。ゆっくりとしたものであったが、それは確かにリズムを刻んでいた。
「やっぱり……白姫なんですね……」
あらたな涙がこみあげてくる。
白姫は歌が大好きだった。たとえ身体は大馬獣となっても心は白姫のままなのだ。
「白姫―――――――っ!」
アリスは感動する想いのまま、プジラに向かって走った。
それに応えるように……プジラも――
「ぷりゅ」
――ぷちっ!
「う!?」
驚愕の声をあげるユイフォン。
「ううう……アリス踏みつぶされた……」
その同じ光景を、真緒もユイフォンの隣で見ていた。
アリスが一人でプジラのもとに行くと言ったあと、やはり気になると、ユイフォンと共に遠くを見渡せるビルの屋上に上がった真緒。
そこで見たのが、衝撃の瞬間だったのだ。
「………………」
「媽媽!?」
歩き出した真緒に、はっとなるユイフォン。
「ど、どこに……」
「ユイフォン」
真緒は優しい微笑で、
「ユイフォンはここにいていいぞ」
その瞬間、ユイフォンにはわかった。
真緒はプジラのところへ行くつもりなのだと。
「うー」
ユイフォンの表情が険しくなる。
「……ユイフォン?」
「うー」
「『うー』ではわからないぞ。何を怒っているのだ」
「媽媽……ひどい」
軽く目を見張る真緒。そんなことを〝娘〟から言われるのは初めてだった。
真緒は、かすかに戸惑い、
「何かひどいことをしてしまったか?」
「まだしてない」
「む?」
「でも……ひどい」
こわばった表情が崩れ、ユイフォンは涙をこぼしそうな顔で、
「媽媽……ずっと一緒……」
「っ……」
「『ここにいていい』なんて……ひどい」
言葉をなくす真緒。
そして、
「……すまなかったな」
「う」
「よし」
真緒はあらためて笑顔を見せ、
「一緒に行こう、ユイフォン」
「う!」
「何かあったら私がユイフォンを守るからな」
「ちがう。ユイフォンが媽媽を守る」
「それはだめだ。私はユイフォンの母だからな」
「ユイフォンも媽媽の娘」
「いや、私が」
「ユイフォンが」
そんな仲の良い言い合いをしながら、二人はビルを下りていった。自分たちもどうなるかわからない……その不安をまぎらわせるようにして。
Ⅵ
――ズシン!
「うわっ」
すぐ目の前にプジラの足が下ろされ、震動に転びそうになった真緒をそばにいたユイフォンがすかさず支えた。
足が上がり、視界が開ける。
「………………」
大きいなどという言葉ではとても言い表せない。
一瞬で視界が真っ暗になる。
至近距離で見たプジラの巨大さ、圧倒さは、二人を畏怖させるのに十分すぎた。
正面からでは危険だと、ビルとビルの間に身を潜めてプジラが通るのを待っていた二人。しかし、その巨体を間近に見て、足がすくむのは避けようがなかった。
「ううう……」
ユイフォンの口からふるえ声がもれる。
そうして動けないでいるうちに、プジラはゆっくりとした歩みながら、二人の前を通り過ぎていく。
「うう……プジラ行っちゃう……」
そのときだった。
「……う」
ユイフォンの手に、そっと真緒の手が重ねられた。
「私の後ろにいるのだぞ」
「媽媽……」
そして、真緒はユイフォンの手を引いて大通りに出た。
「プジラ! いや……白姫!」
歩き去ろうとしていたプジラの足が止まった。
「!」
後ろを向いた大馬獣の迫力に真緒たちは息をのむ。
「く……」
太陽をさえぎる巨影に見下ろされながら、真緒は後ずさりそうになるのをこらえ、
「白姫、もういい! みんなに迷惑をかけることはやめるのだ!」
と、真緒の強気な表情が崩れ、
「待たせてしまったな。もっと早くおまえのもとに来ればよかった」
「………………」
「さびしい思いをさせて……すまなかった」
「………………」
何も言わないまま、真緒を見下ろし続けるプジラ。
と、次の瞬間、
「!」
プジラの巨大な足がぐうっと持ち上がった。
「媽媽、あぶなーーーーい!」
とっさに真緒におおいかぶさるユイフォン。プジラに踏まれれば自分がいたところで何の役にも立たない。そうわかっていても考えるより先に彼女の身体が動いていた。
そして二人はなすすべなくプジラの足に――
「……!」
止まった。
「……ぷ……」
そして、
「ぷ……ぷりゅりゅりゅりゅ……」
「白姫……!」
顔を上げる真緒。
聞こえた。
巨大なプジラの口からもれる苦しそうな息が。
「どうした、白姫!? 大丈夫か!?」
自分が危機にあったことも忘れ、真緒は声を張り上げた。
すると、
『……し……』
「!」
『できない……し……』
はっきり伝わった。
苦しむプジラの――その想いが。
『友だちを踏みつぶすようなことは……絶対できないし……』
「じゃあ、なんで自分のことは踏みつぶしたんですか!」
「あ、アリス、生きてた」
苦しそうなプジラの告白は続く。
『プジラになったシロヒメは……もうみんなと一緒にいられないし……』
「白姫……!」
『友だちも……誰もいなくなって……』
「白姫は白姫だ!」
真緒が懸命に声を張り上げる。
「プジラでも白姫だ! 何があっても私は白姫の友だちだ!」
『マキオ……』
「自分もです!」
「ユイフォンも!」
『アリス……ユイフォン……』
そのとき、
「あっ」
何かが光を照り返し、真緒たちの目を刺した。
それはプジラの目にこみあげた――
涙だった。
「ぷ……」
そして、
「……!」
大粒の――
大きな大きな涙がプジラの頬を伝い――
落ちた。
「わっ」
真緒たちの前に落ちた涙がはじけ、辺りに光の粒となって舞い散る。
光がきらきらと世界を覆い――
そして――
Ⅶ
「シロヒメは元に戻りました。ぷりゅたし、ぷりゅたし」
「なんですか『ぷりゅたし』って……」
がっくりと疲れた顔でアリスが言う。
屋敷の中庭。
彼女はいま一生懸命に白姫のヒヅメを磨いているところだった。
「ほら、もっと心こめてやるし。ヒヅメ磨けよ」
「やってますよ……」
「なんか不満あるし? アリスが言ったんだし」
「え……?」
「『ヒヅメもいっぱい磨きますから』って」
「言いましたけど……。そのあと、白姫、自分のことを踏みつぶしたじゃないですか」
「えー、覚えてないしー。シロヒメ、プジラになってたからー」
「都合の悪いことは覚えてないんですから……」
さらにがっくり肩を落とすアリス。
「……でも」
アリスがつぶやく。
「どうして白姫はプジラになっちゃったんですか?」
「アリスがシロヒメを大事にしないからだし」
「そんなことはないですよ。それに、どうして大事にしないと巨大化しちゃうんですか」
「それは……」
「それは?」
「ぷりゅー……」
結局――
大馬獣になってしまった理由は、白姫本人にもよくわからないようだった。
「まー、つまり、気持ちの問題だと思うしー」
「気持ちの問題で巨大化までしますか……」
「するし。だって、元に戻ったのだって、マキオの優しい気持ちのおかげなんだし」
「それは……」
言葉につまるアリス。
確かに、プジラを元の白姫に戻したのは、真緒のおかげと言えた。
真緒の想いはこれまでにも何度も奇跡を起こしている。
アリスが仕える騎士であり、白姫の主人でもある花房葉太郎をそうして勝利に導いてきたのも、真緒がいたからと言って過言ではなかった。
騎士に奇跡をもたらす真緒。
騎士の馬である白姫にも――純真な少女の想いは届いたのかもしれない。
「……だけど」
白姫の顔が不意に険しくなり、
「あれが最後のプジラとは思えないんだし」
「じ、自分で言わないでください、そんな怖いこと」
「ぷりゅらーや、ぷりゅら~♪」
「なんですか、急に?」
「プジラを呼ぶ歌なんだし」
「呼ばないでください、だから自分で!」
そこへ、
「白姫ー。アリスー」
「あっ、マキオ」
やってきた真緒に白姫が笑顔を見せる。
真緒の後ろには、ユイフォンも付き従っていた。
「マキオ」
白姫が真緒に向き直り、
「今回は真緒のおかげで元に戻れました。ぷりゅがとうございました」
「『ぷりゅがとうございました』!?」
白姫〝語〟にアリスが戸惑う中、真緒は頭を下げる白姫を前に、
「何をしているのだ、水臭い」
お礼を言われるのが心外だというように口をへの字に曲げる。
と、ぽんと手を叩き、
「そうだ。私たちも白姫をきれいにしよう」
言って、真緒は白姫のそばにしゃがみこんだ。
「白姫はかわいいのだ。もっと磨いてかわいくしなくてはな」
「ぷりゅー❤」
「ほら、アリスとユイフォンも」
「は、はい」
「う」
真緒に続いて、アリスとユイフォンもそれぞれ白姫の身体を磨き始める。
「こうしてみんなで大事にすれば、白姫がプジラになることもないな」
「ぷりゅ」
「しかし、万が一のことがあっても安心していいぞ」
「ぷりゅ?」
「今度、白姫がプジラになっても白姫だけにはしないからな。そのときはみんなで巨大化するからな」
「真緒ちゃん!?」
アリスが驚く一方、白姫は、
「ぷりゅー……」
感動に目をうるませ、
「マキオ……なんていい子なんだし。さすがシロヒメの友だちだし」
「う。さすがユイフォンの媽媽」
「いや、あの、ちょっと無理なような気が……」
「ぷりゅーーーっ!」
パカーーーーーーン!
「きゃあっ!」
「なに、マキオの悪口言ってんだし」
「う。斬る」
「言ってないですよ! 巨大化が無理だと……」
「できるし」
「だから、もうしないでください、白姫は!」
などと騒ぎ合っている彼女たちは、このときまだ知らなかった。
白姫が言った通り……プジラが――
最後のプジラではなかったことを。
シロヒメは大馬獣なんだしっ❤