試作b

仁見 雫

アンドリュー・ソラクサスは日々に退屈を憶えた。仕事をこなす毎日はやりがいを感じさせることもなく、当たり前のように[達成する]という目的が遂げられる。それはこの仕事を長く携わる者に備わる勘というものか、はたまたそれさえも及ばないまでの用意周到な計画性が故か。
何にせよ、彼の怠惰は目を見張った。仕事ぶりは相変わらず、無駄が無くまた要望を可能な限り叶えた状態での高評価だ。故に彼は休日を久しく過ごしていない。彼が休みを得ようと本来なら3日かける仕事を1日で、空いた2日はその先に頼まれるであろう雑務や処務、一概にそれは掃除の一言で済まされるが、人間相手の掃除は本来計画を練らねばならない。行動を予測して移動ルートを絞り、実行する当日起こりえる障害、邪魔、あらゆる可能性を考慮して、狙いを済まし、針の穴が如く小さな隙を狙い、仕留める。それが彼の仕事には求められる筈なのだが、いかんせん彼は面倒くさがりだった。わざわざ下調べをする程の手間は不要で、尚且つ失敗なんて自分にはあり得ない。絶対的な自信が無意識に起こすその過信が、それ故の強さを発揮している。結論から言えば、彼が生み出した空いた休日は、むしろ仕事が捗ったとして、さらに彼には多数の仕事が課せられ、彼はそれを嫌な顔一つせずに、予定通りにこなした。
アン、と仲間内では呼ばれる彼の名は、女性の名だ。アンドリューを愛称で呼ぶにはまだいくつかあるが、[男性が女性の名で呼ばれる事を気にしない]彼はそれで良しとしている。ある日、同じ職場のアンデルという女性が、彼に恋をした。彼女の呼び名はアンディ。これは彼に恋をした彼女ならではの同じ理由で、彼女自らそう呼ぶよう周囲に促したからである。際して、彼は彼女の好意を受け止め、やがてアンデルは職場には来なくなった。職場からは近況を探る名目での、捜索班が彼女の居場所を探したが、見つからず、遂にはアンドリューの元へ聴取に来た。彼は別段驚いた様子もなく、また当たり前のように「失踪した」とのみ、それきりなにも答えなかった。捜索班は彼もまた彼女に固執した上での喪失感覚で、あの様子なのだと判断、捜索は打ち切り、アンデルは未だ失踪扱いだ。
それ以来の彼は、驚くほどになにも変わらなかった。当たり前に仕事をこなし、また仕事にはかかる。しかし、ひとつだけ変わり所があった。アンと呼ばれた彼は返事をしなかった。不審に思った同輩が彼にそれを尋ねると、
「その名前はあの女が持っていった。」
と。同輩はこの事を報告、彼は聴取を取り受けることとなった。
別段、尋問官は事態が深刻ではないと推測していた。彼は【田舎育ち】では無く、人道性や倫理観は彼が持ち合わせたままだ。人格が分断した、だのと騒いでいる無知な奴もいたが、これは単に、そう言う話だ。と尋問官は呆れる。事実、彼が話した内容は、そう言う話だった。
アンデルから告白を受け、彼女が彼の自室を訪ねた時、彼は当然そのつもりで来たものだと思って、シャワーを浴びて髪を乾かしていた。突然、彼女は深刻そうな顔をして、彼に近寄った。彼は黙って、為されるがまま、と思っていると、彼女は怯えた顔で彼に懇願して来た。曰く、
「こんな生活はもう嫌。どうか私を逃がしてほしい。」と。
彼は仕事をこなす為、仕事着へ着替えた、そして2人で部屋を出る前、ひとつだけ彼は質問した。
「その愛は本当だったのか」対して、「利用した事は申し訳ないけど、恋心なんてとても貴方には抱けない」彼にはそれが気掛かりだった。それだけで充分だった。
尋問はすぐに済んだ。彼は抵抗する事なく、求められたままを全て答えた。そして、彼に処罰が下った。「その女を始末しろ」と。彼は即座に仕事へ向かった。
以来、彼には特別な変化はない。代わりに、失った名前は奪い取った女から、アンディと名付けられた。アンドリューの愛称の内ひとつであるアンディは、こうして本物のアンドリューへと変化した。
相も変わらず、アンドリューは日々仕事をこなしている。だが一件だけ、彼は仕事を達成出来ていなかった。処罰通り、彼は女の遺体を謝罪代わりに捧げ、事件はこうして閉幕した。だが、仕事を達成する一歩前、逃げ出した私に銃口を向ける彼は、思いついたかの様に、呟いた。
「命令はアンデルの遺体。だが、君はアンだ、アンデルという名の女。そして、俺はアンディ、アンドリューという名の男。アンディなんて愛称で呼ばれた女は、此処にはいない。そもそも、そんな名前で呼ばれる女はいない。」
彼なりの慈悲なのか、それとも別の思惑があったのかはわからない。ただ、こうして今生きている私は、私だけが、彼の仕事の未達成を知っている。
アンドリュー・ソラクサス。アンディと呼ばれる彼は、今日も日々の退屈を感じている。

試作b

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-23

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