鏡の部屋の魔王狩り

 ユサジは勇者をめざす13歳の少年だ、貧しいド田舎の村をでてから、約半年、兄貴分のキースとともに勇者パーティ団の中核メンバーをささえる縁の下の力持ち。キースとともにおもに雑用や食事の用意、難易度中程度のギルドオーダーをまかされるが、まんざらでもない、本人いわく、
「この旅団はホワイト企業だ」
質のわるいパーティにはいった勇者志望者が、半年もたたず死亡するという例はあとをたたない、若さや、熟練度など関係なしに、パーティ団の質は所属する個人の運命を大きく左右する、運命を握っているといっても過言ではない。

 そんな旅団に、キースもやっているから、と、今月に入ってある訓練を命令された。全面鏡張りの部屋にはいって、瞑想をする、その中で見えてくる敵と戦え。という、初めのうちはただの狂言にも感じられたが、キースの話では、これが実は厄介な修練で、中核メンバーや、リーダーでさえこれをきっちりとこなしているといわれている。
かくして、今日もユサジは、早朝から草むしりと、瞑想の最中だ。
「ふうぅううう」
心をおちつかせ、頭の中のイメージすべてを抽出する、やがて、その煩悩すべてを、振り払うことができる。
テントの中、起きているのは自分だけ、それは占い用のテントであり、かつ、その瞑想訓練のためのテントである。
彼の見た目は、中の中か、カッコイイ紺色と黒の戦闘鎧を脱ぎ捨てたユサジの顔は、頼りなげな感じで、眼鏡はまるぶちである。
ゆいいついかついのはまゆげのあたり、堀の深さだけが取り柄だ、その見せ方には、角度云々、苦心している。
「ぐおおおお」
今日も魔物が姿を現した、メンバーいわくこの鏡は、魔力を吸っている鏡なのだという、様々な勇者パーティや、軍、騎士、傭兵、の瞑想に使われているうち、その魔力は増幅され、憎悪と呪縛の強度を増していく、それは、戦闘時以外の戦闘狂たちが考える、ほとんどの悩みを集約し、凝縮し、煮込んだような、強烈な悪意のエネルギーの塊をまとっている。
瞑想の始まり、声が聞こえる。
「戦いたくない、死にたくないぃぃぃい」
「明日は食事にありつけるだろうかああはああ」
「女、女がほしいい」
ピクリ、とユサジはまゆをひそめた、聞くにたえない、なぜならまだ、彼はほとんど、名をあげるほどの功績をのこしていない。
先輩ども、なさけないぞ、と少し考えたのだった。

 初めにあらわれた天敵は美女だった、みるからにおかしい、どこがおかしいか?はて、欲求の高まりを抑えきれず、まるで見当がつかない、まるで軟体動物のように自分の肩からかたにまきついて、細い舌をぺろぺろ、ぺろぺろと首筋をいたずらに刺激する。
「なんだこいつは……はっ!!」
そして気が付いた、これは、蛇、毒蛇だ、その瞬間、首元へ彼女のするどくとがった、研磨されたように鈍く光る日本刀のような二つの前歯、毒牙が、ユサジの筋骨隆々の、しかし細い首筋につきたてられた。
「ぐ……ぐわああああ」
ユサジは頭を固定するように、首もとをおさえ、たじろぎ、ふらついた、しかし女の方には、その固定するほどの頭はなかった、なぜなら、すでに女の頭は、地面に、まるで物の様にコロリところがって、体と切り離されていたからだ、ユサジはとっさに、女の首と胴とに剣をつきたて、かっ切ったのだった。
「この鏡の中には、お前が敵視するすべてのものが現れる、それは毎日近い、うわべだけの恐怖もあれば、真に恐れるものもある」
とは、兄貴分のキースの言葉。キースは女性に好かれる、いや、女だけではない、腕前もさることながら、彼の懐の深さと信用力の高さは、パーティメンバー随一である。鼻筋に横にはいった傷は、昔ドラゴンを一人で倒したときのものだという。冗談もうまい、しかしふざけすぎないのが彼のいい所。
 
 ユサジは近頃、一人で魔物を倒す事ができるようになった、スライムから、ミニドラゴンまで、ユサジは彼の戦闘スタイルをまねた。まるで、ツメを立てた時のネコのように、全身の毛という毛をさかだて、しずかに呼吸し、威嚇し、チャンスをまつ、姿勢は低くたもち、相手の動きのスキをついて、まるで舞うように“うつくしく”剣の軌道をつくる、いかに無駄な行動をしないか、物資もかぎられているパーティにとって、その戦闘スタイルさえ、信用度の目安にあたいする、つまり彼は、常に一定の成果をあげることができ、常に一定のリスクしかもたない、いわゆる、努力の天才だ。
だからこそ、いずれ彼をこえなくては……。

 ユサジは再び目を閉じる、あと一人、あと一人、敵を倒さなくては、ぼんやりとあらわれてきたのは、カエルのような、ヘビのような、それでいて、ふしぎな美しい、非人間的な美意識をもった、怪物、魔王の姿、しかしそれは、虹色に光るひとみと、きめ細やかな肌、美男子たるゆえんの、ひきしまった表情をあとにして、消えた、変わりに消えたもやの中からあらわれたのは、キース、あの兄貴分、キースだった。
「俺の真似をしろ」
なにいぃ!?
はじめてパーティにスカウトされたとき、陰気な自分を引き入れたのが、キースだった、キースは常に自分にアドバイスをしてくれ、初めのころだって、自分はあまりに弱くキースには歯がたたなかった、しかし笑い転げるほかのメンバーに目もくれず、キースだけがいったのだ、
「筋がいい」
今の自分の人間としての、勇者候補としての信用の土台は、キースが作り上げたといってもいい、だからこそ、いつしか倒し、その技を盗み、盗んだにあたいする、自分なりの実力を持ち、誇りをもち、夢を抱き、生きていきたいと思う。
キースはゆらりゆらりと動き、いつもとは違う挙動で、ユサジを翻弄する、しかしユサジも負けてはいない、かれの最高の武器とは、魔力の盾である、これで魔物の攻撃や相手の魔法を防ぐことができる、とその瞬間、
「コフゥウウウ」
弧を描いた、キースの右手は、まるでまぐまのような塊を、手のひらの中心に生成し、そして、解き放った。
ボボボボボボッッ
彼の盾は、その攻撃を防ぐには十分の強度をほこった。
(よし、いける!!)
そう思った瞬間、彼が思考するより、思い悩むより早く、彼は武術の型のような、突きの反復練習の成果をあげる、左足は前、右足は地面をけり、ぴんとはる、同時に体重を移動させ、切っ先が全神経の集中の目安となり、うでとひじは彼の体の重さ、安定力と呼応する、彼はまるで自分自身がひとつの刃にでもなったかのように、敵の心臓めがけて、強烈なツキをはなった。
敵は、煙のようになって、ふわり、ふわりと体をゆらし、たよりげにさまよったあげく、消えていった。
「こんなにうまくいくものか」 
ユサジはあきれた、この訓練も、兄貴分のキースにしこまれたものだ、兄貴分は、まだ自分のすべてをユサジに託してはいない、きっと隠し手は20を優に超えることだろう。そのすべてを真似ることができたとき、本当に勝利は許される、だがいま彼、ユサジの体の中にある勝利は、空虚で、それでいて罪悪感をともなったものだ。
「彼を倒すに値する努力、そして、彼を模倣し、模倣することで打ち勝ち、さらにそれをこえる力と技を手に入れる」
そうでなければ、勝利の価値など、ゆがみ、かすみ、ぼやけてしまう、それは彼の夢、戦士としての誇りを一瞬で、無に帰すほどの、怠惰を形づ来ることだろう、村から村、街から街へと進むとき、そういった敗者の顔を何度も目にする、しかし私は恵まれている、だからこそ、キースを、自分を奮い立たせるほどの、誠実な修練と訓練をつまなくてはならない、そう誓い、眼を開け、全面ばりの鏡の、たったひとつの押し扉をあけると、目の前にキースがいた。
「どうだった?」
そうやってにやにやわらう細い瞳と、あごひげの濃い男、キース、この人の心は計り知れない。
「兄貴、一度ききたかったことがあるんですが」
「ん?」
「いえ、すみません、まだはやい、また今度、お願いします」
「なんだよ」
カッカッとわらったキースの体は、上半身裸、朝なのに、すでに傷だらけのどろだらけだった、自分も、魔物を2、3体倒して、食料や物資の調達をしなくては、聞きたいことはやまほどある。例えばあの魔力の鏡の中で、キースが見た本当の敵とは、いったいだれだろうか?キースはいった、あの鏡の中で、もっとも恐ろしい敵が現れる事がある、その敵を倒す意欲を失ったときが、勇者の、勇者候補の、最後なのだと、酒場でうなだれる、落第勇者候補、勇者になるまえに、常に修練をかかしてはならないと、そういうキースの力になりたい、打ち倒すほどの値打ちのある天敵になりたいと、パーティのキャンプを離れ、まものの集合地へといそぎ、全力疾走しつつ考えるユサジだった。

鏡の部屋の魔王狩り

鏡の部屋の魔王狩り

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-23

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