妖怪採集物語。
小学生のサキの住むT市の、T駅口前、大通りの古本屋にまつわる話、ある時期、それは夏休みのおわりごろだったか、サキが日焼けに顔や肩を真っ黒にやいていたころだったが、話しは、その古本屋に通っている友人が奇妙な出来事が頻繁に遭遇した事から、夏休みをさかいに、小学校で、ある噂話がひろまっていた。
「あそこで、スカイフィッシュをみたんだよ」
怪談や妖怪好きのサキは真っ先にくいついたが、しかしスカイフィッシュは妖怪ではなくUMA、つまり未確認生物という事になる、サキは、そのカテゴリにはあまり愛着がないのだ。
しかし、サキは何度も、その友達、ユーリがいうお話を、メモ帳や、自由ノートに記録していた、そしてこっそりと物語調にして仕上げて、イラストもそえて、自分のための、日々の娯楽とご褒美にしていたのだった。
「これはよくできているね」
絵画を描く事を趣味にしている公務員の父は、よく彼女の部屋に無断ではいった。そしてその、夏の終わりかけのとき、サキのノートをついにみつけてしまったのである。
「あっみるなああああ!!」
ドタドタドタ、子どもの、サキの足が廊下で音をたてる。一軒家でよかった。
タンクトップ姿で、リビングで棒アイスをかじっていたサキは、父の声が自室からしたので、いやな予感と寒気を感じ、その密かな趣味の物語ノートを
父から奪い返したのだった。
「あそこはねえ、僕が小学生のころにも不思議な話があったよ」
父のフサシは、ともかくマイペースである、サキと一緒にゲームをしたり、かと思いきや、絵画を一緒にみにいって、造詣の深さをみせつけたり、
しかし、ものごしがやわらかなので、いやなときもあるが、深い部分では、父のことを嫌いになれないサキであった。
サキは、短い髪型がすきだが、まるでそれがコケシのようなぱっつんなので、コケシとよばれることもあったが、実際サキはもてたし、どこか顔立ちが不思議な透明感をもっていたので、その髪型が得にセンスがないという事でもなく、父のいじりも、心のおくそこでは、軽く受け止めていたのだ。
「なあサキ、昔話をしよう」
そういって、ちゃんとノートをとじて、サキの机の上において、頭をなでて、サキをだきあげ、リビングへと向かう父フサシだった。
そのときの話が、こんなものだ。
昔、父フサシは日曜日がとても嫌いだった、休日の終わり、ということもあったが、フサシはものを分解したり作りなおすのが好きだった。
だからよくおもちゃを分解したり改造したりしていたのだが、休日でないと、その作業にあまり時間をとることもできない、絵画も習っていたし、
絵の練習だって十分時間をとってできるのは、休日だと相場はきまっている。そんなもやもやした気持ちを発散させるべく、ある日、日曜の門限の6時をすぎた時間に母、つまり先の祖母のとめるのをふりきって、例の古本書店へと急いだのだ。
ふさしは、そこで、透明な人影をみたのだという、その前の年、同じものをみた、それは父の、サキの祖父の葬式でのことだった、参列者に対して
一人ひとりおじぎをして、歩き回っている青い人影があった、もしや、父では、と思ったものだった、父は開業医で、産婦人科をやっていた。
ぼろい家屋の中で、ひっそりと、しかし、なかなか評判がよく、フサシも鼻が高かった。
しかし、どうしてここで“あれ”をみるのだろう、とフサシはおもった、
あれは、まるであのときのカゲにそっくりだ、色合い、腰のひくさ、そして、頭をかくようなしぐさ、あの時のカゲにそっくりなだけではない、
父にそっくりだ、それは、本棚の、店の真ん中あたりの本棚を指さして、フサシにむけて、手をこまねいていた。
「なんだあ?」
とフサシは思う、とぼとぼと近寄っていく、店主は頑固爺でしられていて、夜中に子供が出歩いているので、ちょっとむっとしていた。
(まあ近所だったので、あとで家に連絡して、母に迎えに来るよういってくれたやさしいおじさんだったが)
フサシは青い影をおって、それが指さす方向をみた、それは古本である、そのとき、あっときがついた。
夕凪——フサシの苗字、なぜ、その本の、裏側にそれが書いてあったのか、それは保健体育の書だった、なぜ、教科書が売られているのか、
しかし、さらに奇妙なことは、それはとにかく、ひどい落書きだらけだったことだ、フサシは、思わずふきだしてしまった、
「あの真面目なおやじが……」
それも保健体育、おやじの専門である、そして、ふさしがもっとも面白いとおもったのが、最後のページである、そこをひらくとき、青いかげは
すごくぺこりぺこりと申し訳なさそうにおじぎをするのだった。
「サキちゃんが好きだ」
サキは驚いた、サキィ!!?
「ああ、誰だがしらないんだけど、いい名前だったから、お前につけたんだ、俺の憂鬱をふっとばしてくれた名前さ、
まあ、母親、おまえの祖母には話してないよ、なぜかって、落ち込むだろ、その本はいまも俺の部屋にあるよ、
きっと買ってくれって合図だったんだろうな」
サキは少し落ち込んだが、まあこのおやじの事だ、こんなことだろうと思った。
しかし、サキの感じは咲くの字、きれいな花が咲くように、子どものころはやんちゃでも、立派な大人になるように、と名付けられたときく、母も合意の上である、それだけが、救いだった。
「何か嫌な事があると、あのノートをみたんだ、あんなしょうもない、落書きをするおやじも立派にそだったんだってね」
サキはその日、風呂にはいったあと、例のノートをとりあげて、眠る準備をすませつつ、
例の古本屋に関するいわれをかいた、そこはもともと神社だったらしい、それでか、たまに変な事がおこり、地元では有名らしかったのだ。そして迷ったが、サキは父に聞いた話をかいた、もちろん改変した、父がいかがわしい本をかってそこに落書きをしていた、ということにした、
サキも父と同じく、そういう形でストレスを発散しようと考えたのだ。
「大人ってやつは、信用ならないぜ」
そんなことをいいつつも、頼りない父の、黒ぶちめがねを思い浮かべながら、祖父の教科書を買ってあげたそのやさしさに
くすりと笑いつつ、明日の学校を夢見、自室のベッドで深い眠りの世界にいざなわれていったのだった。
妖怪採集物語。