魔王

浅風

 我が家は代々、神官の家柄である。町の神殿など既に時代遅れで、若者は休みとなれば礼拝なんぞには目もくれず、中心街に繰り出しては流行の装飾品や食品を僅かな現金で購入してくる。
これでも十年ほど前は多くの人でにぎわっていたのだ。その理由はこの神殿に伝わる勇者伝説によるものであった。
かつてこの町に異装の戦士が現れた。淡く光る鎧に身を包み、柄だけの剣を腰に下げ、腕には鮮やかな文様を宿していたそうだ。その戦士が傷だらけで、加えて空腹であったところを町の乙女が見つけ、家に連れ帰って介抱した。乙女の介抱で回復したその戦士は、この街に危機が訪れたとき、その危機と戦うことを約束して消えた。乙女はその戦士を記念して祀り、この神殿を建てたとされる。伝承が事実ならば、僕はその乙女の遠い子孫ということになるだろう。
今から十二年前、僕が五歳のとき、魔王軍による侵攻が始まった。国王は当然討伐計画を開始。腕利きの戦士、魔術師、錬金術師に神官が隊列を組んで魔王軍に対抗した。その討伐計画の中核となったのがうちの町の勇者伝説であった。国の危機はこの町の危機でもある、あの勇者は必ず現れて我が国を助けてくれるだろう。安直といえばその通りだが、異形の軍勢に対抗するすべは僕らの国には存在しなかった。異形の軍勢の用いる見たこともないような兵器には、刀も弓も、大砲すら効かなかったためである。
僕の祖父はそれは熱心に勇者様に祈りをささげ、助けを乞うた。魔王軍が現れてから三年ほどは多くの町民、あるいは国民が訪れて共に礼拝を守ったそうなのだが、全く音沙汰もない勇者に次々と信者は離れていった。魔王軍の侵攻も日に日に進み、首都近郊に及んだことで、それどころではなくなったのか、あるいは、見限ったのか。その後も一心に祈り続けてきた祖父だが、年と双肩にかかる負担に耐え切れず、勇者を見ないまま七年前に死んだ。その後は父が祖父の代わりに毎朝晩の礼拝を守っている。
神殿に人が来なくなってしばらくして、魔王軍は王都を乗っ取り、その後の侵攻をやめた。魔王軍の電力車が家々を壊し、そのあとには大きな道ができた。また、その道の両脇には天に伸びる塔がいくつも作られた。彼らは彼らの技術力を誇示こそしたが、無益な蛮行には及ばなかった。
そして、魔王軍が国をそっくり作り変えてしまってから五年程だというのに、すっかり国民は適応してしまった。魔王がもたらした技術革新による生活の進歩。この町の人間だって例外ではなかった。名産の果実を都市に運んで小金を稼ぎ、ちょっとした珍しいものを買って喜んでいる。若者に至っては、都市の下働きの仕事を探して次々と街に出てしまうのだ。それでも僕はまだ、この神殿から離れる気が起きないでいる。

 技術革新が起こって、五年がたちました。魔王軍の姿には初めこそ恐怖を抱いたものの、今ではそれが非常に合理的な姿だったと分かりました。彼らは侵略に現れたんじゃなくて、きっと私たちにより良い暮らしをもたらすためにやってきてくれたのでしょう。水にぬれても消えない火、音楽を奏でる箱、景色を絵に閉じ込める道具。これまで私たちの世界になかった道具は、私たちの生活を豊かにしてくれました。頭の固いご老人たちは、敵の道具に魂を売るなどもってのほか、といいます。だけど、変化を求める私たちの心は、どうやったって止められません。もう少ししたら私は、町を出て、都会で暮らそうと考えています。彼も、それを分ってくれるといいのですが。

今日も、彼女から町を出るよう勧められた。世間的に見れば、彼女の選択が正しいのかもしれないが、僕はこの神殿を守るものとしてこの町を離れるわけには行かないのだ。彼女は時折都市で得た珍品を僕に見せてくれるが、どうしても僕はそれを好きになれない。武骨で、固く、温かみが全くないそれらがなくても、これまで僕らは楽しく暮らしてこれたんだから。灯がなければ、早く寝ればいい。音楽がなければ、歌えばいい。大仰な道具はなくたって、僕らは景色を描くことができる。彼女は今物珍しさにひかれているだけで、いずれは気づいてくれるだろう。

明日、私はこの町を発つことにしました。きっと彼はどこかで、私がこの町を出るということを信じていないか、軽く考えているのだと思うから。私がいなくなることで、きっと彼も真剣にこの町の行く末を考えてくれると思うのです。そしてきっと、この古びた神殿、全く役に立たない伝説を捨てて、便利で暮らしやすい、都会での生活を選んでくれるでしょう。彼はそんなにわからず屋ではないと思います。

彼女が町を出た。僕は祭りの準備で彼女の出発に気づかなかった。きっと彼女はこの日を狙って出発したのだろう。いつまでも首を縦に振らない僕に嫌気がさして、僕と顔を合わせないようにこの町を出たのだ。そこまで嫌われているとは予想外だった。どこかで僕は、彼女がいつか考えを改めてくれるだろうと思っていたのだ。僕は自分勝手な男だった。もう彼女を追う資格なんてない。せめて、この祭りだけは成功させねば。

こっそりと様子を見に戻ってみれば、彼は私のことなど気に留めず、古臭い祭りなどに熱中していました。彼は私がいなくなったことに、気も留めていないのですね。全て私の願望でしかなかったんでしょう。それならば、もうこの町を離れるほかありません。さようなら。

 僕は神殿の跡を継いだ。もう彼女からは便り一つやってこない。

魔王

魔王

何も言わなきゃ伝わらないのにね

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更新日
登録日
2018-07-22

CC BY-NC-ND
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