魔界
「このバカアア!!」
あまりに朝、起きるのが苦手で、幼馴染のアユムに起こされ、玄関先で怒られたスグルは、その朝すぐにマサトに電話をかけた、マサトは、スグルとアユムの家よりかなり離れた高級タワーマンションの
48階にある。美男美女さらには、有名人さえも幾人か自宅を持っているという。
ある街——というより、このまち、ミサキ街のなりたちは、もともと、もう随分昔の話になるが、妖怪の百鬼夜行の伝説がもとなのだ、この街の中心は、もともと妖怪たちの、集会地点として存在していた、寺。ある——手つかずで、一切のお祓いや読経などがおこなわれなかった——管理されなかった廃寺の、それを蝕んでいった悪霊や、魑魅魍魎、妖怪たち、の集会場の廃寺、それを取り囲むようにしてきた、結託した、日本各地の宗教や宗教家が集まり、集落が形成され、
やがて、徐々にその力と影響を抑えて、そこに人が集まり、街となっていった。
それを囲むようにして、近代的に発展したのだ、それは街の裏の文脈では確かに脈々と受け継がれているような伝説、逸話なのだが、まあ現代となっては、もう覚えているものもそれほどいないだろう、何しろ、それは、500年も前のことだ。
スグルは、天然パーマの糸目の金髪野郎だ、しかしそんななりながら人見知りが激しい、なので実は学校ではそれほど目立たない。
何不自由なく学校生活を送ることは送っているが、一部ではこう呼ばれている“棒読みちゃん”と。感情の抑揚があまりないのだ。
そんなスグルを心配して、本人にも気を使わせないよう、マサトとスグルは学校でなるべく気を使っている。
今日もそうだ、昼休み、一人で屋上にいるスグルに、二人は声をかけにいった。
屋上のこわれたドアをあけ、足音をたてないように、階段をのぼる、脅かそうとしたが、昨日の“お祓いの仕事”で疲れているから、
と、マサトのたくらみは、アユムにとめられた。
(ちなみにアユムはショートカットの緑の目をした、おっとり目だが、表情と感情豊かな女の子、マサトは、長身のバスケ好きイケメンだ、
誰に似ているかといえば、モアイをかっこよくした感じだ)
カチャリ、屋上の最後のドアをあけると、
中央あたりに、なんだかめんどくさそうにそらをみあげて、首の後ろで腕をくんで、あおむけになってねているスグルがいた。
このとき、二人は同時にこうおもった。
(ああ、人見知りさえしなければ、天然の馬鹿なんだけどなああ、仲良くなれるのになあ)
しってかしらずか、夢を見ているスグルは、むにゃむにゃなにごとかつぶやきながら、にやけていた。
昨日の夜もそうだった、彼のバカに、アユムとマサトは救われたのだ。
夜0時をまわって、例によって、陰鬱で憂鬱な退屈な仕事に駆り出される、この街を仕切っているのは人間のようにみえて、その実は妖怪なのだ、
人々は妖怪の心に半分支配されている、それは制御不能の欲求のように人の心を蝕み、浸食し、ときとして思考をゆがめてしまう。
「バカア!!なんで遅れてきたのよ!!」
糸目のすぐるは、なぜだか、まるで悪びれないように頭を書いていた、そして都市の屋上、タワーマンションの屋上にいた、
マサルのマンションの二つとなりである、夜景がきれいだという人もいるが、人口の夜景は息苦しいだけだ、とはマサルの話、
昨晩のこと、妖怪にとりつかれた人がいると、通報があったのは、アユムとマサトとスグルは、それぞれ仏教系の別々の宗派の跡継ぎだ、
そして、だからこそこの街の妖怪の管理をまかされている。
「この街で、私は、輝かしい未来を手にするつもりだったのよ!!なのにあの男、裏切りやがって!!お金だけもって!!
人気作家ともあろうものがあああ!!」
何があったかしらないが、相手は妖怪ろくろくびと同化していた。首がのびて、くちは耳までさけて、へらへらとときたま薄笑いをうかべる、
それは、身長162しかないスグルにとっては、屈辱的だった、
「カ・チ・ン」
(美女のくせに)
疲れ果て傷ついたチームメイト二人には目もくれず、右手で制服のポケットからペンをとりだし、すぐるは猛烈にペンを早回しして、謎の独り言をぶつぶつといったほど、尻のポケットから長方形の小さめの一枚の紙をとりだした、
札である、除霊は札にておこなう、もちろん、幽霊がよわっていることが前提だが、何をするかとおもいきや、スグルは、美女の首ねっこをつかみ、
頭の重みを利用してぐるんぐるんとろくろくびの伸びる餅のような首をぐんぐんひきのばし、それをビルのはしから、宙にむけて、ときはなった。
スグルのその技は、上手に鉄格子の上を女性ろくろくびの首をこえさせた。
暗闇でよくみえなかったが、女性はワンピースをきていた、その様子をみて、ああ、明日も暑い、今年の夏は、プールにいきたい
と思うスグルだった。
そしてスグルは、その様子を一瞥くれて、またもや、新しい札をとりだして、何やら文字をかきこんでいく、どうやら、今回の除霊には何枚かの札が必要らしい。
ろくろくびの頭は、ぐんぐんとビルの一面を、窓に沿って落下していく、それはまるで、ガラス張りの、高速のエレベーターの中にいるように。
(キャアアアアアアアアア!!!!!)
深夜に響き渡る、美女の、ろくろくびの悲鳴。
(私高所恐怖症なのよおおおおおお)
ろくろくびは、首をだらりとビルの屋上からたれながし、やがてその体もピクリともうごかなくなった。
白目をむいて、あわをふいている、そんなことはしらぬまま、スグルは声をあげた。
「あっ、体がけいれんしている、除霊チャンスだ、俺の出番だな」
うつぶせに横たわっている女性の体、そして、制服のまま、女性にきていた、マサルとアユムは、ぽかんとしている。
体をみると、どろだらけ、すりむいている個所もある、かまれたり、ひっかかれたり、今夜は二人して、さんざんな目にあったのだ。
静まり返る三人……。
「なんてやり方をするのよばかああ!!」
スグルはわらっていた、こういう時のスグルは、とても輝いてみえる、キラキラと笑顔のくちもとから、白いひかる歯をのぞかせている、
「なんてったって、俺はバカ!!だからな!!!」
「開き直ってるーーー!!!ついに開き直ったー」
アユムとの恒例の喧嘩がはじまる、こいつはこれでいいのだ、とマサルも思う。
スグルは、左手で悪霊払いの言葉を書き終えた。
それは3枚目の札、800文字を僅か一分で書き終えたその姿に、きっとたくさんの悪霊や、妖怪、生霊たちも感服して、きっと成仏してくれるはずだ。
マサトもそう思った。
アユムとマサト2人だけではどうにもならなかっただろう。
なぜなら、そのろくろくびは、隣のクラスの教師で、有名作家と付き合っていると評判だった、初めて人を好きになったと、
同僚にさえいっていた、その様子をみていた生徒としての2人は、同情をしたのだ、しかし、スグルは、そんなことは一切きにしていない。
彼だけは、唯一、人間には二つの面が存在しているとわりきって、ゆえに、(除霊)の才能は三人のうちで、ぴか一なのだ。
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