月下美人

大学の寮に入ったばかりのとき、根暗な僕を回りになじむようにいじくりまわしてくれたのは先輩だった。
目を見た瞬間に気づいたらしい、こいつ、根暗だけどいじられキャラだな、って
そうなのだ、小学生のころのいじめのせいで、それからはいじられキャラが毎年定着して、
いつしか、根暗なのに無理してばかりだ、大学でその姿勢をかえようと……したけど
うまくいかなかった。

だから女の先輩、二つ上のミサ先輩には、感謝をしているんだ、
結構無茶苦茶で、パシリみたいなことをやらされてはいる。
それでも、ほかの連中より大分たのしい。
どこか男勝りで、姉御肌で、皆と仲良くできるのに、何か心にひめた孤独がありそうな人で、
特殊な感じが、とてもすきだ。
今日は、先日先輩に教えられた書店にいった話を、寮の玄関先で、朝偶然に居合わせた先輩にした。
朝といっても10時で、さっき別の書店で漫画本をかってきたのだ、
先輩はすぐに僕の右手の漫画本に気づいた。綿棒もはいっていたが、袋ごととりあげられた。
黄色いふちの眼鏡と、赤いメッシュがキラリとひかる、まるでどこぞのマフィアみたいだ。

「あの書店にいったんだ、この街では、誰もあそこにいく人はいないよ、なぜつぶれていないか、不思議なほどですよ」

ふっとこばかにするような笑いがきこえたので、僕はちょっとむっとした。

「だけど、ミサ先輩が」

「ミサ先輩、ミサ先輩って、あなた、私のことたよりすぎよ」

先輩は僕より先に玄関に入って行った、あとをおうが、古い家屋は家鳴りとともに、足跡のテンポにあわせて、先輩のゆれる重心と両足の重みで木が軋む音をたてた。
廊下の突き当りには、斜めに開け閉めするタイプの窓があり、今朝は6時からずっと、寮母のサキさんの手で開け放たれたままだ。
ぼーっとしていると、またもやくすり、と薄笑いをうかべて先輩は、肩からぶら下げていたバッグから、いつものことだ、また僕に小説の文庫本をさしだして、貸してくれた、そのかわり、僕が買ってきたばかりの漫画をとりあげたんだけど。
先輩は完全に靴をぬいで、廊下の左側に手をついて、体を一瞬ふらっとゆらした、
いつものこと、彼女は貧血だ、貧血気味なのだ。

「先輩はどこへ?」

「コンビニいってきたの、シャンプーきらしてて」

「文化交流」

とか言ってへらへら手を甲をみせて振って、自室のある廊下の最奥の部屋へと歩いて行った。
僕は先輩に、この小説の感想をかけと言われているのだ、
毎度のことだから、細かくはいわないが、毎度返答をもとめられる、先輩が好きな本は、常にサスペンスだ。
そういえば、謎の多い人だ、首のところに、尋常じゃない深い傷跡があって……。
美人なのに、その瞳には、得体のしれない薄暗さをひめているようで、ときたま、瞬間的にみえる、ニヒルな目線は、地べたの何を意識して追っているのだろうか、謎だ、謎なのだ。

先輩の後ろ姿は、やけに同情をひいてしまう、眼をそらし、とっさに
僕は、さっき自転車の鍵を閉めるのを忘れてたのを思い出した。
ひとまず、チノパンの右のポケットから、ハンカチをとりだして、さっと額の汗をふいた、まるで噴水のようだった。

「もう一度裏手へまわらなければ、面倒だな、暑いな」

そういえば、さっきの話には続きがあるんだ。
この寮にはいったときの、恩、先輩への恩返しをしていなかった。
今度の週末、暇だから先輩をあの書店に案内しようとおもう、先輩がからかった書店だけど、
ひとつだけ面白いことがあったのだ。
先輩は、サボテンが好きだから、月下美人をプレゼントしよう。
きっとこの街のだれも知らないだろう、あの書店の最奥には、あんなかわいい仙人掌がうられているなんて事を。
だから、ただ馬鹿にされただけで終わるはずがない、いくらあんな感じの先輩でも、あのプレゼントは喜んでくれるはずだ。

月下美人

月下美人

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-21

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