精神状態が悪いときの避難訓練

清水優輝

昨晩、近所で夏祭りがあった。毎年浴衣を着て家族で遊びにいくが、今年は行かない。母が家で猫になってしまって早3ヶ月。トイレトレーニングもようやく終えて、餌のカリカリも慣れてきた。同じ頃からだろうか、父の頭から光る棒状の触覚が生えてきた。お医者様が言うにはストレスだと言うが、どうもそれは信じがたい。父はいつも水の中にいる。ストレスというのは、大陸の鼓動が我々の肉体に伝達して発生すると聞いた。全ての生命が海で生きていくべきだった。臆病者が陸にあがり、両生類から爬虫類そして哺乳類へと進化(私に言わせれば退化)が地球の逆鱗に触れてしまった。私の父はいち早くそのことに気づいて、幼い頃から水中で生活する訓練を独自に行なっていた。それでもストレスを受けるというのだろうか。医者の手が爛れて滲出液が漏れ続けている。患部をガーゼで覆ってはどうですかと言ったが、無視された。看護師さんは私に耳打ちして言う。「先生はあれが精液なんです。あなたに興奮されているんですよ」父がその言葉に反応して触覚を左右に揺らす。ああ、あれって神経通ってたんだなあと私が関心していると医者は慌てふためいて警察を呼んだ。看護師さんは一瞬で砂となってしまった。
私のこれからの人生は両親の介護で終わる。そんな予感がして涙を流す。遠くの空に花火が打ち上がる。虚無という文字が夜空に浮かんだ後にポヨヨンポヨヨンという音が遅れて聞こえてくる。今年の花火はセンスがないな、去年は地震予測をしてぴったり当てていた。うんざりした気持ちの私の背中から放射線が放出されていた。家具たちは喜んで姿形を変えて、有象無象の奇怪な祭りが開催される。近所の祭りに腰を下ろしていた屋台まで連れてきて家は定員いっぱい。猫(母)がみゃうみゃうと私に我が家の異変を訴えても私は憂鬱の中で、声が聞こえない。箪笥が焼きそばの鉄板と結婚式を始めている。牧師は射的の的にされていた猿のぬいぐるみ。どんちゃん騒ぎは花火大会が終わった後も続く。猫(母)は誤って私の背中に顔を擦り付けて、放射線を全身に浴びてしまった。そのせいでまるで人間のように手や足が伸びて体を覆っていた毛が抜け落ちる。母の胸の膨らみに興奮した勉強机がガタゴトと体を硬直させて母に体当たりをしていた。血が出ているが、家具には嗅覚がないためにわからなかったようだ。父は研究所で解剖調査を受けている最中で、一週間は帰ってこない。もう1階は潰れてしまっているのに、階段と私の周りだけが静かで、家具は踊りを辞めたくなかった。朝日が昇る。新たな生命が生まれた。ガラスの瓶が5個。ここの中に冷蔵庫のミルクを入れて、挨拶回りがてらご近所さんに分け与えたいと思う。全てを取り締まっているのは三面鏡。うちの子は中学受験を控えているんですよ!と怒鳴ったおばさんが鏡に向かって鍵盤ハーモニカを投げつけた。子供はすでに植木鉢に成長していた。鏡は割れて飛び散り、世界中に旅立つ。これが写真のはじまりであった。
一方、私は泣き過ぎて体に貯蓄しておいた水を全て使い切ってしまった。慌てて水を補給しようと荒川に飛び込んだが、あまりに水がなかったため荒川の一部となって溶けてしまった。私はこれでは誰が私の家族を守るんだろうと不安に思う。でも、もうあんな家に帰らなくていいのだと安心する。親となった荒川は子供の気持ちを知っても知らんぷり。ただ流れて流れて海へ行く。荒川が埼玉から東京にたどり着いた頃、パーキングエリアで休憩した。ソフトクリームがとても美味しくて一緒にいた苔にも与えた。苔は真っ白になって死んだ。ひ弱な奴め。そういえば、大陸を離れて全身が軽くなったように思う。父が言っていたことはやはり正しかったのだ。散乱するゴミ箱を見つめて哀愁に耽る私の背中から、再び放射線が出てしまったようで、荒川に住む魚が元気にハレ晴レユカイを踊り始めた。私はいつも私がきっかけで起こる奇怪な現象を知ることはない。ハレ晴レユカイを踊る魚たちの集団は一躍有名になり、インタネットでバズりまくり大手企業から依頼が殺到した。そう、現代の我々が抱える問題の答えはすべて、ハレ晴レユカイに隠されていたのである!私の放射線により、踊り始めたのも決して偶然ではない。私は神に仕える巫女である。無自覚に世界を救ってきたのだが、その結果が荒川だなんて、神も全く残酷だと言わざるを得ない。YouTubeの広告で利用されると、批判が殺到した。不愉快な動画を見せるな、不適切だ、子どもに見せられない。そのような一般市民の言葉は利根川の堤防を崩壊させるには十分だった。埼玉の平野は一面、浸水し田んぼは死んでAEONだけが煌々と光っている。全ての埼玉県民が利根川から逃げ惑う。首都TOKYOは沈黙を貫いている。助けたのはブラジルであった。(埼玉にはブラジル人が多く住む街がある)こうして、2018年埼玉県民大移動が世界史の教科書に記されるようになったのだ。私は荒川に身を委ねた女。とっくに海へたどり着き、余生を過ごして平和に暮らした。時々ブラジルまで遊びに行って地元の顔の可愛い友だちのセックスの話を聞いたけど、もう私は言語野を捨てていた。

精神状態が悪いときの避難訓練

精神状態が悪いときの避難訓練

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-21

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