悪魔のフンと悪魔の証明
「僕は知らない!!」
「うそ!!私の手鏡盗んだ!!変態!!」
ロッジ君と喧嘩をしたのは、2か月前、キャンプ場でのことだった、
私は野球部マネージャー、彼は優秀なキャッチャーだ。
一か月前は、不思議な占い師のいる店によった。
親友のサキの紹介で、隣町の雑居ビルの、弁護士事務所の上にあるというフロア、
そこに評判の占い師がいるというので、よってみた。
古臭い、ぼろぼろの大きな長机に座る占い師、横幅は広く、またがなければ向こう側にはいけない。
対面するように、小さな椅子がおいてある、背もたれもどこかたよりなげな、すぐにおれそうな、全部が木製の、どこかの老人が
日曜大工でつくったんじゃないかとおもえるような、木の枝でできた背もたれだった。
長机の向こうにすわり、水晶をいじくりまわしている占い師は、怪しい格好をしていた、どこか、アラブあたりの女性がするような、顔を覆うような布切れをつけて、
瞳意外はすべてかくれている。
「何がご相談ですか」
自分の返事は覚えていないが、たしかこうこたえた。
「たよりにしている男友達がいます、でも彼が嘘をついているんじゃないかと思うときがあります
私は自分に自信がありません、人間としての自信です」
占い師は、
深く溜息をついたあと、わらって、ひとつぶのコーヒー豆のようなものをさしだした。
「これをさしあげます、お代は必要ありませんが、二度とここへきてはいけません」
少しいらっとした、私は何か悪いことをしただろうか、
むくっとして、型を張って、こぶしをひざの上にのせて、しばらくピンと背中をはっておこったしぐさで訴えたが
占い師は、もう別の作業(手元の資料をがさがさとさぐって、ひとみはパチクリパチクリ、忙しそうにしていて、まるで私の存在がここにないように)
をしていたので、私は背後のカーテン、客があけて、自分でしめる、ドア代わりのビロードのような質感のカーテンをひらいて、その店をあとにした、
その日のうちに、占い師にいわれたことを実践した。
コーヒー豆のような、占い師いわく「悪魔のフン」を、
煎じて飲んだのだった。
占い師はいった。
「あなたには魔がとりついています、あなたは悪魔のフンを煎じてのまなければいけません、
これは悪魔の感情や、感性、心の葛藤が凝縮されたものです、悪魔が排出するものだから、逆をいえば
悪魔にとって必要のないもの、正しい葛藤も混じっているのです」
次の日、朝のホームルーム。
「コソコソコソ」
耳元で何かが聞こえる、
よく耳をすますと、人間の言葉だ、眼だけを動かして、耳元に注意をはらってみる、
まるでピエロみたいな小さな人間が、紫色の全身スーツのようなものをきて、紫色の同じとんがりぼうしをつけて、
こちらをみて、私の首筋より上、頭のあたり、丁度耳の真横で、浮遊して私にむけて語り掛けていた。
「ねえ、君、君は占い師に、キャンプで手鏡を盗まれたことをいっただろう、友人の男、ロッジ君をうたがっているだろう」
なぜこいつはそのことをしっているのだろう、しかし、悪魔のフンとは、幻覚作用のある不思議な薬だったのだろうか?
だとすれば無償提供もうなずけるものだ、やはりあの占い師、ただものではなかったか……?
「本当に彼はしらないよ、それどころか、君だって、あの手鏡が本当にあったかどうかすら覚えてないんじゃないのか?」
ハエをつぶすようにはらっても
ふーっと息を吹きかけても、そいつはまるで動じない、まるでそこだけ別次元か、あるいは真空のようだ、
先生は私の挙動不審にきづいていた、私はセーラー服のヒモを直した。
「君たちの関係は、初めからいびつだったことを覚えていないのかい」
(そうだ、初めに仲良くなったとき、私は何もないところでころんで、なぜだか、あの子は、丁度おとしものをして、
そのひろったおとしものが、手鏡……)
「悪魔のフンの秘密を教えなくてはならないようだね、
おこるはずのない偶然、普通ありえなかった出会いをチャラにすることのできるものだ、
悪魔のフンは、ありとあらゆる、絡みついた厄介な事象を、なかったことにできる、
つまり、“手鏡”は初めから存在しなかった、それどころか、いま、この“出来事”は二人の脳内に形づくられたんだよ」
私は戦慄をおぼえた、そんなわけがない。
なぜなら、人は記憶をもつ、記憶は時間の感覚すら上手におさめている、それどころか
私には喧嘩したときの感覚も、ビンタをした時の感覚さえ覚えている。
それらがすべて、夢か幻なら、私たちは、なぜ喧嘩をしたのだろう……。
「君が選ぶんだよ、仲直りするか、しないか、あの占い店に立ち寄った時点で、あなたが、パラレルワールドの扉をひらいたのだから、ね」
3週間後、私は男友達のロッジ君を体育館倉庫裏によびだした、夕方、夕焼けが校庭と校舎をそめていて、
校庭を囲むように植えられた木々や、生い茂る草木が、私たちをわらうように、風でばたばたと音をたててゆれていて、
花壇には、きれいな紫色を蓄えた、アジサイの花がさいていた、
そうだ、いつだったか、ロッジ君は、私の髪に、アジサイをつけてくれたことがあった、
恥ずかしいとわらっていたが、彼なりの茶目っ気だったのだ。
「ごめん、手鏡なんてなかった、だけど、私たち、少し距離をおこう、あなたが、私の友達のサキちゃんと仲良いのをしっているから」
ロッジ君は何もいわなかった、
特に男女の関係を望むわけでもないが、
なんだかいらいらする、意味もなく、優柔不断な気がしてしまう。
そして、私は、彼の中の、中立的な態度に甘えているのだ。
言い忘れたが、私は基本的に男性が苦手で、唯一高校で絡みやすいのがロッジ君ただ一人だった。
そして私たちは、今ギクシャクしている、どうか、これから、友人という存在の定義について、しっかりと考える事ができますように。
悪魔のフンと悪魔の証明