万茸鏡(まんじきょう)

万茸鏡(まんじきょう)

茸幻想小説です。PDF縦書きでお読みください

 
 万華鏡を買った。衝動買いである。金沢の町を歩いているとき、金箔のお店に入った。金箔がちりばめられたられた扇子、金箔が張られた張り子の猫、金箔が巻かれた箸、みんな金だ。特に買おうという気はなかったが、さすが日本の98%の金箔を生産している金沢だなと感慨に耽っていると、窓際に三本ほどの万華鏡がおいてあった。綾花作とある。何気なく手にとってのぞいてみると、宝石の輝きが幾何学模様で目に飛び込んできた。ゆったりと変化する画像。時々、ぴかっとひかる金の瞬きが、今まで見たことのない、幻視の世界に時を忘れてしまっていた。
 「黄泉が見えますよ」
 と言う声で、いつの間にかその万華鏡を持ってレジに並んでいた。
 誰がそう言ったのか、周りを見ると、前に並んで脂取り紙を買っている若い女性客しかいない。店員は一人で、その客の買った物を包んでいる。
 頭の奥で勝手に作り出した幻聴なのだろう。
 前の客が終わったので、万華鏡をレジの上に置くと、店員さんが私を見上げた。
 おかしい、前のお客さんの買った物を包んでいたのは子供っぽい、アルバイト的な雰囲気の女の子だったが、目の前で私をみた女性は、細い目にアイシャドウを引いた女性だ。深紅の口紅を塗った薄い唇の口を、金箔一枚ほど開いて、「ありがとうございます」と言いながら、真っ赤な布に万華鏡を包み、袋に入れ私に差し出した。真っ黒のドレスを着ている。奇妙だ。
 私は受け取ると、店を出た。通りでは観光客が三々五々、店をのぞきながら歩いている。そういえば、代金を支払った記憶がない。だが、手には小さな紙袋があり、中には布に包まれたものがある。
 ほかの物も見るつもりだったのだが、いつのまにやらホテルの前にやってきた。628号室の鍵を受け取り、部屋にはいると、テーブルの上に買ってきた物を置いた。
 紙袋は金沢らしく、和紙でできていて、何と贅沢なと思っていると、紙袋ががさがさと動いた。
 背筋がぞくっとした。中に生き物がいる。いや、目のせいだろう。と思って見ていると、紙袋の口がぱくっと開いて、横に倒れ、万華鏡を包んだ赤い布がテーブルの上に転がりでた。そのまま赤い布がテーブルの上に広がると、真ん中から、真っ赤な茸が一つコロリと転がりでてきた。
 万華鏡ではない、赤い茸だ。
 再び、身体がぞくっとした。
 だが、もう一度見ると、それは、赤を基調にした円筒系の筒で、金箔が散らばっている。まさに、買った万華鏡である。いや、違う。領収書を見ると、万茸鏡とある。なんだろう。
 手にとって、窓の方に向けた。右目を近付けてみる。
 覗くと赤と白と碧のきれいな幾何学模様が目に飛び込んでくる。やっぱり万華鏡だ。ゆっくりと回すと、模様が変化していき、時々キラリと目を射るように、手裏剣のような金色が目に刺さる。金色は必ずしも好きな色ではなかったが、金沢で金を目にして、その落ち着いた光に魅力を感じるようになったが、万華鏡の中の金の光の刺激は、宇宙の果てから飛んでくる力のようだ。万華鏡の向こうの世界に立てかけてある鏡に太陽の光が当たって、はねかえって、万華鏡にはいってきたような感じもする。
 赤と橙に緑が少しはいった幾何学模様が、流れるように青と橙の柔らかな花模様に変化し、急に悦角の三角の集まりになったと思ったら、キラリとひかり、いきなり真っ暗になった。こんなことがあるのだろうか。
 それは一瞬で、またきれいな赤い花が現れた。赤いのはルビーで、緑はエメラルド、万華鏡の先に仕込まれた宝石の作り出す色だ。ゆったりと次の模様に変わる。
 金色の光がぴかりと再び目に刺さる。
 ところが、その後に、金色の茸の形が真ん中に現れた。万華鏡を回しているのに、非対称形で動かないものが、視野に現れるということがあるはずはない。
 茸の周りでは、いつもの幾何学模様が変化していく。見ていると、金色の茸が次第に膨らんできて、視野いっぱいになると、視野がぐんぐん広がっていく。やがて、金色の茸がぱちんと弾けた。視野一杯に見慣れない景色が映し出された。だから、万茸鏡なのか。何か仕掛けがあるに違いない。
 未だ見たことのない風景である。緑色の道が遠くまで続いており、自分はその道の脇にいるようである。道は土のようようであるが、モスグリーンである。道の脇はなだらかな丘になっているが、そこは薄い紫色一色である。木々が生えておらず、ただ、金色の茸がにょきにょきと生えている。空は青くなく、真っ白であるが、曇っているわけではない。太陽がないが、ぼんやりと空が明るいので、道や丘が陰影のない絵のように浮かんで見える。おかしな風景である。自分の周りでも、テレビや映画の中でもこのような景色が表現されたことはない。この世のものではない景色だ。
 道に人が現れた。私の目の前に近づいてくる。白い絹のような布を身にまとい、裸足である。近づいてくると、それが男であり、見たことのある顔である。男は目の前に来ると、私の前に立ち、首を下げて私を見た。
 何か私に話しかけたようだが、全く聞こえない。消音にしたテレビを見ているようだ。そういえば、音というものがない。しかし、彼はしゃべっている。
 そうだ、この男は大学の時のクラスメートの一人だ。十年ほど前に胃癌になり、手術をしてから三ヶ月ほどでなくなったと友人から聞いた男だ。彼は体育会系のクラブに入っており、私はマジッククラブと、趣味がだいぶ違ったこともあり、大学時代は特に親しく話をしたことはなかった。
 彼はしばらく私のほうを見ていたが、私に向かってお辞儀をすると、歩いて行ってしまった。
 彼の後ろ姿が見えなくなると、今度は、反対側の道の端から、人が現れて私に向かって歩いてきた。老婆である。やはり白い絹のような布をまとい、ゆっくりと近づいてくる。かなりの時間をかけ、私の目の前にくると立ち止まった。私を興味深く見下ろしている。
  おや、九十で死んだ祖母ではないか。数十年前に亡くなっている。何やら言っている。見慣れた顔なので、口の動きが少しわかる。どうも「おかしな茸」といっているようだ。そういえば、あのクラスメートの口の動きもそんなふうであった。租母はしばらく私を見下ろしていると、お辞儀をして、ゆっくりと歩き始めた。次にきたのは老人である。祖父であった、祖母が死ぬ一年前に心臓発作で死んだ。九十五歳であった。祖父も私の目の前で立ち止まると、見下げて、やっぱり、「おかしな茸」といっているようだ。そう言って、やはりお辞儀をすると、立ち去っていった。
 次にせかせかと歩いてくる大きな人間がいた。いや近づいてくる。鳥をつれた大きな男だった。私の前に来ると、その男が青鬼で、おでこに角を一本生やしていることが分かった。鳥はカラスに似た、真っ黒な鳥だが、目がなかった。
 青鬼は私を見ると、「こんなものが生えやがった」と私にわかる声でいった。
 「ほら、喰ってくれ」と黒い鳥に言っている。鳥の嘴が私の上に突き出され、ぱくりと飲み込まれた。
 はっと、我に返った。私はホテルの一室で、万華鏡を両手で持って覗いていた。万華鏡の中では宝石が作り出す幾何学模様がきれいに輝いている。
 万華鏡から目をはなし、今見たことを思い出した。何とも奇妙なものを見たものである。仕掛けなどなさそうだから、白昼夢を見ていたのだろう。このようなことは初めてである。
 私は万華鏡、いや万茸鏡を赤い布に包んだ。
 金沢の旅を終え、東京調布の自宅に戻った。一人住まいである。駅前マンションの十三階の部屋から、晴れた日は東京副都心の高層ビルがよく見える。八月の終わりに行われる多摩川の花火大会の時には、友人がこの部屋に集まって、酒盛りをしながら花火を楽しんだりもする。
 バッグの中身を取り出し、旅行の後片付けをすると、みやげ類を机の上に置いた。明日会社の仲間に渡すものである。部屋には金沢のお菓子、それに本物の脂取り紙を皆に買った。私の課には女の子が三人、男が三人いる。男たちは皆結婚しており、脂取り紙は女房たちへのみやげということになる。脂取り紙は、金箔を作るときに使った和紙でできているのが本物ということで、少し値が張るがそれにした。私はほとんど休暇を取ったことがない。できるだけ部屋の者たちが休みをとりやすいように、私が仕事を変わってやることにしていたことから、休暇をとりそびれていたのである。今回は久しぶりの休みであった。
 紅い布に包まれた万華鏡、いや万茸鏡が机の上にある。自分のために土産を買うことなどあまりないことである。
 椅子に腰掛け、布から万茸鏡を取り出すと、副都心の見える窓の方に向けた。ゆっくり回すと、白いハート型の模様がすーっと真ん中に集まり、きらっと光ると、橙色の楕円の模様が広がり、中央に細かな芯のある花が咲いた。万茸鏡をちょっと動かすと、新たな模様が現れ、同じものは全くない。飽きずにのぞいていると、花の芯が金色に光り、小さな茸の形になると、画面いっぱいに広がった。金沢のホテルの時と同じだ。私の目は長いモスグリーンの道となだらかな茸の生えている紫の丘を見ていた。
 白い布をまとった女の人が、白い布に包まれた赤子を抱えて歩いてくる。私が見ている前に来るとかがんで、私にお辞儀をした。知った人ではないが、何となく懐かしい人である。次に遠くに現れた人は真っ赤である。今まで白い布にくるまれた人ばかりだったので異様な感じを受ける。いや、一度青鬼と黒い鳥が通ったことがあった。
 赤い人は近づくにつれ、様子が分かるようになってきた。赤い鬼である。おでこには一本の角が生えている。前に見たときに現れた青鬼より小さいようだ。私の近くにくると、その赤鬼には乳房があり、女性であることがわかった。しかも、白い布にくるんだ赤ん坊の口に乳首を含ませている。赤鬼は私の前に来ると、立ち止まって「おや、こんな茸が生えている、青鬼に知らせておかねば」と独り言を言うと、反対側に歩いて行ってしまった。赤鬼の前に通った子ずれの女性の後ろ姿が、遠くに消えていくところだ。
 この道はどこからどこに続くのか。通る人はどこからきてどこに行くのか。
 そこに駆け足でくる青い人の形が見えた。明らかにあれは青鬼だ。側にやってくる。やっぱり青鬼だ。目のない黒い鳥を連れている。
 「また、現世茸の奴が顔を出している、どうして、こんなものが生えるんだ、ヌエ、ほら食ってくれ」
 ヌエと呼ばれた目のない黒い鳥は、私の真正面に来ると、嘴を大きくあけて、突き出した。そのとたん、いつものの万華鏡の幾何学模様がきれいに現れた。万茸鏡に現れる金の茸は、その世界に生える「現世茸」と呼ばれるものらしい。
 万華鏡から目を話すと、遠くの高層ビルが夕日に当たってきらきらと光っている。

 朝、会社にでると、まだ誰も来ていなかった。いつもは何人か私より先に席についているのだが、と思っていると、女の子が二人顔を出した。
 「部長、早いですね、旅行はどうでした」
 と、自分たちの机に鞄を置いた。
 「うん、金沢に行ったのだが、よかったよ、お菓子、十時にでも開けてよ」
 「すみません」
 「それに、これ、みんなに」
 「なんですか」
 「脂取り紙」
 「あら、部長、ずいぶん渋いものをご存じですね、嬉しい」
 そこに、ぞろぞろと、スタッフが入ってきて、全員がそろった。
 「部長、おはようございます」
 「そこにお菓子、それに油取り紙」
 「これ何するものですか」
 男性陣の質問に、女の子が答えてくれた。「顔の肌の汚れをとるのよ」
 「俺たちの顔もですか」
 「ばっかみたい、奥さん喜ぶわよ」
 「そうか、それにしても、部長早いですね、まだ八時半ですよ」
 この会社は九時始まりで、いつも一五分前に来ることにしているが、と思い、腕時計を見ると、壁の時計より三〇分も進んでいる。みんなが遅いのではなくて、私の方が早く来すぎたようだ。久しぶりに休みを取ったので、どうも調子が狂っているようだ。
 「何か変わったことはなかったかい」
 「大丈夫です、新しい契約も取れて、会社の株も上がっています」
 「それはよかった、みんなのお陰だね」
 「いやいや、部長ががんばりましたからね、我々の分までずいぶん働いてくださったから」
 オーストラリアの会社と、長期の大きな契約を取るため、この一年、皆でがんばってきのである。それが一段落して、皆の薦めで休暇を取ったということである。これからは、人並みに土日に休みを取ることができるであろう。

 こうして、一週間が過ぎ、日曜日の朝にどうやらいつもの生活を取り戻せたようだ。朝食を食べ、机に向かうと、万茸鏡を手に取った。朝日が当たって、万茸鏡の中の模様も明るく、はっきりと目に入ってくる。
 幾何学模様の変化に目を奪われていると、また中央に金色の茸が現れた。茸は画面いっぱいになると、長い道の脇から茸の生えている丘の景色が現われた。
 道よりちょっと離れた丘の上に生えている茸が、いきなり赤く光った。すると、ムクムクと大きくなり、ぱかりと割れると、中から白い布をまとった若い女性が現れた。その女性は道まで降りてくると、私の前に来て、私を見下ろし、頭を下げた。女性は昔の有名な女優に似ている。もちろんとっくに亡くなった人である。その女性は首を上げ、左を向くと、道を歩きはじめた。
 このモスグリーンの道は歩く方向が決まっているようである。人は必ず右の方から現れて左に去っていく。それに紫の丘一面に生えている茸には人が入っているということがわかった。ということは見渡す限り茸の丘であるから、それだけの人がいるということなのだろうか。
 女優の姿が見えなくなると、右の方に人影が見えた。 
 老人が一人、白い布を身にまとって近づいてきた。私の目の前で、立ち止まりお辞儀をした。
 その顔を見て私はびっくりした。十年前、私が四十五の時に、心筋梗塞で世を去った親父ではないか。母親は私が生まれてすぐに病死したので顔はわからない。
 私が見ているのは死の世界、黄泉の世界なのか。黄泉の世界で死んだ者は茸の中にいる。私は黄泉の世界に生えた現世茸の中から、この景色を見ているのではないだろうか。そういえば青鬼や赤鬼が現れた。鬼は地獄と決まっていたが、親父が地獄にいるはずはない。鬼は黄泉の国の役人のような役割をしているのだろう。現世茸は生きている人間が黄泉の国を覗くことのできる部屋に違いない。見られちゃまずいので、青鬼はヌエという黒い鳥に食わしてしまったのだろう。ではあの女の赤鬼はなんだろう。赤子を抱いていた。そうか、赤子は歩くことができないので、赤鬼はああして抱いて、どこかに運んでいたのではないだろうか。
 そんなことを考えている間に、親父は先に歩いていってしまった。
 「どこにいくんだ、親父」
 私は声をかけた。
 その拍子に、親父の背中が近くなった。私が親父に近づいたようだ。見ると、道ばたに一つ、金色に光っていない茸があった。そこに青鬼が現れて、ヌエにその茸を食べさせている。あれは私が今入っていた現世茸ではないだろうか。そこからこの黄泉の世界を覗いていたのだろう。きっと、空いていた金色の茸に入って親父の背中を見ているのだ。親父はどんどん歩いていく。どこに行くのだろう。だいぶ先に行ってしまった。私は「どこにいくんだ」と叫んだ。すると、親父の背中が近くなる。親父はかがんだ姿勢で、モスグリーンの道を休みなく歩く。
 姿が遠くなると、私は「どこにいくんだ」と叫んだ。すると、私は親父の歩いている近くの金の茸に移っている。後ろの方では青鬼が、今私が入っていた茸をヌエに食べさせている。私が入ると金色の光が消えてしまい、現世茸のようになり、使えなくなるようである。迷惑をかけているのかもしれない。
 何度「どこにいくんだ」と叫んだことだろう。私は一生懸命親父の後を付いていった。
 親父はあるところで立ち止まると、紫の丘に向かって歩きだした。私は道の脇の茸から親父を見ている。ほんの少し登ると、親父は一つの茸の前で立ち止まった。何か声をかけているようだ。声をかけられた茸が赤くなってするすると大きくなった。ぱかりと割れると、中から二十位の女性が現れて、親父と話をしている。
 親父とその女性は丘を降りてくると、私の入っている茸の前に立った。白い布をまとったその女性の顔は、どこか私に似ていた。会ったことのない母親のようだ。私を産んですぐ他界をした母親である。私は確信した。地味だが落ち着いた女性のようだ。
 万茸鏡は私を母親に会わせてくれた。
 親父は母親に会いに行くために、モスグリーンの道を歩いていだ。だが、どうして会いに行ったのだろう。
 二人は私の入った茸の前でお辞儀をすると、二人して歩きだした。どこに行くのだろう。二人は遠ざかっていく。私は「どこに行くんだ」と、声を上げた。
 また、二人の後ろ姿が近くなった。空いている茸に私が移ったのだ。すると、すごい勢いで青鬼がが走ってきた。「なんと早い現世茸だ、ヌエ食え」そう言った。ヌエは私の入っている茸を突ついた。現世茸は新たに生えるのではなく、万華鏡をのぞくと金色の空いている茸に私が入り、変ってしまうのだろう。
 ヌエに茸を食われた私は、机の前でいつもの万華鏡をのぞいていた。
 なんだか部屋の中が薄くらい。朝食を食べて、すぐに万華鏡を手に取ったのだが、一体どのくらい覗いていたのだろう。
 時計を見た。もう、夜の八時である。昼食も水も取らず、十二時間近くものぞいていたことになる。こんなことがあるはずはない。空腹感がない。
 親父が現われ、歩いていくのを追いかけていたら、こんなに時間がたってしまったのだ。親父は最初、お袋の入っている茸を探して歩いた。お袋に会ってからは、二人して歩き始めた。きっと、誰かに会うつもりで歩いていったのに違いがない。
 親父とお袋が会いに行くとすると、きっと肉親だろう。祖母と祖父だろうか。しかし、二人で行く必要があるだろうか。
 私は、はっと思いあたった。二人が探している茸は私が入っている茸なのではないだろうか。私は二人の子供である。だが、私の入っている茸は、今はないはずだ。
 そうか、私は定期検診の時、医者が言った言葉を思い出した。「心臓に気をつけてください。ちょっと細動があるからね」
 私はもうすぐ黄泉の国に行く運命なのだろう。それもいい、親父とお袋が歩き始めたときから、私の寿命がつきるタイマーのスイッチが押されたのだ。明日か一月後かわからないが、身の回りをきれいにしておき、精一杯楽しんで生きよう。
 それから一月、私はまだ、万茸鏡を覗いている。きれいな幾何学模様が柔らかく変化し、私を和ませてくれている。ただ、あれから、金色の茸は現れなくなった。黄泉の国を覗くことができなくなったのである。しかし、もうすぐ、本物の黄泉の国を見ることができるのである。あのどこかの紫の丘の空いている金色の茸に入ることになるのである。きっと、すぐに、親父とお袋が訪ねてくるに違いがない。親父とお袋の顔は静かだった。きっと黄泉の国は平穏な世界なのであろう。

万茸鏡(まんじきょう)

万茸鏡(まんじきょう)

万華鏡を買った。覗くと茸が現れるようになった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-20

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