ふるさと
暗い土地だと思う
駅に近づくにつれて、不安が大きくなった
郷愁はどこへ
また1人死んだという
また1人、気を病んだという
老いゆく灰色と乾いた血の色が、並んでゆっくりと腰を下ろす様が浮かんだ
「どうにも、鈍感でないとやってられないよ。」
ラーメンを食いながら彼が言った
「まぁ。」
ビールを注ぎながら答えた
「もういいじゃないですか。」
「ん、何が。」
「…考えなくても。」
「いや、俺のいう鈍感がその考えないってやつだよ。鈍感だから考えないだろ?考えないから鈍感なんだよ。繊細なやつがよく考えてるとも思わないけど、そういう奴は考えすぎてることも多いだろ。」
途中から、何を言ってるんだか耳に入ってこなかった
口から何か飛ばすんじゃないかと思って、コップのビールを飲んで自分寄りに置き直した
ただ寄せたんじゃあ感づかれるだろうと思って、無理に一口飲んだ
あんたは十分鈍感だから、考えなくても良いってのに
「お前あれだろ、考え過ぎるタイプだろ。いまも暗いもん。見てわかるよ。前からだけど。」
腰を下ろしていた私の印象が、少しだけこっちを向いた
「まぁ。鈍感なら楽に…なれるんでしょうかね」
本当は、「楽でしょうね?」と言ってやりたかった
「自分にとっては楽だろうなぁ。鈍感ゆえに周りの人を傷つけるかもしれないし。繊細な奴は自分だけ苦しんだりすんだろうな。」
自分だけ、かぁ
あれ、あれれ、私の灰色の印象が向こうへ行ってしまう
「あぁ、でしょうねえ。」
卑屈な人なんて、自分が思ってる以上に何も考えてなんかいないかもしれないな
こいつ、ちゃんと噛んでるのか
いま丸飲みしたんじゃないか
あ…
私の印象がどこかへ消えてしまう
「はぁ。つまらないな。」
「まぁ。」
「最近いいことないもんなあ。」
孤独を感じた
なんともいえない孤独で、私の顔は歪んでいる
「汁、飲むんですね。大丈夫ですか、健康。」
「良いだろ、そんなの大丈夫だろ。毎日じゃないし。やっぱり考えすぎだよな、絶対そうだよ。」
「気にしちゃうんですよね。そうかも知れないです。」
「行くか。」
「行きますか。」
もう私の印象はどこにもいない
取り残された
「じゃ。」
「どうも。」
奥さんによろしくと伝えた
彼はやたら優しい笑顔で、えくぼを残したままあっちに向いて歩いて行った
たぶん振り返らないだろうな
そう思ったら、彼は一度振り向いて軽く手を上げた
ふるさと