「短編」記憶の渦、愛の輪廻

趙海如

「暇だ...」

 ソファーの上に無気力に座っている男がそう呟いて、首にある蒙古斑に手を添えた。

 彼の名前は黒木(くろき)利亜夢(りあむ)、天才だ。彼の親が何を思ったが、彼に所謂「キラキラネーム」というような名前を付けたが、その特殊な名前が他人に気にならなくなるほど、彼の「天才具合」が異様である。

 生まれた時から頭の回転が速くて、何を勉強しても簡単に百点を取れるレベルだった。運動も得意で、特に鍛えなくても体が他人よりちゃんと出来ている。
 彼はその文武両道を生かして、小学校の頃にはピアノのコンサートに参加して、圧倒的な腕前で一位を取った。多くの音楽家が「弟子になってくれ」と彼に頼った事がある。
 それ以外にも、中学の時に一時期剣道にはまり、一年生で中学全国一を取ったとか、高校の時に明らかに向いていない柔道を学びに入り、半年で全国レベルの指導先生に勝ったとか、様々な伝説を作り出した。

 しかし、彼はその中のどれも結局最後まで続けなかった。どんな事でも、彼にとって簡単すぎて、すぐに興味をなくしてしまうのだから。飽きっぽいと言えばそれまでだが、彼に関してはそれも仕方のない事だと思う。優秀...いや、天才すぎる故に、彼を熱中させられるような事なんて、何一つもなかった、どれも彼にとって簡単すぎていたからだ。

 もし、この世に神様というものが存在しているのなら、きっと神様は彼のパラメータに振り込むポイントの量を間違えたのだろう。

「お届け物で~す!」

 だけど、彼は今日また一つ、今まで試した事のない事に挑戦するつもりだ。

 彼は親から20歳の誕生日に今最先端のゲーム機をプレゼントされた。ネット上ではかなり好評で、「ディープなダイブ感をお届けします」とかが売り文句らしい。

 彼は配送業者からゲーム機を受け取り、「どうせ今回もダメだろう」と心に予防線を張るも、ちょっとはワクワクしている。

 自分に熱中できるものであれば、それが良くないものでもいいと、そう思いながら彼は素早くゲーム機を起動した。

「あれ?」

 その時、彼は急にとても強い眠気に襲われて、そのまま意識を失った。
 ・・・・・・

 彼が次に目覚めた時に、何故か周りが草原である。

 思い返してみると、自分は説明書をろくに読みもせずにゲーム機を起動したなと彼は思った。彼にとって完全に初めてな事なので、そのプレゼントである最先端ゲーム機はテレビを繋いで起動するものだと、それすら知らなかった。

「ダイブ感、パネェな」

 知らないから、彼は自分の身に起こっている事を「ゲーム」だと思っている。

「防具は兎も角、武器すらない」

 でも、少しはこれが異常な事だと感じているようだ。ファンタジー世界で冒険するとあるゲームがオマケに貰えると知って、彼はそのゲームをやる為の最低限の知識を本などから得ている。

「まずは適当に歩いて、敵を見つければ殴る、だったっけ?」

 いや、「最低限」以下かもしれない。

 広大な草原を目的もなく彼は歩く。そんな彼が最初に見つけたモノは人と似た形をして、しかし緑の皮膚をした生き物だった。
 それはファンタジー世界のゲームを楽しむ人達が良く知っている「ゴブリン」という生き物だが、彼はその事を知らない。

 ただ、それが彼の敵であるという事は、彼はすぐに分かった。

「皆、竹刀じゃなくて真剣を持ってるな」

 呑気にそんな事を考えて、彼は武器も防具もない状態でゴブリンの群れに向かった。
 ・・・・・・
 ・・・

「ブラックホール!」

 ゴブリンの群れに最後の魔法を発動して、女魔法使いは走る。

 彼女の名前はシャーロット・テイラー、一年前から「黒魔術師」になったばかりの初心者魔法使い。どうやら才能があるらしく、たった一年で「禁術」の一つを身につけて、今日それをここで使った。

 その後の彼女はゴブリンの群れに襲われた。奮戦しても決して勝てない位の数だと、彼女は一目でそれが分かった。それでも、彼女はこの場を離れず、ギリギリまでゴブリンの群れと戦った。

「後少し、もうすぐ筈...」

 彼女は元々魔法使いなんかになるつもりはなかった。
 元々の彼女はどこにでもいる普通の女の子。好きな人と恋をして、結婚して子を生し、とても幸せな日々を過ごしていた。

 ある日、その全てが一変した。

 正体不明な集団が突如と現れて、何かの儀式の為に、彼女からまだ赤ん坊だった彼女達の子供を奪った。ただの普通の農民の彼女の夫が一所懸命逆らったが、無様に殺されてしまった。
 残された彼女は長い間に心を無くしていた。しかし、偶然にも黒魔術に触れる機会に巡り合えて、彼女の心の中に再び希望の炎が燃え始めた。

 必ず、成し遂げる。成し遂げなければならない。
 そう密かに心の中で誓った彼女に、ゴブリンの群れが襲い掛かる。

「あなた...!」

 結局、引き際を間違えた彼女はゴブリンの群れに包囲された。一度の失敗ですべてを無くす訳じゃないと、失敗も覚悟をしているけど、彼女は自分の力不足以外の理由で失敗するのが我慢できなかった。
 しかし、それで何もかもが失ったら、自分は今まで一体何の為に頑張っていたのだろうと、今の彼女は後悔で心が一杯だ。
 彼女は愛していた彼の事を口にして、覚悟を決めて目を閉じた。

 その時、彼女の後ろからゴブリンの悲鳴が響き渡った。
「何が起こってるの?」と目を開き、悲鳴の上がった方へ視線を遣ると、そこには武器も持たずにゴブリンと戦う一人の青年が現れた。
 彼は舞うようにゴブリンの群れの中を通り、力強く拳を振る。一度もゴブリンの槍に刺される事はなく、一度も拳を空振りする事もなかった。
 きっと名のある武道家だろうと彼女は思ったが、次の瞬間、彼はゴブリンが落とした剣を拾い、その剣を使ってゴブリンと戦い始めた。
 ありえない!二種類の武道を身に付けた事なんて、A級冒険者の中でも滅多にいない!それが、見た目から自分と殆ど歳の変わらない男が...あ!

 不意に、彼女は彼の首にある痣を目にした。その特徴的な痣を持つ人、彼女は一人しか知らない。

「リアム...」

 感情が溢れ出して、涙が抑えきれない。彼女が彼の正体に気づいた瞬間、様々な感情が彼女の心を一杯にした。

 成功した。
 まだ初心者の魔法使いという事もあって、彼女も深く期待しないようにしていた。それが突然と成功して、予想外の喜びに驚かされて、彼女は言葉のならない声を出した。

 ダメ!彼を邪魔してはならない!
 そう思い、彼女は口を塞ぎ、必死に声を抑えようとした。
 せめて彼に聞こえないように、声を抑えなきゃ...

「大丈夫か?」

 なのに、いつの間にか彼に声を掛けられた。かつての最愛の夫と同じ声で、まるで彼までが生き返ったような錯覚に陥る。

「リアム!」
「あ!」

 彼女は遂に我慢できずに、彼に抱きついた。ゴブリンがまだいるかもしれないのに、彼女は彼の頭を胸の中に抱き込んだ。
 彼がいなくなったから、彼女は黒魔術に堕ちた。彼とまた会える為に、彼女は魔法使いになった。

「リアム!リアム!」
「ちょ、やめて!恥ずかしっ、っ!」

 成功する筈がないと思った「禁術」が成功し、二度と会えないと思った人とまた会えた。
 二度と彼を手放さないと、彼女はそう強く思った。
 ・・・・・・
 ・・・

 変な女に絡まれたと黒木(くろき)利亜夢(りあむ)が思った。「本名プレイはやばいよ」と聞いた事があるが、何故か自分の名前がすでにその変な女に知られていた。

 そういう仕様かもしれない。
 彼は深く考えずに、シャーロット・テイラーという女の子に手を引っ張られて、少しボロイ木製の家に入った。

「もしかして、チュートリアル?」

 ゲームの操作方法の分からない最初の内はそういう初心者向けのシナリオもあると、どこかで聞いた事がある。しかし、それはこのようなゲームにおいてもそうなのか?
 困惑するも、彼には敢えてこの女を拒む理由もなかった。

「お前、幾つだ?」
「リアム。女の子に歳を訊くのは男として失礼よ」

 まるで母親が子供を諭すような言い方で、彼女が彼に怒った。

 彼は別に本気で彼女の年齢が知りたい訳じゃない。ただ、自分と大した歳の差のない彼女が自分より年上なのか、自分より年下なのか、それが知りたいだけなのだ。

「じゃ、年上か年下かだけを教えてくれ。俺は今日丁度二十歳(はたち)だ」
「......」

 何故か彼女は口を噤んだ。彼の歳を聞いた瞬間、彼女はとても悲しい顔をした。

「あぁ、悪い。そんなに言いたくないなら、別に言わなくていいよ。悪かったな」
「い、いいえ!そうじゃなくて...私の方が年下よ」

 そう言って、彼女はさっさと厨房らしき場所に逃げていた。

 年下か。何故か少し年上のような雰囲気を出していたな。
 彼はそう思って、部屋の中を見回った。
 ベッド、机、椅子、コンロ...決して豊かに見えないこのお家だが、一通りに生活品が揃えている。自分が住んでいた家が間違いなくこの家より豊かだが、この家と比べて少し暖かさが足りない気がしたと彼が思った。

 彼は貰われっ子。実の親の顔も知らない赤ん坊の頃、自分を養ってくれた両親に「仕方なく」貰われた、だそうだ。
 その為に、彼はその養父母の愛が欲しくて、頑張って勉強して、色んな事に挑戦したが、どうやら頑張りすぎたようだ。
 彼の養父母は出来すぎた彼を愛する所か、恐れるようになった。その所為で、彼は二十歳になる前から両親と名義上同じ家で、実質は別々に暮らしていた。

 そんな事もあったからか、彼は厨房で料理を始めた彼女に好意を持った。ただのゲームキャラと思い乍ら、彼女から目を離せなかった。

「何が食べたいものある?」
「あ、いや...何でもいい」

 いけない、もう彼女から目を離さなきゃ!
 彼はそう思い視線を彼女から逸らしたが、逸らした先にある写真を目にした。

 それは写真とは言い難い、どちらかというと色のある木製装飾品だが、何となく彼の知っている写真に見える。そして、そこには彼女の姿と一人の男と...一人の赤んぼが映っていた。
 その赤んぼが彼女に抱きかかえられていて、その赤んぼを抱っこしている彼女がとても幸せな表情を浮かんでいた。

 なんた。恋人所か、夫も子供もいるのか。
 その事に気づいた彼は写真から目を逸らして、逃げ出したい気持ちに駆られた。

 このゲーム、どうやって終われるのだろう?
 その時、彼はそう思った。
 ・・・・・・
 ・・・

 自分のベッドの上で穏やかな吐息をする彼の頭を撫でながら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 先ほど作った料理は彼の口に合うものかどうか、彼女はとても心配だったけれど、美味しそうに食べてくれた彼を見て安心した。

「リアム、リアム」

 寝ている彼を起こしたい訳ではなく、彼女は何度も彼の名前を口にした。彼の首にある痣を撫でて、彼の頬にキスをした。

 彼女は彼の為に「禁術」に手を染めた。悪と定められている「黒魔術師」の道に迷わず踏み入れた。それで何も得られなかったら、彼女は多くの「魔女」と同じようにいつか「正義な騎士」に狩られるのだろうが、彼女はその前に彼を「呼び込んだ」。

「リアム、リアム。私の、リアム」

 彼女が黒魔術を学んだ理由は一つだけ、すべてを失った日に犯した間違いを正す事。彼女はその為に只管努力して、たった一年で「たまゆら」という名の「禁術」を身に付けた。
 それは、自分と繋がりのある人の魂を呼び戻す魔法。その魂がどんな状態になっていても関係なく、善であろうか悪であろうか、世界にとって益であろうか害であろうか、必ず呼び戻す魔法である。
 彼女は一年を掛けて黒魔術を学び、彼と再び会える為だけに生きてきた。彼女は彼の為だけに今まで生きてきて、そして何もかもを犠牲にした。

「私にとっての一年、あなたにとっての二十年。ごめんね、一人にさせて。辛かったでしょう。もう二度とあなたを手放したりしない。今度こそ、あなたを最後まで守るから」

 かつての最愛である夫よりも大切で、愛される事より愛する事を重んじるべき相手。
 彼女は続けて寝ている彼の頭を撫でる。愛情いっぱいで、愛しそうに彼を撫でる。

「必ずあなたを守ってみせるから。私の愛しい息子()、リアム」

 彼女のその呟きは、寝ている彼が聞こえる筈がなかった。

「短編」記憶の渦、愛の輪廻

「短編」記憶の渦、愛の輪廻

あなたを愛する事が出来ても、恋する事は出来ない。

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